Play#27 久々の攻略本さん、手加減無し


「は~楽しかった、ありがとうごさいます。ヒスイさん」


「……はあ、私に風魔法の適正があれば、お嬢様をお喜びさせられたのに……」


すこし拗ねたように呟いたレイに、エンドローズは苦笑した。

本人から前に聞いたが、レイは弱い炎魔法の適正しかないらしく、炎魔法は傭兵や鍛冶職人などの男性が大半を占める職業には重宝されるが、炎魔法の需要が少ない職業や、生来の適正が弱い者にとっては厄介な代物らしい。

他の属性とは異なり、うっかりでミスをした時の被害が甚大になりやすいのだ。

前世にあったような消防車はない代わりに、水魔法の適正と正しい訓練経験のある限られた者たちが、消防団として組織されていはするが、やはりどの時代どの国どの世界でも火事というのは恐ろしいらしい。

ちょっとした不注意で子どもですら起こしかねない割に、その被害が広がるスピードは尋常ではなく、大抵は取返しのつかない損失が出る。

故に、炎魔法の適正がある者は役所で手続きをし、その名簿は国が管理する。

その上で日頃から、本人の規範的意識と周囲からの不本意な評価とが相互作用し、炎魔法適正者は魔法に対する危機的意識が強まる傾向にあるのだ。

レイも例外ではなく、普段魔法を使うところはほとんど見ない。

曰く、『マッチがいらないくらいしか役立つ事はないレベル』らしい。


「もう日が暮れそうだし、戻りましょうか。夕飯の用意がされているでしょうし……あ、ヒスイさんは苦手な食材とかはありませんか?」


十分過ぎるほどはしゃいで遊び疲れたらしいエンドローズは、少し眠くなったのかやっと大人しくなる。

高ぶっていたテンションが落ち着いたのはいいが、その話し方がどうも違和感で、ヒスイは口を開く。


「なあ、アンタ」


「?はい」


「その、敬語?やめてくれないか。さん付けもいらない。俺は奴隷で、客じゃないんだ」


さっきまでのは無意識だったのか、エンドローズは今更自覚して顔を赤らめた。


「ああ……またやってしまった……ごめんなさい、さっきまでのはわざとじゃないんです。はしたなかったですね……」


「……ちがう。そういうんじゃない、俺はアンタがそんな風にするような存在じゃないんだ」


「?そんなことはないです、お招きしたんですから」


少年は聞こえないように舌打ちした。

違う、そういうんじゃなくて、そもそも人でなく所有物だろ、という話がしたいのだ。

箱入り過ぎて分からないなら、せめてそこの侍女と同じくらいに扱えばいい。

でなければ居心地が悪いし、何よりさっきまでのエンドローズを取り繕われているようで、それはそれで腹が立った。

あれが本性なら、そっちの理解を深めた方が後々役に立つし、警戒されたままでは手が出しにくいだろう。

本当のところは、思考を苛立ちが上回っていたので、ヒスイはそれらの理屈を後付けで並べていた。

そして要領の良い彼は、このままの伝え方ではエンドローズは一生理解しないと見切りをつけて、言い方を変える事にした。


「はあ……俺は、そっちの方がいい。その方がアンタと話しやすい。これならなっとくするか?」


渋々、本当に致し方なく、とでも言いたげにヒスイは溜息をつく。

しかしヒスイの読みが正しければ、この方が思い通りに事が運ぶはず。

どうも彼女は世間知らずで甘えた考えを持っているようなので、耳心地の良い言い方なら言いくるめられると思ったのだ。


「……!そ、そっか。うん、分かりま……分かったよ、ヒスイ。……えへへ、よろしくね」


めだまが零れ落ちそうなほど目を見開いたエンドローズは、次の瞬間には照れくさそうに承諾して、ヒスイを呼び捨てにした。

言いくるめられる気はしていたが、何がそんなに嬉しかったのか、ヒスイには分からなかった。

しかし、昼間ほどの不快感は感じない。

慣れたのだろう、とヒスイはひとりで納得した。


***


その日の夜、エンドローズは遊び疲れてはやめに就寝する運びとなった。

ヒスイには使用人ようの空き部屋が用意され、ライラックの計らいで一人部屋になった。

