「あなたがいちばんすき」
「ねぇぇ~! ミュウ! 聞いてよぉ~!!」
静かなダンジョンの中に女性の声が
(あ~……まぁ~た来た。)
私は蓋を開けて外の様子を確認する。
声が大きくなるに連れて部屋に明かりと足音が近づいて来た。
涙を流した20代前半位の、金髪の女の子が近づいてくる。
サラサラの金髪ストレートロングヘア、そして潤んだロゼの瞳。少し日焼けした肌。ピンクのミニ丈のワンピースの上に、白地にピンクと青のラインが入ったフリンジ付のローブを纏い、手には白く大きな杖を持っている。
彼女は私の姿を捉えると走って抱きついてきた。
―――ごふっ!!
「またっ……みんなとっ……はぐれちゃったぁ~!!!」
モンスターの私にこんな気安く話しかけるのは冒険者のローザだ。
職業は魔法使い。回復魔法が得意な子だ。
一見頼りなさそうに見えるが、回復魔法に至っては他の中級者より頭一個抜きん出ている。この子がパーティーに居ればこのダンジョンの攻略で命が保障されたと言っても過言ではない。
おしゃれも大好きで、最近杖とローブを新調したらしい。前回会った時は『杖とローブお揃いなの? 可愛いでしょ???』と見せてくれた。特に杖はめっちゃ
好きな食べ物はオムライス、好きなタイプは優しい人。将来の夢は困っている人を助けられるような大魔法使い。
……ここまで話す仲なら……友人と言っても許されるよね?その友達にまたトラブルが起ってしまった。
「え~!! また~? これで三回目だよ? どこではぐれちゃったの??」
「竜の
このような事が半年の間で三回も……。
お察しの通り、彼女は故意に置いて行かれている。
命を落とすことが有るダンジョンの中でこれは悪質だ。いつか天罰が下るぞ。
彼女は涙を流しながらも慣れた手つきで湯を沸かす準備をする。私もそれに合わせて、乾燥させた薬草と茶葉を体の中から取り出し彼女に渡した。
「みんな大丈夫かな? 私、あの場所を離れて良かったのかな?」
「大丈夫だよ。みんなの心配より自分を心配しないと……。今回も無事に来れて良かったね。」
彼女は荷物から自分用のカップを取り出し、私にもカップをよこせと手を伸ばしてくる。私も体の中に入れてあったカップを取り出し、彼女に渡すと、沸かした湯でお茶を淹れてくれた。
彼女も私もこの状況にすっかり慣れてしまっていた。お茶を飲み彼女の話を聞きながら彼女の元気が戻るのを待つ。
「所属パーティー変えなかったの? 迷子を捜さないような仲間の所に居ない方がいいって言ったじゃん……。」
「前の所は解散しちゃったから……私とカクタスで、ギルドにお勧めされた新しいパーティーに移籍したの。新しい人たちもいい人で……仲良くなったんだよ? だからきっと、みんな何かあってっ……。」
泣きながら彼女は仲間を心配するが……何かある訳ない。
入口から竜の髑髏へ至る道は、簡単だし限られた種類のモンスターしかいない。初心者や慢心でよっぽどの失敗をしない限りは彼女達のような中級者クラスに何か起きる訳がないのだ。
それに、このダンジョンでは貴重な回復魔法使用者を置き去りになんて出来ない。
お茶を飲みながら彼女はしくしくと涙を流すので、私は触手で彼女の頭をよしよしと
「……一応聞くけど、新しいパーティーの人と恋人関係になったの?」
「えっ! なんで知ってるの? そう、告白されて、付き合って……でも一週間前に別れて、また同じパーティーの子と…………」
ゲホッゲホッ……お茶が巧く飲み込めなかった。
そして、それを聞いて私は自然と触手で頭を抱えた。ぁぁっ! この子はっ!!!
彼女はパーティークラッシャーなのだ……。
みんなを好きになってしまい。みんなから嫌われてしまう。
故意なら自業自得で済ませるが、この子は誰にでも明るく優しいが故に勘違いされやすい難儀な子なのだ。そして、この子は押しに弱く気も弱い。そこを付け込まれてしまう事もしばしば。
前回のパーティーでも同じ事が起こり、前回はもっと危ない部屋に置き去りにされていた。偶然見つけたから良かったものの……。
ちなみに、彼女を助ける前に置き去りにした残りのパーティーメンバー達を目撃したが、違う部屋で修羅場となっていた。……怖かった! 痴話喧嘩はミミックだって食べたくない!!
