再会ミミック

 一週間後、イリスお姉さんから頂いた演劇のチケットでサンダルウッド原作の演劇をシトロネラと見に行く。


 サンダルウッドがどんな作品を書いていたのかを全然知らなかったので、実はとても楽しみだ!あと演劇にも興味が有るし、街には美味しい食べ物も……。

 

 まずは幼馴染ズの活動部屋で彼と待ち合わせをした。

 

 本日の同伴者兼お目付け役のシトロネラは私を見てフリーズする。


「…………。」


 む? なにか問題が有ったかな?


 私はきょろきょろと自分の装いを確認する。

 どこからどう見てもお嬢さんでしょ? ミミックには見えまい!!


 今日着ている服は前日に、リンデンとお姉さんが腕に撚りをかけ選んでくれた『とびっきりのデートコーデ』と言われた物だ。


 あの二人が間違うはずない……。それに、今朝お姉さんは私の髪も結ってくれたのだ! お姉さん自身も出来栄えを喜んでくれた!!


 こんなにもお世話になった二人にお土産を持って帰りたい。是非に!


 私は「何かおかしいの?」という顔で眉をしかめながらシトロネラを見上げると、彼はハッとして何事も無かったように話しだした。そしていつもの心配性で真面目な彼が話し出す。


「……いいかい? ミュウ、僕から離れちゃいけないよ。欲しい食べ物は観劇後に食べに行こうね?約束は覚えてる?」


「わかった! 約束は『食べ物が有っても慌てず騒がず大人しく。』観劇中もおとなしくするよ。任せて! シトロっ!!」


 私は彼に向けて笑顔で親指を立てた。

 立派に人間に擬態して見せようではありませんか! にゃははははは!!!


 保護者兼お目付け役として彼は、私から離れずエスコートしてくれる。街中でおいしそうな匂いの誘惑に負けそうになりながらも、彼との約束を思い出し、無事会場前まで辿り着いた。


 街は誘惑が多すぎるっ! よだれが垂れそうだよっ!?

 私はプルプルと我慢で震えながら彼に訴えた。


「シトロ……帰りに、さっきおいしそうな匂いがしたお店見たい……。」

「わかったよ、そのお店帰りに寄ろう。ここまでよく我慢したね?これはご褒美だよ。口を開けて。」


 ―――! この匂いは!!! 食べ物!!!!

 私は言われた通り口を開けると、彼は琥珀色のキラキラと輝く何かを放り込んだ。

 はぁーーーん!! 甘い!! 美味しい!!!


「おいしい! ありがとう!! 何これ!?!?」

「キャンディーだよ。劇が終った後にも食べようね。じゃあ、会場に入ろうか? サンダルウッドの作品楽しみだね! さぁ、手を。」


 彼はそう言って手を差し出し、私は彼の手を取った。そして、彼の腕に掴まり会場へと進むのであった。


 市内でも大きなこの劇場は満員御礼状態。私達は座席について舞台の幕開けを待つ。

 きょろきょろと見渡してみると観客は老若男女と幅広い。人気とは聞いていたけど、ここまで広い世代に人気とは……感心してしまう。


 舞台の幕が上がると、音楽が流れ始め、みんな食い入るように舞台を見つめ登場人物たちと一緒に一喜一憂していた。

 

 舞台の幕が無事に降りると劇場内は熱気に満ちて周りの観客は立ち上がり拍手をしていた。私も彼らに倣い立ち上がり拍手をした。


 鳴り止まない拍手の中、隣にいたシトロネラに話しかけられた。


「この演目面白かったね。見られてよっかった。―――って、ミュウどうしたの!?」


 私は涙をボロボロと零していた。その姿を見て彼はぎょっとする。私は泣きながらシトロネラに胸の内を吐露とろした。


「彼、全然認められないとか、馬鹿にされてたとか聞いたけど、こんなにたくさんの人に喜んでもらえて良かったとおもっで……うっ……それに、未来で会おうってこういうこと? 気障きざな奴めぇ……。」


