Play#19 初めてのずっ友です


エンドローズは、少年の孤独感に共感し、同情した。

前世、孤立していた自分に唯一話しかけて関わり続けてくれた友人がいた。

少年にとって、自分が彼の友人のような存在になれたらと思ったのだ。

相変わらず自分は人付き合いが悪かったのに、それでもたくさん知らない世界の話をしてくれた、唯一のお友達のように。


「……ほう。これはまた突拍子もない戯言だ」


少年は驚きに見開かれた目を、ゆっくりと弧の形に変える。


「良かろう。ぼくは気分が良いからな。光栄に思え、ヒトのむすめ」


「ほ、ほんとうに!?あ、ありがとうございます!」


エンドローズは両手をそろえて、深々とお辞儀をした。

その低姿勢な心がけは悪くない、と少年は気を良くする。


「だが、しばらくは貴様の前に現れないだろう」


エンドローズは何かを察したらしく、哀しそうな顔で押し黙った。

恐らく、病気の療養に時間がかかるのだろうと、ありもしない闘病生活を想像して言葉を失ってしまう。


「案ずる事はない。時が来ればこちらから出迎えに行ってやろう。それが幾年月を要するかは知らないが、お前の寿命までには間に合わせようじゃないか。はは!喜べ!このぼくが小娘ひとりにこれほどの施しを与える事など奇跡に等しい。お前は幸運な娘だ、だから大人しく、ぼくの言いつけを守ってその時を待ち望むといい!」


ははは、と邪悪に高笑いをした少年は、鋭い牙を剥きだしにして、少女も睨みつけた。

並の妖精如きであれば恐ろしさに逃げ惑い、その波長を受け取ったヒトは半狂乱になって逃げだしていただろう。

しかし相手は妖精に嫌われた可哀そうな忌み子。

逃げるチャンスを得る事もできず、茫然と少年を見つめる事しかできない。

弱い者を見ると、あまりにも哀れで可哀そうで、その無力さに免じて施しを与えてやりたくなる。

これは強者の性なのだ。


「はは、怖いか?ぼくのような存在と契りを交わすというのは、そういう事だ。一生を縛られ、生涯ぼくとの縁から逃れる事はできない。恐ろしいなら今すぐその短い足で逃げ惑うと良い。ぼくはすこぶる機嫌が良いから、特別に貴様を忘れてやろう」


その言葉に嘘は無い、そもヒト如きをわざわざ謀ろうとも思わないが。

少年はエンドローズを気に入りつつあった。

しかし、ヒトにとって己との縁が文字通り不吉な人生を招く元凶になる事も、長い記憶の中で理解していた。

その為、これは最大級の慈悲だった。

瞬きの間とはいえ己を楽しませた褒美として、ここで縁を無かった事とし、娘の存在自体を忘れてやる。

少年は得意げに笑った。

慈悲を与えてやった小娘が、泣いて喜ぶ様を想像して。


「いえいえ、そんな、むしろ忘れないで頂きたく……!」


故に、少女の返しにまた困惑する事になった。


「私、友達を作れたのは前にも後にも初めてなんです。次会えるのが私が年老いた時かもしれない、っていうのはちょっとさみしいけど……でも私、ずっと待ってます。大丈夫です、記憶力には自信があります!……それも7歳以降に限りますけど……でも、だから、あなたの事は絶対に忘れません!きっと、きっと会いに来てください……っ!」


エンドローズは心からの歓喜に顔を綻ばせて、伝えられる精一杯の誠意を込めた。

自分から友達を作れた事、新しい友達がずっと友達でいてくれると言ってくれた事、その全てに感極まって、赤い目を潤ませた。

うれしい、うれしい。

前世で繰り返してきた同世代への付き合いの悪さをずっと気にして、罪悪感を持っていたエンドローズは、それらが洗われて軽くなっていくような心地がした。

今度こそ友達を大切にして、たくさんありがとうと言って、前世で唯一友達になってくれた彼女のような良い友達になりたい。

ぎゅっと胸を両手で抑えて歓喜するエンドローズに、少年は心底不思議そうな眼差しを送った。


「……貴様、生涯ぼくのような存在ものと繋がりを持つつもりか?それがどんなに不吉な事か……ああ、教える者がいないのだったか」


途中まで言いかけて、少年は諦めたように納得した。

久しく忌み子と接してなかった為に忘れがちだが、少女はあらゆる妖精の噂を聞けないのだ。

当然、強大過ぎる存在と契約を交わすという事の重さは知らないのだろう。

どうしたものか、と少年は思案した。

ここまで無知だと、揶揄っても牽制しても意図は伝わらなそうであるし、だからといって無知なだけのいわば知能の低い小動物のような少女に知らぬ重責を持たせるのも哀れに思えてきた。

