Play#21 とにかくシンプルで軽量なのを


第一王子との婚約が決まり、不思議な友達もできた。

更にはマナー講師からの評判と、図書館で頻繁に本を借りて勉強する勤勉さを加味したサリエが、家庭教師を付ける事も許可してくれた。

最近のエンドローズは見違えるほど真面目になり、パレスフィア家内での評価は変わりつつあった。


「という訳で、最近頑張っているそうだね、ローズ」


「い、いえ!まだまだ精進していかないと……していきたい所存、ですわ?」


まだ知識だけで、技術としては身についていない上流階級敬語と格闘している様は、ライラック公爵にとってとても微笑ましく映った。

その頑張りに反比例するかのように、最近は一切物を強請ったという話が無い。

その為、頑張り過ぎは体に毒、という親心と、でも頑張る娘可愛いという親バカ心で、ライラックはとある提案をする事にした。


「僕には十分努力しているように見えるよ。だから、そろそろご褒美をあげたいと思うんだ」


きっと何かしらは強請るはず、とサリエから念を押されていたライラックは、軽い気持ちで『欲しいものはあるかい?』と続けた。

するとエンドローズはたっぷり迷ってから、おずおずと口を開いた。


「……その……可能でしたら、外出用のお洋服が欲しいのですが……」


とても遠慮がちな小声だったが、側に控えていたサリエはそら見た事か、と油断する。

勤勉になったとはいえ、あれだけの物欲が消えた訳ではあるまい、とエンドローズの変化を未だに甘く見ていたのだ。

そこは根本的な人間不信たる彼の短所である。


「そうか。それじゃあ仕立て屋を呼んで何着か仕立てて貰おうか。たくさん頑張ったから、好きなだけドレスを頼みなさい」


こんの親バカが、と経理の実質的な責任者であるサリエは拳を握った。

『好きなだけ』なんて少し前までのエンドローズには禁句中の禁句だ、絶対に碌な事にならない。

せめて5、6着がいいところでしょうに!とサリエは憤慨して、案の定エンドローズの次の言葉に驚く事になる。


「いえいえ!1着か2着で十分です!図書館に行く用のシンプルな服が欲しいだけですから……!」


サリエは目を丸くした。

しかし、次の瞬間には何故か腑に落ちた。

そうか、予想とは違ったが不思議ではないな、と。

素直に己が見誤ったのだと納得するくらいには、サリエの中のエンドローズへの評価は変わっていた。


「え……っと、シンプルでいいのかい?本当に?」


エンドローズは煌びやかな者を好むはず、とライラックは記憶を遡った。

如何なる報告も、派手で目を引く豪華な仕立てになった、というものだった。

なので、エンドローズの嗜好の変化は予想外だったのである。


「はい。それと、仕立て屋さんにも自分で行きます。わざわざご足労をおかけしても悪いですし」


以前よりずっと緊張の無くなった語気で、エンドローズははにかむ。

きっとまだ健康面が心配されているのだ、と思い言った事だが、前世で多少裕福な女子高生程度だったエンドローズは、位の高い貴族は仕立て屋を呼びつけるのが当たり前である事を知らないのだ。

その様子を見て少し思案したライラックは、昔エンドローズが街に行きたいと強請った事を思い返した。

当時はかなり突発的な提案だった事、まだエンドローズの健康面やカトレアの体調が心配だった事もあり、許可は出してやれなかったが、今の安定したエンドローズであれば大丈夫かもしれない。

本人が仕立て屋に出向きたいというのなら、それも良い機会だろう。


「……分かったよ。その代わり、行くのは王都の中心街や大通りだけにして欲しい。あの辺りなら比較的治安が良いからね。約束できるかい?」


貧困街に近づくほど、怪しい輩というのは増える。

王都の貧困差はパレスフィア侯爵としても問題視しており、どうにか改善の余地を探しているところではある。

が、しかし、愛娘の身の安全となれば話は別である。

ライラックは父親として正しく貧困層を危険視した。

そんな親心があるとは露知らず、エンドローズはにこやかに返事をする。


「はい、わかりました」


「とりあえず、いつもの仕立て屋には連絡しておくよ。買い物が増えた時の為に多めに前金も払っておこうかな。ローズは店で好みの注文をするだけでいいからね」


なるほど、貴族ともなればそのように買い物するのか、とエンドローズは納得して頷く。

本来貴族の中でメジャーなドレスの発注とは違うのだが、己の発言が原因で逆に特殊な買い物方法になった事には気付けない。

更に言えば、エンドローズが思い直してもっとドレスを買いたくなった時用にと、ライラックが御用達の仕立て屋に払った『多めの前金』の額が予想より二桁多い事も知らないだろう。

