Play#22 一度きりのチャンス


簡単な仕事だと思った。

擦り切れたみすぼらしい服を来たいかにも貧しそうな恰好をしているが、少年はただの一般市民ではない。

少年は、殺し屋だった。


少年の表向きの身分は『商品』である。

所謂奴隷というやつで、治安の悪いスラム街などではちらほらみられる商売だ。

未だギリギリ違法ではなく、国内の奴隷の買い付けや売渡は違法だが、奴隷商人が『商品』を連れて入国する事自体は『他国へ商売をしにいく為に通りかかったもの』として合法になっている。

薬物と違って奴隷には知能がある為、商品の一部が残りたいと主張した為にタダで譲られた、あるいは自ら脱走したが商人が放置した、などと言わせれば、売買では無いとして立件できないのだ。

もちろん商人や客も捕まらない為に口裏を合わせるし、金のルートも巧みに隠すため、中々尻尾を掴ませない。

そんな国の現状を利用して、国を通過する奴隷商人と偽る『別の人身商人』も存在した。

少年が所属する暗殺組織もそういった非合法な形態のひとつであった。


少年は幼い頃、両親に売られた。

貧しい村では珍しい事ではない。

同時期に各地から売られた近い年頃の子どもは、大半が労働奴隷としてラベリングされた。

男なら力仕事やほとんど肉壁としての護衛業用、女なら大抵は娼館に売られる。

特別顔の良い奴はある程度教養やらを仕込んで、男女問わず物好きな貴族に売られた。

愛妾になるならまだ良い方で、胡散臭い魔術の生贄用に買われるなんてのもある。

そんな中、器用で魔法の才能が見込まれた少年は、暗殺用の奴隷というラベルを付けられた。


少年は生まれ持った魔力量が多く、魔力量が多いと妖精から多くの自然エネルギーを借り受けられる。

魔力という名のガソリンを貯蓄しておくタンクが大きい、タンクが大きいと必然的に満たされる魔力も多い、魔力が多いとそれだけ妖精から借り受けた自然エネルギーを魔法に転換できる、と、ざっくりと簡単に説明すればそのような感じだ。

要は、少年には生まれつき魔法の才能があり、それを知らずに独自の魔法で暇つぶしをしていた少年は、暗殺組織に目を付けられてしまったのだ。


来る日も来る日も暗殺術と魔法の訓練で酷使され、同じ組織に買われた同世代はバタバタと死んでいく。

暗殺用奴隷の使い道は、基本的に特攻隊と変わらず、身分も身元保証人もない為、送り込んでも足がつかないのだ。

その為、失敗した時は拷問や尋問で下手な事を言う前に速やかに自死しろ、と毎日誰かに怒鳴られた。

それでも子どもたちはやるしかなかった、諦めれば処分されるし、訓練さえこなせば飯を貰えた。

任務も成功さえすれば死ぬ必要はなく、うまくやれば一人前の暗殺者として雇われると――表向きはそう教えれてきた。

しかし少年は知っていた、任務に行って帰ってきたヤツはいないと。

皆が一人前になって別の組織に行ったのだと言い聞かせていたが、そんなヤツは本当に一握りで、大抵は任務の失敗や成功にかかわらず処分されている。

商品候補の数が日に日に減っていくかなりハイコストな奴隷だが、その一回にコストをゆうに超える大金を払う連中がいるのだ。

そしてそういうヤツらは大抵がしょうもない貴族であるし、足がつくのを最も恐れる客でもある。


その為、今回『公爵家の令嬢を殺せ』という任務に選ばれた緑の髪の少年は逃亡を画策していた。

殺すまでは組織独自の諜報部隊がどこかで監視しているはずなので、任務より前の逃走は不可能である。

少年が狙うのは、その諜報部隊が任務成功の連絡をとる、その一瞬の隙だった。

所詮は10歳といかない子どもであるため、彼らは少なからず少年を甘く見ている。

そんなプロ集団の持つ僅かな油断しか、少年が可能性を見出せる要素がないのだ。


だから少年は、機を待った。

パレスフィア邸に忍び込むのはリスクが高かった為、公爵令嬢が愛用する仕立て屋を調べ、そこに細工をする事で標的を外に誘導しようと考えていた。

そんな時、神は少年に味方した。

少年が仕立て屋の下見に来た日、標的の家の紋章のついた馬車が来たのだ。

今しかない、少年は確信した。


少年は忍耐強く、標的が出てくるのを待った。

馬車が迎えに来る前に標的は店から出てきて、更にはみるからに戦力にならなそうなメイド一人だけを連れて街を歩くという。

虫唾が走った、その平和ボケぶりに。

余程危険の無い環境で能天気に暮らして、あの悪趣味なドレスや帽子に金を使っていたのだ。

殺そうと、少年は冷静に決心ができた。

風魔法の応用で標的の位置を正確に知覚し、狭くて薄暗い路地裏の奥で木の葉のように薄い金属の欠片を構える。

風魔法で小さな刃を飛ばし、その喉笛を掻っ切る。

少年が組織で習った魔法は、身体能力の補助や索敵、隠密に関わるものだけであり、殺傷はあくまで暗殺術としてナイフや拳銃を用いて覚えさせられた。

だから組織の諜報部隊も、少年が遠距離から標的を殺せるとは思っていない。

加えて身の安全が保障される遠距離から見張る奴らからは、この場所は見えにくい。

一撃で仕留めて、裏から全力で逃げて、隠れる。

それが、少年が血の滲むような組織生活で編み続けた計画だった。


来る、あと三歩、二歩……。

少年が神経を研ぎ澄ます。

過集中となった少年は、風の妖精の噂に気付けなかった。

いかにして忌み子をいじめるか、そんな事を企てている妖精たちに。


『かぜよふけ♪忌み子をふきとばせ♪』

『かぜよさかまけ♪あの子をなたおせ♪』

『とんでけ♪とんでけ♪いなくなっちゃえ♪』


遠目から忌み子を見ていた風の妖精たちが、いつの間にか集まって円のように手をつなぐ。

くるくると回り出したそれらの周りに、徐々に風が吹き始め、それは渦を巻いて突風になった。


「うわぁ!?」


「きゃ……!?」


「お嬢様!?」


路地に集まった突風は、出口を探すように表通りへ吹きすさんだ。

少年の軽い体はいとも簡単に押し出され、意図せず標的の前に押し出される。

風で巻き上げられた新芽のような色の髪の隙間から、生い茂る芝生のように若々しくてエネルギッシュな緑の瞳が顕わになる。


風で飛ばないように咄嗟に帽子を押さえた標的は、突風の中で必死に目を開けて、少年を見た。

その赤い目と、完全に目が合った。


しまった、と少年の背中を冷や汗伝う。

明確に『死』が少年の頭を過った。


徐々に突風が止んで、そこには立ち尽くしたスラム街を思わせる少年と、煌びやかな恰好をした少女がいた。

大きな帽子のつばの陰から茫然とした顔を覗かせる幼い少女が、少年の標的だった。

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