 サンダルウッドの作品の中に彼を見たような気がした。もちろん配役として出ている訳じゃない。作品を通して伝えたかったこと、その思いは現代でも生きていた。


 当時の彼は周囲から認められなかった為、現存する作品は少なかった。消失してしまったものが多いらしい。時代が早すぎたのか……皮肉なものだ。

 私がボロボロと泣いていると近くからご婦人の話し声が聞こえた。


「他にも彼の作品が有ったら読みたかったわ……。」

「そうね、惜しい方を亡くしてしまったわね。この冒険譚が最後だなんて。」


 他にも近くに座っていたご夫婦も、似たようなことを語っていた。

 ん? 冒険譚? 彼の最後の作品は恋愛……あるじゃん! 彼の作品……私の中に!!


 私は涙が引っ込み顔が青ざめた。


「ミュウ、今度はどうしたの? 泣いたり青ざめたり……気分悪い? どこかで休もうか?」


 心配してくれるシトロネラの顔を気まずそうに見上げながら私は彼に告げた。

 

「私……彼の遺作を持っていて。彼から気に『入ったら皆にも見せてくれって。』どうすれば、うまく皆に届けられるかな?」


 彼も私が以前話したサンダルウッドの話を思い出したらしい。

 彼も「そう言えば!」と言った顔をしていた。

 私は原稿を取り出そうとスカートを持った……所でシトロネラに手を抑えられる。


「まさか……ここで取り出さないよね?」


 私達は互いに見つめ合い冷や汗をたらす。暫くの沈黙の後に二人ともそれぞれ手を離した。

 危ない……令嬢はこんな所でスカートめくらない! 危うく痴女になる所だった。


 私は彼に「家に戻ってから見せるね」と静かに答えた。


 シトロネラはお行儀よく観賞できたご褒美に果物を買ってくれた! そして、行きに気になったお店も立ち寄ったりと人間の世界を満喫した。中々悪くないぞ!?


 リンデンとイリスにもお土産を用意したいと言ったら快く快諾してくれたので、後日彼の仕事を手伝って恩返ししようと心に決めた。

 ご奉仕するぞ!!


 ◇ ◇ ◇


 後日。いつもの部屋、いつものパーティメンバーが集まった所で、私はブラウスのボタンを少し外し胸元に手を添える。


 体内から物を取り出そうとすると、水の中に手を入れるように体の中に手が入って行く。取り出したい物を掴みそっと持ち上げると出てくるのだ。そのようにして例の原稿が入った封筒を取り出した。


 不思議な体をしていると思う。


「きゃっ」

「おお眼福♡」

「……。」


「これだよ例の原稿。時々風には当ててたけど80年以上も前の物だから気を付けた方がいいかも。」


 そう言ってシトロネラに渡した。そして、私はいそいそとブラウスのボタンを留める。

 私は崩落事故の後、それを何回か読み直した。彼が最後に私と冒険したダンジョンの話を元に新たな登場人物を加え脚色して書かれている。彼の魂の欠片だ。


 三人は原稿を丁寧にテーブルに並べ覗き込んでいる。特にリンデンは静かに驚きながら原稿を食い入るように見ている。


「本当だ……彼の署名が入っている!」

「サンダルウッドは、物語や演劇で人々を喜ばせたいと言っていたから、その意志を継いでくれる人に届けたいなぁ。」


 腕を組み考えていたユズがぽつりとつぶやく。


「……と言う事は、演劇関係の人に渡せればいいね。シトロのお爺さんなら誰か繋がりが有るんじゃないか?」

「そうだね! おじいちゃん演劇好きだからね。聞いてみるといいかも。」

「わかった。ミュウ、これはクロウ家が責任を持って預かるよ。必ず彼と君の意志を継ぐ所に渡す。」


 クロウ家の名前を出してまで強く誓ってくれた彼に感謝の気持ちでいっぱいだった。


「ありがとう! シトロ!!」


 ◇ ◇ ◇


 その後、巷では有名劇作家の遺作が見つかったと話題になり大騒ぎになった。


 どうやら、シトロネラのお爺さんが知人の出版社に持って行ってくれたらしい。有識者に原稿を鑑定してもらったら本物だと認定された。


 皆どのような経緯で手に入れたのかなどを根掘り葉掘り聞いて来るそうだが、事情を知っているお爺さんは『ダンジョンの宝箱内で大切に保管されていた。』とだけ語って一蹴したそうだ。カッコいいな! お爺さん!!


