第2話 ヴェリン子爵家

 スクードはそんなヴェリン子爵家の長男。ヴィオーラはスクードの執事である。

 スクードの下には四歳の妹がおり、いずれはスクードがヴェリン子爵の名を継ぐことになっている。

 領民思いの優しい父、子爵夫人であるにも関わらず文句一つ言わずに倹約に励む母、可愛い妹に囲まれ、スクードは伸び伸びと育った。

 何より美しき女執事、ヴィオーラが隣にいてくれる。それだけでスクードは幸せである。


「おはよう、スクード」


 着替えを終えたスクードとヴィオーラが食堂に入ると、既に起きていたヴェリン子爵が朗らかに言った。つまりスクードの父である。

 ノーズ・ヴェリン。彼はスクードと同じく見栄えはいいが、安価な服を着ている。しかし、それでも見栄えがいいのはヴィオーラが安価な布で手作りしたからだ。


「おはようございます、お父様」

「おはようございます、旦那様」

 

 スクードとヴィオーラが挨拶をすると、ノーズは優しく笑う。


「今日もヴィオーラに起こしてもらったのか、スクード。もう八歳なんだから自分で起きたらどうだ。確かにヴィオーラほどの美人に起こされるのであれば、寝覚めはいいだろうがな」

「セクハラです、旦那様」


 すかさずヴィオーラが不満を言葉にした。

 ノーズは誤魔化すように口角を上げる。


「厳しいなぁ、ヴィオーラは。スクードには甘い癖に。まぁ、仕方ないか」

「お父様、そんなことばかり言っているとお母様に怒られますよ」


 スクードはそう忠告しながら、自分の椅子に座った。

 

「それは怖い。ミエラには苦労ばかりさせているからな、頭が上がらんよ」


 すると、タイミングを見計らったようにスクードの母親、ミエラが食堂に入ってくる。その背後には幼い妹のヨルシャがいた。


「あら、私が何か?」


 ミエラは全てを見透かしたような顔で言うと、ノーズの隣に座る。


「な、何でもないよ、ミエラ。今日も綺麗だなぁ、はっはっは」

「後ろめたいことがあるとすぐこれだわ。どうせヴィオーラに変なことでも言ったんでしょう? ごめんね、ヴィオーラ」


 ノーズの言葉を軽く受け流したミエラは、ヴィオーラに微笑みかけた。


「とんでもございません、奥様」

「嫌なことは嫌と言っていいのよ。それに、ヴィオーラはスクードにしか興味ないもの。残念ね、アナタ。相手にされてないわよ」


 棘のある言い方でノーズを責めるミエラ。するとノーズは慌ててミエラに顔を寄せる。


「何を言ってるんだ、ミエラ。私はずっとお前一筋だよ。世界で一番美しいのはミエラに決まっているじゃないか」

「もう、調子のいい人。今のところは信じておいてあげますね」


 どうやらミエラもまんざらではないようだ。結局のところ、この二人は心から愛し合い支え合う、これ以上にないほど仲のいい夫婦。ちょっとした冗談も、互いに笑い合うきっかけのようなものだった。

 スクードは水を飲みながらこう呟く。


「朝から両親のイチャイチャを見せられる、こっちの気持ちを考えてくださいよ。お父様、お母様」

「兄様、兄様、イチャイチャってなにー?」


 純粋な妹ヨルシャに問われたスクードは両親を指差した。


「あれだよ、ヨルシャ」

「仲良しってことだ! じゃあ、兄様とヨルシャもイチャイチャ?」

「仲良しだけど、イチャイチャって何か、倫理的にどうかな」

「じゃあ、兄様はヴィオーラとイチャイチャ?」


 突然方向転換した矢印に水を吹き出すスクード。

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