にこにこする公爵の後ろでサリエが何故か額をおさえている事しか理解できなかったエンドローズは、呑気に仕事へ出掛ける父を見送ったのだった。


***


三日後、マナーの講義がお休みであるその日に、エンドローズは鏡の前で渋い顔をした。

貴族が王都に出かける以上、それなりの権威ある服装が望ましいらしく、いつもより少しだけ派手なドレスを用意された。

しかしそれは派手好きだった過去のエンドローズの好みである為、今のエンドローズからすれば『かなりとても派手』の領域であった。

加えて問題なのは、首が痛くなるほど重たい帽子であった。


「レイ……本当に帽子はこれしかない……のかな……」


「申し訳ありません……何分あまり外出の予定が無かった為、今はこれしか……」


ドレスはまあ、良しとする。

ちょっとふりふりが多過ぎやしないか、とか、裾やフリルにあしらわれた宝石の多さとか、そのあたりがまだ可愛く思える。

なぜなら、帽子にはその数倍の宝石がゴロゴロと乗っているのだから。


「以前いたく気に入っておられた童話のお帽子を再現された逸品なのですが……昔の事ですので覚えていらっしゃらないかもしれません」


「そ、そっか……それは……うん、仕方ない、よね……」


広すぎるつばは幼いエンドローズの身体にはアンバランスで、その上には赤やピンク、紫といったカラーの宝石が花のように組まれて咲いていた。

これ、一体いくらするんだろう……と思うと、エンドローズは眩暈がした。


「近々旦那様に、お帽子のお仕立てもできないか伺っておきます」


「あ、ううん!自分で聞いてみるよ。ありがとう、レイ。今日は日差しが強そうだし、とりあえずこれで出かけよう」


まあちょっとお洋服を買いに行くだけだもんね、とエンドローズは自分を納得させる。

近頃体調面はすこぶる良いが、念のため熱中症には対策しておけないと。

ちなみに今回の買い物にはレイが付き添ってくれる事になっており、仕立て屋の目の前までは馬車で送り迎えがつくそう。

公爵が『ローズが今後も外出するつもりなら、そろそろ専属の護衛を雇わないとなあ』と独り言を呟いていたのを聞いたが、流石に専属ともなると気が引けるのでお断りするつもりである。


そんなこんなで、高級店の並ぶ王都中心街の大通りにやってきた。

道は綺麗に舗装され、街灯が等間隔に並び、エンドローズは外国に来たような心地になった。

それと同時にここが違う世界である事を改めて実感して、少しだけ寂しい気持ちになった。

仕立て屋の目の前に止まった馬車から降りて、大きな帽子を押さえながら入店する。

中にいたどこかの使用人らしい人に二度見されて少し恥ずかしかったが、店主らしき人が話しかけてくれたので習った通りの挨拶をする。

『仕立て屋』と呼ばれていた事から少し想像していたが、やはり既製品の服を買うのではなくオーダーメイドらしい。

中年くらいの女性の店主が張り付けたような笑みでたくさんの宝石や派手な色の布を並べていったので、『もっとシンプルで動きやすいものはありますか』と聞いたら、信じられないものを見るような目でぎょっとされた。

クローゼットを見る限り相当な派手好きだったらしい以前の嗜好と変わったのが余程衝撃的だったらしく、体調の心配までされてしまい、エンドローズは面目ない気持ちになった。

とにかく服のことはよくわからないので、普段使いしやすくてなるべく装飾の少ない服をお任せで頼めないか、と言ったら、中年の店主は打って変わって真面目な目つきでエンドローズを上から下まで観察し、少し光沢のある落ち着いたワインレッドの生地を持ってきた。

『これにワンポイントとしてシンプルな白いフリルをあしらうのはいかがでしょう』と活き活きとした目の店主が言ったので、それをお願いする事にした。

クローゼットにあるような毒々しい赤ではないし、白いフリルが少しつくだけで印象が丸くなった気がして、これから交友関係を広げていくのにはいいかもしれない、と思ったのだ。

この世界で初の友人ができた事で勢いづいていたエンドローズは、友達作りに積極的な気持ちになっていた。


そしてエンドローズがあまり悩む事なく、ほとんど店主のおまかせという形でとんとん拍子に採寸やデザイン決めが終わった事で、迎えの馬車の時間まで相当暇になったのが、今である。


「どうしよう、もっとかかるものかと思ってた……」


「そうですね……私もてっきりもっとお悩みになるものかと……」


やたらと迎えの時間が遅い事は分かっていたが、それくらいかかるものなのだろうと油断していた。

思えば自分で服を選ぶ経験など前世ではあまりなかったエンドローズは、以前より服に関心は薄かったのだ。

前世の記憶を思い出すとこうも人は変わるのだな、と考えて、そういえば前世でも『前世の記憶がある』と自称する子供などがいて、彼らは突然大人びたり性格が変わったりすると誰かから聞いた気がする。

一回分の人生を記憶に保持しているのだから、皆多少大人びてしまうのかもしれないな、とエンドローズは他人事に思った。


「お嬢様、これからどうなさいますか?中心街でしたら旦那様からも許可されていますが、行ってみますか?」


「うーん、そうだね。ここにいても邪魔だろうし」


貴族御用達の仕立て屋の目の前に、こんな大きな帽子の少女が突っ立っていたら他のお客さんが入り辛いかもしれない。

そう思い至り、エンドローズは屋台などもちらほら見受けられる大通りへ向かう。

建物と建物の間にある、路地裏に繋がる隙間の前を何の警戒もせずに横切ろうとした。

前世でも高級ブティックが並ぶ通りにだってこのような路地はあったので、特段珍しくも無かったのだ。


「きゃ……!?」


「お嬢様!?」


なので、突然の突風と共に、その路地から擦り切れた服を来た男の子が飛び出してくるなど、想像もしていなかったのだった。

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