正確には二段ベッドがふたつある4人部屋なのだが、一人で使っていいと言ってくれた。

ゆっくり休めるようにと考えてくれたらしいライラックにエンドローズが感激していると、目が合った公爵はにっこりと笑った。

痩せ気味の体にも吸収が良いように、とヒスイの為に用意されたごはんを見て、ヒスイはしばらくじっとしていた。

それは人から貰うごはんに警戒する野生動物を思わせたが、ヒスイが気になって自分の食事が進んでいないエンドローズに気付くと、彼はようやくカトラリーを手にする。

一口目を口に含んでしばしじっとした後、表情をかえずにそれを飲み込んだ。

それからは控えめな動作ではあるが、八割ほどは食べてくれたようだ。

その段階でエンドローズの眠気が限界に達したので、少しごはんを残して、レイの付き添いの元寝室へ向かった。


そしてすぐ寝るだろうから、とあかりをつけず、寝室の扉の前で頭を下げてレイが立ち去る。

眠気眼を擦って暗いはずの寝室の扉を開けると、予想に反して何やら覚えのある金色の光が、枕の下から漏れていたのだ。


「……あ、こうりゃくぼん……」


正直、前世で受験前の夏期講習を丸一日受けた日くらい猛烈な眠気に襲われていた為に、このまま眠ってしまいたい気持ちが強かったエンドローズだったが、明るさが気になって寝付ける気がしなかったので、渋々分厚くて大きな枕の下から攻略本を引っ張り出す。

ほとんど開いてない目でその表紙にちょん、と触れると、攻略本はいつかの時のようにひとりでに開いた。


「んー……んー……?」


開かれたページには何やら文字がびっしりと書いてあって、リオンの事かと思ったエンドローズは何気なくページを遡る。

読む気力が湧かなかったが故の悪あがきだったが、その行為で不可解な事実が判明する。

今回開かれたページの、のページが、リオンの項目だったのだ。

そこから謎の白紙見開きを挟んで、次のページが今回開かれた場所だった。

エンドローズは少し眠気が冴えたおかげで僅かに空いた目で、今回の該当ページを読み上げる。


「『自由の無い傀儡・クロード――二人目の攻略対象であるクロードは、緑の髪と目をした元奴隷の青年であり、悪役令嬢エンドローズに弱味を握られて幼少の頃より奴隷として服従させられていた。』……へえ……え!?」


ぎゅん、とエンドローズの眠気は一気に吹っ飛んだ。

緑の髪と目?元奴隷?エンドローズ??

まさか、と思いつつ、エンドローズは夢中で攻略本を読み進める。

内容を要約すると次の通りである。

『クロードとは偽名であり、彼を拾った悪役令嬢エンドローズが見すぼらしいカラスのようだからと付けた名である。

クロードは第一王子の婚約者になったエンドローズを、邪魔者として亡き者にする為に差し向けられた、暗殺特化の奴隷である。

クロードはそのうちの一人であり、得意とする風の魔法を用いてエンドローズの暗殺を企てる。

組織に支給された衣服と紹介状で、パレスフィア家令嬢御用達の仕立て屋に見習いとして潜入し、パレスフィア邸へ侵入するが、忌み子であるエンドローズを貶めようとした妖精の悪戯に巻き込まれて暗殺に失敗。

失敗したクロードを組織の始末屋が口封じのために毒矢で射るが、直後やってきたエンドローズの悲鳴により退散、パレスフィア家の有する高度な魔法医術によって奇跡的に一命をとりとめ、組織は彼が死んだものと思い込んだ為に事実的な解放になるはずだったが、その時こそがクロードの命運が尽きた瞬間だった。

なんとエンドローズは彼が殺し屋である事を知った上で、父親に我儘を言って無理矢理自らの護衛にしてしまう。

パレスフィア家の者に身分と罪が露呈すれば、クロードは捕まり、重たい刑に処されるだろう、それが嫌なら自分の言う事はなんでも聞く玩具になれ、エンドローズはそう彼を脅した。

その日からクロードは、弱味を握ったエンドローズの実質的な傀儡と化し、命じられればどのような汚れ仕事も屈辱も受け入れるていの良い玩具として、エンドローズに酷使される運命となった』……。


情報量、多過ぎませんか!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る