Play#33 同年代なら仲良くなれるかなって
「ぼうじゃくぶじんにふるまえとは言ったけどね、エンドローズ」
「……はい」
「ちょっと目をはなしたすきにどれいのおとこを側においてるとは、思わなかったなあ」
「……はい……」
現在、パレスフィア邸の応接間には、足を組んで彫刻のように微笑むリオン王子殿下と……蛇に睨まれた蛙のように小さくなったエンドローズが対峙していた。
側にはいつものように見知った顔の侍女と、新顔の薄緑の髪を束ねた少年。
背丈が気持ち高めで、もしかしたら年上の可能性もあるが、リオンにとっては知った事ではない。
問題は、『気に入り』の近くをうろつくヤツが出来た事、その一点であった。
「あ、あの、奴隷と言っても前までは、の話で……今はきちんと雇用していますし……それにヒスイのいた組織はもう検挙されたので、もう関係はないといういうか……」
何故か物凄い圧を感じるリオンに、エンドローズはたじたじになった。
なんだか起こっているような、そんな気がするが、原因に見当がつかなかった。
ヒスイの事を聞いてきたところを見ると、ヒスイが奴隷だった事に怒っている可能性がある。
何故そこで怒るのかは分からないが、とにかく彼が危険でない事を証明しようと、エンドローズは頑張った。
「へえ……『ヒスイ』か。ふうん」
リオンは暗黒色の笑みを深める。
その名前には聞き覚えがあった。
奴隷の一人が協力したおかげで、先の巨大犯罪組織を検挙できたのだとか。
捜査を続けた結果、プリマヴェーラの第二王子――つまりはリオンの腹違いの弟を暗殺する計画があった事まで浮上した。
彼の功績だけを見るなら素晴らしいの一言に尽きるが、どうもリオンはまだ裏がある気がしてならなかった。
「エンドローズ」
「は、はいっ」
「なにか、ぼくにかくしてる?」
ぎく、とエンドローズの体が強張って、赤くて綺麗なめだまが泳いだ。
黒である、リオンはそう確信した。
「なるほど。たまたまであって、たまたま保護したどれいが、ぐうぜんにもころしやで、なんのためらいもなく組織のじょうほうをはいた……わあ、なんていいひとなんだろう。……ねえ、エンドローズ」
リオンの凍えた笑みに、エンドローズは顔を真っ青にした。
真っ青にしているのに……その口を開こうとしない。
一体どんな重大な秘密をかくしているのやら――真相など、リオンにはどうでもいい事であった。
大切なのは結果であり、その生来の善良さを持つ彼は重大犯罪を未然に防いだのだ。
ただ、愉しくないのだ。
そんなぽっと出の奴隷如きが、エンドローズと秘密を共有している事が。
それをエンドローズが、頑なに隠そうとするのが。
どんな面白い事を隠してるの?教えておくれよエンドローズ。
君は僕だけを愉しませてくれれば、それでいいんだ。
だからそんなのは早く捨てて、僕だけ見ていればいい。
リオンの包み隠す事の無い本心が、喉の奥で燻っている。
しかし聡いリオンは、これを言ってしまえば、エンドローズがいらぬ警戒をしてしまう事が瞬時に分かった。
エンドローズはそのままが面白いのだから、下手に怯えさせるのは本意ではない。
なので、リオンは己の黒い欲求を噛み締めながら、意図的に圧力を隠す事にした。
「……ごめんよ、こわがらせてしまったね。いいたくないなら、むりをする事はないよ。……すこしさみしいけれど」
「あ、あの……ごめんなさい……」
「いいんだ……でもいつか、教えてくれるとうれしいな」
リオンが悲し気にまつ毛を伏せると、罪悪感に駆られたらしいエンドローズがおずおずと謝罪する。
しばらく会話してみて分かった事だが、エンドローズは極めて純粋な感性を持っているらしい。
なのでしおらしくすれば要求はある程度通りやすくなる。
これだけなら大して面白くもないが、エンドローズがリオンの『気に入り』たる所以、その真価は遠くない未来で発揮される。
「……なあ、アンタ。あのオージサマと仲悪いのか?怖いなら、手を貸す」
ヒスイがこっそり、後ろからエンドローズに耳打ちする。
何を言っているのかなど心底どうでもよかったが、その距離感だけは不愉快だな、とリオンは思った。
「……ヒスイくん、だっけ。ずいぶんと打ちとけてるね?仲がいいのかな」
「え、あ、いや……そんなこと、ないんで」
「へえ、これはなかなか、きょういくがたいへんそうなペットをみつけたね。エンドローズ」
「……あ?」
バチ、と一瞬でリオンとヒスイの間に火花が散った気がした。
エンドローズはあわあわと慌てて、ふたりの間に割って入る。
「殿下、ヒスイはペットじゃなくて、お友達兼護衛です!意地の悪い事を言わないであげてください!ヒスイも……!殿下はとっても偉いひとなの、ここはどうか押さえて、ね……?」
「ぼくはこんやくしゃだよ。みらいのはいぐう者にちかづく男をけいかいするのはあたりまえだとおもうけれど」
そも、どうしてこの場にその『護衛』がいるのか。
リオンとお茶をする事に危険はないのだから、外からの危険に備えて部屋の外にでも置けばいいものを。
リオンは澄ました顔の下に募る疑問を優雅に隠してティーカップに口づけた。
「もう……せっかく殿下とヒスイにはお友達になって欲しかったのに」
ぶっ、とリオンは盛大に噎せた。
人前で紅茶に噎せたのは、人生で二度目である。
ヒスイすら、目を丸くしてエンドローズを見ていた。
「アンタ正気か!?だいいちオージサマと友達になんてなれるわけないだろ!」
「でもホラ……二人とも歳近いし、このくらいの子どもってやっぱり同性の友だちが欲しいかなって」
「アンタも子供だろーが!」
酷いジョークに、酷い掛け合い。
エンドローズに至っては、『殿下は本当に紅茶が好きですね』なんてのほほんとしている。
リオンはたまらず、口を開いた。
「あっはは……!ほんとうに君ってひとは……くくっ、つくづくおもしろい事ばかりいうなあ……!」
リオンは確かに噎せ返った、込み上げる笑いで。
そんな頓珍漢な事を言ったのは、やはりエンドローズが初めてで。
これが悪質なジョークなら笑えないが、彼女は本気で、心からそう思っているのだ。
こんな珍しい生き物が他にいるなら今すぐ懸賞金をかけてやるレベルである。
「はーあ、わらった。やっぱり君はいいね、エンドローズ。これに免じて、そこのペットのことは許してあげるよ。がんばってしつけたら、芸でもしこんでぼくに見せてね?」
「だ、だからペットではないんです!ヒスイは人間じゃないですか!」
皮肉の分からないエンドローズが、リオンを説得するのに躍起になる姿に気分を良くして、リオンは応接間の扉に向かう。
本日もこれから英才教育とやらをこなさねばならない、その合間を縫ってここに来ていたのだから。
リオンは使用人が開けた応接間の扉を当然のように潜りかけて、ふと振り返る。
達観してはいるが煽り耐性の低い『護衛』くんを一瞥すると、嘲笑の色を宿した美しい笑みを作った。
「キミ、ペットをそつぎょうしたいなら、品性をみにつけなよ。いまのキミなら犬の方がまだマシだね」
「…………ッ!ぐ、んっんん…………」
青筋を額に浮かべつつも、エンドローズに言われた事を守ってか、ヒスイは怒りを落ち着けるように深呼吸をして目を瞑る。
『待て』はうまいんだな、とリオンは笑って、応接間を後にした。
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