Play#28 いざ就活、尚企業視点
エンドローズは、本だけが光る薄暗い寝室で、大混乱に陥っていた。
殺し屋??傀儡??おもちゃ!?クロード!!?
まさか、まさかヒスイがそうなのか!?
確かに出会ったのは仕立て屋であるし、ヒスイの目と髪は緑だし、風の魔法適正があるし……。
状況的には、彼がこの『クロード』である可能性は限りなくビンゴに近いリーチである。
だとすれば、だとすれば、非常にまずい事態である。
エンドローズが自ら出向くと言ったせいで、出会ったのは屋敷ではなく仕立て屋の前になってしまった。
まだ仕立て屋に潜り込む前にヒスイと出会ってしまい、彼の身分は偽られる事なく奴隷のまま。
おまけにエンドローズの突発的な行動で、悪の組織の偉い人?のような方からヒスイを買い取ってしまった。
全てが攻略本に書かれた事実とは異なっており、恐らく本来の物語からずれてしまったのは自分のせいである、と考えたエンドローズは、冷や水をぶっかけられたように眠気が飛んでいった。
「どどど、どうしよう……このままじゃヒスイは公爵の用意した勤め先に行っちゃうかも……そうなったら物語はどうなるの……?」
正直、前世でゲームとは無縁の生活を送っていたエンドローズは、『攻略対象』なる存在がリオンだけではない時点でかなり想定外であった。
前世で唯一の友人であり、この世界を舞台にしたゲームを持っていたのぞみちゃんの言っていた、『王子に婚約破棄される』という最後の記憶を手掛かりに、てっきり王子と主人公の純愛を描いた物語だと思い込んでいた。
しかしよく考えれば、前世で勉強の合間に話してくれた話題の中に、『攻略対象』が複数存在する要素を裏付ける証言があったような気がする。
「なんだっけ、思い出せ……!確か、ルート分岐?があって、それから……」
『一番胸アツなのはやっぱり王道の第一王子ルートで~、何人か兄弟がいたんだけど暗殺されたりしてるから~』
『え~そこから?王子さまがいればそりゃあ騎士もいるよ!その辺まではよくある攻略キャラなんだけど~』
『エンドローズの従者攻略は戦闘が難しいんだよね~ま、私は攻略見ないで自力でクリアしたけどっ』
『魔法のひと?ま~一応魔術師長の息子いるけど~そこちょっと変わりダネっぽくて~あたし好きじゃないんだよね~』
『ねーー聞いて!!DLC来るんだって!!絶対隠しキャラでしょ!!キタ~~~っ!!』
『あ~あ、体育祭だってさ、あんなん陽キャが騒ぐだけじゃんね?あたし休んでロマフェリやろっかな~■■■ちゃんも休むんでしょ?』
「攻略きゃら……そっか、騎士とか魔術師って言ってたのは、そういうことだったのかな……?」
慌てる気持ちは中々抑えられず、なんとか思い出せたバラバラの記憶の断片を繋ぎ合わせる。
記憶の中の彼女の発言は、時々未だに理解のできない単語が含まれていて、意味を直接聞ける環境ではなくなってしまった事が悔やまれる。
ごめんなさいのぞみちゃん、私はあまりきちんと話を聞けていなかったんだね、と最早会う事の叶わない友人に想いを馳せた。
しかし理解できる言語だけでも、分かった事はある。
どこで聞いたかまでは思い出せないが、確かにのぞみちゃんの話は一定期間を開けてリオン以外の登場人物にシフトしていた気がする。
どういうシステムかは皆目見当もつかないが、恐らく同じ時系列に存在する複数の『攻略対象』――のぞみちゃんの発言から『攻略キャラ』との表記揺れが推察されるが恐らく同一の意味合いを示す言葉だと思われる――に対し、どなたとの物語を体験するかを事前に選べるオムニバス形式なのかもしれない。
であればのぞみちゃんの話題の切り替わりも、恋愛をする相手の違う物語をプレイし始めたのだと解釈すれば合点がいく。
何故エンドローズの周りでそれらの人物が二人とも現れたのか、という点についても、恐らく『主人公』とされる女性が登場してどなたと恋愛するか判明するまでは、エンドローズも攻略対象も決まった成長のプロセスを踏むのだろう。
つまり幼少期の『エンドローズ』の役割は、将来ヒロインたる女性が現れるまで、正規の物語をなぞり、ヒロインと攻略対象が正常に接触できるようにする事ではないだろうか。
つまりエンドローズの目下の課題は、己の行動が原因で全く違う展開になってしまったこの状況を、どう軌道修正するか、という点であった。
「落ち着こう……名前が違うのは問題無い気がする……暗殺とか殺し屋とかは私が帽子と交換してしまったからどうにもならないよね……」
まずは情報の整理である。
クロードになるはずだった彼がヒスイという名前になったのは、結果的に問題無いのではないかと思う。
『見た目が由来でエンドローズが付けた』という点は変わっていないし、何より今のエンドローズは彼をみすぼらしいとは思っていない。
純粋にその目と髪を綺麗だと思ってしまった為、多分どう転んでもカラスとは結び付けられなかった。
彼の生い立ちからして、名前が無いと始まらないのは御尤もであるので、究極的に言えば名前にそこまでの重要性は無かったのだと思う。
であれば、ヒスイの綺麗な目から名前を貰っておいてよかった、とエンドローズは後悔どころかほっとした。
マイナスな印象で付けられた名前よりも、プラスな印象で付けられた名前で呼ばれた方が、ヒスイの今後にも良い影響が出るかもしれない。
問題は、暗殺をする為にエンドローズへ近づいた、という点である。
最初に道に飛び出してきた時は、それこそ殺そうとしていたのかもしれないが、なんやかんやあってヒスイは帽子を引き換えに事実的な購入をしてしまった。
故に、恐らくもう暗殺がどうの、という話は無くなっているだろう。
それ自体はエンドローズの身の安全的にも、ヒスイの境遇的にも結果オーライかもしれないが……ゲームの物語ではそれをトリガーにエンドローズとヒスイの関係性が始まる。
ヒスイとエンドローズにとっては良い展開になってしまったばっかりに、ゲームの物語からは大きく逸れてしまう……いわば物語と事実のジレンマである。
どうにかして、ヒスイの療養が終わる明後日までに彼を繋ぎ止めないと、将来ヒロインの女性がヒスイに会えなくなってしまう。
全てを知っている――つもりになっている――己が、なんとか正規の展開に戻せるよう尽力しなけらばならない。
全てはヒロインや皆のハッピーエンドに影響するのだから!