 なので没後80年の時を超えて本が出版されたり、演劇の企画が上がったりなど大騒ぎだ。そんな話をいつもの活動部屋でユズとリンデンから聞いた。

 

 サンダルウッド良かったね。みんな君の最後の作品を楽しみにしてくれてるみたいだよ。楽しい作品だったからみんな喜んでくれるよ……。


 安心していた所にシトロネラがやってきた。


「ミュウ、爺様からお届け物だよ。」


 彼は真新しい封筒を持っていて、丸ごと私に渡してくれた。いきなりのことで驚いていると「あけてごらん」と勧められたので開けると……中にはあの古びた封筒と原稿が入っていた。


 原稿は帰ってこないものと覚悟していたのに・・・再会できた彼を思わず抱きしめた。


「シトロ、ありがとう!! 戻してもらえるとは思わなかったからすごく嬉しい!」

「出版社に原稿の写しを取ってもらったからね。原稿の所有権については爺様がかたくなに守ってくれたんだ。当たり前だろ?『愛するミュウ=ミミックに捧ぐ』って書いてあったら。」


 ちなみに、この『ミュウ=ミミックとは誰か?』と一部では論争が巻き起こっている。まぁ、みんなモンスターのミミックとは思わないよね。


 シトロは私の隣に座り、質問をした。


「ミュウにとってサンダルウッドってどんな人物だったんだい?」

「……私に人間を教えてくれた人かな。サンダルウッドだけじゃない。メリッサも、シトラスも。他にもいる。みんな私の一部だよ。」


「そうか、じゃあサンダルウッドはミュウの恋人じゃなかったんだね? 彼、失恋しちゃったね。」


 失恋? 何でそうなるの??

 ポカンとする私に見かねたリンデンが笑いながら解説してくれた。


「恋愛って自分のことになるとうとくなっちゃうよね? ……このお話しダンジョンで出会う乙女との恋愛ファンタジーだけど……乙女はミュウちゃんのことね。」

「え? これって空想で書かれた人物じゃないの??」


 助けを求めるように三人をきょろきょろと見渡すとユズがニヤニヤとしながら解説してくれた。


「ミュウちゃんは鈍いなぁ。ここまで具体的ならモデルが居たと考えるのが自然だね! 宝箱で眠っていた乙女だなんて、君そのものじゃないか!!」


 ―――は? 私を人間として書いた? ……あぁ!! シトラスも人型の私を見て話していたとすれば、サンダルウッドも当然私を人型で見て話している。


 そして瞬時に話の内容がフラッシュバックする。ちなみに、この物語の主人公と乙女で艶やかな場面もあったりするのだ。


 その場面を私とサンダルウッドでと置き換えて考えてしまったのが大きな過ちだった。にゃっっ!!


 ……私達、そんな事してないよぉ!!! バカァァァ!!!


「あ、ミュウの顔が赤くなってる!!」

「恥ずかしがる事もあるんだな。明日は季節はずれの雪が降るか……。」

「乙女が恥じらう姿も、またいいなぁ♡」

「…………にゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 私は宝箱の姿に戻って閉じこもった。悪戯っぽく笑うサンダルウッド顔が目に浮かんだ。

 なるほど、物語の彼等の姿がサンダルウッドの望んだ私達の姿だったのか。ちなみにこの物語はもちろんハッピーエンドだ。最終的に結ばれる。


 そう言えば、彼がダンジョンを出る前に言ってた式って……もしや結婚式!?!?!?


 私はガタンガタンと恥ずかしさで飛び上がりながら部屋の隅へと逃げて行くのであった。


 顔が熱い! ……人間って難しい。

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