その女執事、強く、美しく、甘く。〜最強の女執事と一緒に子爵家を守ります〜

澤檸檬

第1話 始まりの朝

 燃え盛る火の海の外で少年スクードは誓う。

 必ず取り戻す、と。

 隣にいる女執事ヴィオーラが肩に置いてくれた手が、スクードの唯一の救いだ。

 この悪夢のような現実が、本当に夢ならば良かったのに。

 むしろ、あの幸せな日々が夢だったのかもしれないなんて、今はそう思ってしまう。



「坊っちゃま、スクード坊っちゃま。朝でございます」

 

 今日もヴィオーラがスクードを起こす。美しい顔立ちが朝日に照らされ、宝石のような輝きを放っていた。また、長身の彼女が作り出す影がスクードを包み込んでいる。

 彼女の隣に用意してあるものは、一杯の水と毎日洗濯している見栄えのいいスクードの服だ。

 しかし所々ほつれており、よく見れば縫い直した跡が見える。

 まだ八歳のスクードだったが自分の立場をよく理解しており、そんな服でも不満はなかった。

 何よりヴィオーラが毎日洗濯をしてくれている。清潔さは間違いない。


「おはよ、ヴィオーラ。今日の予定は?」

「スクード坊っちゃまは勉学に励んでください。いずれこの領地を治めることになるのですから」

「わかってるよ、ヴィオーラ。じゃあ、ドリエルト国内で変わったことは?」

「ございません。いつも通り他国からは睨まれ、あちらこちらで内紛が。それでもこのヴェリン子爵領には何の影響もないでしょう」


 ヴィオーラは後ろで束ねた美しい黒髪を靡かせ、一見すると冷たく感じる微笑みを浮かべた。

 随分と不器用な微笑みだが、これでも彼女は笑うのが上手くなった、とスクードは可笑しくなる。

 スクードがヴィオーラと出会ってからもう三年。細身の燕尾服が似合う、良い執事になったものだ。


「それが平常っていうのも問題だけどね。よし、それじゃあ今日もよろしくね、ヴィオーラ」

「御意の通りに、スクード坊っちゃま」

 


 他国との戦争どころか、内乱も頻発している弱小国ドルエリト。元々ドリエルトは様々な人種が集まった国である。そのため、宗教的な諍いは絶えない。悲しい話だが、人種差別も色濃く存在し、内乱の種は至る所に存在した。

 そんな中、ドリエルト国内に希少な金属が眠る鉱山が見つかり、周囲の大国はこぞってドリエルトを攻め始める。

 それでもドリエルトが地図上から消されないのは、周囲の大国同士が睨み合い、いざ本格的な戦争を仕掛ければ、ドリエルト以外の国に攻められかねない状況が存在しているからである。

 絶妙なバランスで、少しずつ衰退していく国。それがドリエルトだった。


 その東端に小さな領地を持つヴェリン子爵家は、内乱に巻き込まれないほどの貧乏貴族であった。

 というのも、ヴェリン子爵家が持つ領地の土質は作物を育てるのに向いていないため、大きな税収は望めない。海もあるのだが、海流の影響で波が荒く木の船では陸近くの小魚を獲るのが精一杯だった。

 さらに不幸なことに、その魚を陸路で領地外へ運ぼうとすれば一週間以上かかるため、領地としての収入は望めない。領民が食べる、という選択肢しかなかった。

 ヴェリン子爵領に住む領民の数はおよそ千人。

 その千人が飢えずに生きられているのは、ヴェリン子爵がほとんどの税を免除しているどころか、領民の支援を行っているからにほかならない。

 税収もなく、どのようにしてヴェリン子爵は領民を支援しているのか。

 簡単だ。ヴェリン子爵家の先祖が遺した財産を切り崩している。つまり、いずれは終わってしまう仕組みの中で成り立っている平穏であった。

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