「どうしよう……いや、ダメだ、ちゃんと考えなきゃ。私しかできない事なんだから」
前世までの自分だったら、きっとこんな風には考えられていなかった。
全て母や先生の意見を窺ってから、用意された少ない選択肢の中から選ぶような、そんな考え方ではいけないと思った。
この世界では自分の代わりの全てを決めてくれる存在なんていなくて、関わる人は誰もがエンドローズの意思を確認してくれる。
前世の母のやり方を否定したい訳では無い、きっと己を愛していたが故にその道筋を定めてくれていた。
けれど、どうしてか、エンドローズはそういった支援のないこの世界を、“楽しい”と思い始めている。
誰も目標を決めてくれない、誰も将来を決めてくれない今の人生は、不安だけれど呼吸が楽な気がした。
自分で意見を決めるのは怖いし、それを誰かに伝えるのも、実践するも不安しかない。
それでも、やってみよう、やってみたいの。
この物語の主人公が現れた時、きっと素敵な恋ができるように。
それでいて、
私にできる事を、したい。
「攻略本によれば、ヒスイがエンドローズの護衛になるのは、この『自由の無い傀儡』ってところが関係している気がする……多分、エンドローズの護衛になる事で、身元の無いヒスイが主人公に会う為のきっかけになる……とか」
元々が奴隷なのであれば、主人公と会う為の接点はかなり限られる。
そもそも主人公がどのような立場かもエンドローズは知らない。
エンドローズが貴族なら、主人公もどこかのご令嬢と考えるのが自然である。
それでいて、のぞみちゃん曰く『才能があって可愛くてなんでもできる』のだから、それこそかなり良いところのお嬢様かもしれない。
であれば、奴隷であった彼が主人公と出会うには、ライバルキャラであるエンドローズの側近になる必要があるのではないだろうか。
「ということは、やっぱりヒスイをこの家に引き留める必要がある……攻略本では弱味を握っていたけど、今はそれは難しいし……」
エンドローズは、決して悪くない頭をフル回転させて考える。
ヒスイを雇い主から引き取った以上、『殺し屋だから』という脅し文句は使えない。
エンドローズとしても折角奴隷を辞められたヒスイを脅したくはないので、その方が有難いところではある……が。
「どうする……そうやって引き留める……?」
やはり何か弱味を握るしかないのだろうか。
他にヒスイの弱点となる部分をこの二日間で見つけ出す……という選択肢が、エンドローズの脳内に浮かんだ。
そんなことはしたくない、でも他に方法が……とエンドローズが真剣な面持ちで攻略本を睨んでいると、とある情景が浮かんだ。
それは父がヒスイに話しかけている場面。
そこで公爵は、ヒスイが望む職業があるなら、なるべくそれを尊重した勤め先を用意する、という旨の話をしていた。
それだ、とエンドローズの目に光が灯る。
ヒスイが、『パレスフィア家で働きたい』と思えばいいのだ。
母に社会勉強として連れられたインターンシップや合同説明会、あるいは大学のオープンキャンパス。
あれらのように、『ここで働きたい!』と思うアピールやプレゼンをして、ヒスイの就職先にパレスフィア邸を入れる。
そうすれば、ヒスイは奴隷にならずに真っ当に働けて、その上で主人公とも出会う事ができる!
妙案、あまりにも妙案すぎて、エンドローズは己に感心した。
「よし!そうと決まれば、明日から就労支援だ!」
ベッドの上で仁王立ちし、拳を突き上げて叫んだエンドローズを見て、様子を見に来たレイは『お身体に障りますので暖かくなさってください』と控えめにお咎めして、ベッドに横たわらせた。
『確かに最近のお嬢様は奔放で時々理解のできない事をされますが、私はどこまでもお供致しますので問題ありません』。
後に主人の事で同情されたレイは、いつもの愛想の無い顔でキッパリとそう言った。
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