毎回彼女と会った後は、このように二人でお茶を飲み話して、ダンジョンの入口近くまで送って行く。これがルーティンになっていた。
なのでパーティー移籍をアドバイスして恋愛は落ち着いてからにしておいた方がいいんじゃない? と言ったのに……。
「……その一緒に移籍したカクタスって人とはどうなの?」
「カクタスは優しいけど、女の子にモテるから……私、邪魔しちゃいけないと思って……。」
彼女は悲しそうに目を伏せる。カクタスは彼女にアプローチしないんだ。
「カクタスもパーティー内に恋人いるの?」
「ん~どうだろう? カクタスが好きって子はいる。『邪魔しないで』って相談されて……。」
それは相談ではないのでは? 怖いよ、人間。そして、カクタス頼むよ!!
一緒に移籍する位なんだから、彼女に思うところ有るんでしょ?
私はお茶を一気に飲み干す。
「はぁ~……また入口近くまで送って行くから、そのままギルドに行ってカクタス君と移籍しなよ……。なんならカクタス君と付き合いなよ。」
「え~!!! やだ~! みんなと仲良くなったばかりなのに!! みんな好きなのに。それに邪魔できないよ……カクタスが好きって子も好きだから……。」
こんな事をされても人を憎まない。人が良すぎるよ。
「はぁ~。人を好きになる事は大切だけど、誰が一番好きなの? カクタス君は嫌いなの?」
「え~…………一番はわからない。……みんな好きだから。カクタスも好き……。」
彼女はティーカップを両手で抱えて真剣に困った顔をして答えた。
はぁ……困った。
モンスターが人間の色恋をどうのこうのするのは難しすぎる。
ローザは私を見て、パーティーメンバーを庇うように反論する。
「本当に今回のパーティーの子達は優しんだよ? 困ったらこれ読んでって魔道書くれたり……そうだ!読んでみよう!!」
「困らせる前に一人にさせないよ。」
思い出したように彼女は鞄から一冊の魔道書を取り出した。
私の視界の端に映ったその魔道書は古くどこか禍々しい。解析した訳じゃないけど嫌な予感がした。ダメ! それ……!!
「待って!! ローザそれ開けちゃダメ! それ呪いの書!!!」
彼女の手から奪うよりも、彼女が開いてしまう方が早かった。
表紙を開くとそれは禍々しく輝き、彼女はその呪いを目から魂に刻まれてしまう。
彼女は苦しみだし、倒れた。呼吸が荒い。
こんな即効性の呪いの書を渡すなんて正気の沙汰じゃない。
やめてよ!
ローザは優しくていい子で、将来の夢も有って! 自分より人の事大切にしちゃう子で……!
私は一心不乱に解呪魔法を唱えるが、呪いが複雑すぎる。『簡単には解呪させない』そんな悪意すら感じた。メリッサの時と同じだ。
そうこうしているうちに、段々と彼女は弱って行く。
彼女は私の触手を掴み、こちらを見て静かに首を振った。
「ミュウ……もうダメだから聞いて?……
一筋の涙とその言葉を遺して彼女はこと切れた。
また一人、私の目の前から消えてしまった……人間ってここまでするの? 嫌いな奴なら簡単に殺すの?
「ローザ? ねぇ……嘘だよね? ローザ!!!」
…………私は何も答えないローザを体の中にしまい、ダンジョンの入口へと向かった。
彼女が遺した杖を使い、体を引きづりながら……。
幸い、中層に居た私にできる事は、ローザを明るい世界に返すことだ。
入口近くで、誰かに彼女を託そう。
入口へ向かう途中、一つのパーティーが
皆、毒にあてられていた。
ここら辺はレベルが弱いが毒を使うモンスターが多い。
……バカだなぁ。回復魔法術者が居れば、なんてことなかっただろうに。
そして入口近くで言い争う声が聞こえた。
私は物陰に隠れて様子を伺う。
「離してくれ! まだ中に仲間が!!! 助けに行かせてくれ!!」
「やめとけ!! 回復魔法も使えないなら死ににいくのと同じだ。戻れカクタス!!」
カクタス……彼は制止を振り払いこちらへと駆けてくる。
私はカクタスの前に飛び出した。
「な! ミミック!!」
彼は私を見て剣を構える。毒を受けているのか苦しそうで息も荒い。……でも、その時の私は人間が怖くなかった。怖さより、別の感情が私を支配していた。
私は彼を睨みながら蓋を大きく開け、変わり果てたローザを見せる。
「―――あぁっ!!!! ローザ!!」
彼は彼女を見て、剣を落し膝から崩れ落ちた。
……何で彼女を守ってあげなかったの?何でもっと彼女の近くにいてくれなかったの?
彼に対してこの気持ちでいっぱいだった。
私は触手で彼の頬を張った。
驚く彼の前にそっとローザを降ろして、ローザの最後の言葉を伝えようと声を発しようとするが……うまく出ない。
目から何か溢れて喉が締め付けられる。
「ああああああああああああ!!!!」
私は絶叫してダンジョンへと戻って行った。
言葉が出ない……ごめんローザ言えなかった。ごめん! ごめん!!
悔しくて……言えない!!
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