謀や悪意があるならまだしも、少女はただ純粋なだけなのだ。

世界の絶対的強者たる己がそれを弄んだとなれば、少々大人気ないだろうし、同胞に器が小さいだなんだと揶揄されそうなのも頂けない。

なんと言えば伝わるか……と思案する少年の表情に、一方的に憂いのようなものを感じ取ったエンドローズは、言いだしにくそうに口を開く。


「その、不吉とか、そういうのはよくわからない、けど……でも、あなたとずっと繋がりを持てるなら、私はとても嬉しい、です。それに、私も前にいろいろ……不吉ではないですけど、卑しい、とか、おぞましい、とか……言われた事、あります」


御目見えの儀式の時は、遠巻きにかなりいろいろ言われていた。

今思えばあの時、やたらとハッキリ聞こえてきたあの噂話は、私に聞こえるように意図していた可能性もある。

この世界にはカラフルな色彩の人たちが多いから、赤い髪や目くらい普通なのかと思っていたけど、もしかしたら珍しい方なのかもしれない。

だから周囲の人たちも、前世でいう所の派手な不良を見る気持ちだったのかも。

だとしても、今世の母譲りの赤い髪と目を私は嫌いになれないから、だから普段も隠さないようにしている。

だからどちらかと言えば、許可が欲しいのはエンドローズの方なのだ。


「私……世間知らずだし、ちょっと……変わっているみたいだし。あんまり人付き合いの経験もありませんけど……でも頑張ります。あなたと心を通わせられるように。だから……だからあなたさえ、よければ。私は生涯、ずっとずっと仲良しでいたい……!」


はじめて、自分から友達でいたいと、仲良くしたいと言った。

心臓が高鳴る、冷や汗が止まらない。

断られたらどうしよう、うまく伝わってなかったらどうしよう。

不安が脳の周りを堂々巡りして、エンドローズはきゅっと下唇を噛んだ。

皆はこんな風に、たくさんたくさん勇気を出して友達を作っていたのかな。

前世で唯一の友だちだった彼女も、自分に話かける時はきっとものすごく緊張したのだろう。

きっと自分は、その勇気に値する対価を支払えていない不出来な友達だったから、今思えばたくさん苦労をかけていたのかもしれない。

前世での出来事がフラッシュバックのように次々想起されては、エンドローズに後悔を抱かせた。


「……ふっ、ふはは!傑作だ!このぼくに生涯を捧げると?まさかそのような戯言を言っているのではあるまいな!」


エンドローズは不安に目を逸らさないようにごくりと唾を飲んで、ゆっくりと頷いた。

生涯だってなんだって、少年の最高のお友達になりたい。

たくさんの喜びを分かち合いたい、悲しみを共有したい。

きっと、きっと頑張るから。

エンドローズの瞳は今にも涙の堰が決壊しそうで、その様が切実で健気だった。

それもそうだ、エンドローズにとって、初めて自ら人との関わりを形成する、前世も含めた人生において一世一代の告白なのだから。


そんな必死の告白を聞いた少年は、馬鹿らしいと高笑いしていた顔をスッと真剣なものへ代えた。

ひとつ瞬きをした後、真正面からエンドローズに向き直った。

それまでの常に上から見下ろしてくるような態度とは、180°違う面持ちである。


「……いいだろう。そこまで宣うのなら、ぼくもその覚悟に応えてやる」


「!そ、それじゃあ……!」


「フン、喜ぶがいい。お前を隣においてやろう。ぼくにとってヒトの寿命など刹那に等しいが、なに。たまにはこういった享楽も悪くない」



ぱあ……とエンドローズは目を輝かた。

花が飛ぶような無邪気な笑顔である。

少年は更に気をよくして、新たな施しをくれてやる事にした。


「お前がそこまで言うのだから、ぼくも少々本気を出すとしよう。少しの間眠るが、なるべくはやく迎えに来てやろう。何なら、リクエストを聞いてやってもいい」


「え、でも……無理する事になりませんか……?体の方は大丈夫なのでしょうか……」


「まあ、多少無理はあるかもしれないが、ぼくに不可能などない、案ずるな。お前はぼくのものらしく、問われた事に素直に答えるだけでいい」


「そ、そうなんですか……うーん、だったら、目標、くらいの感覚で受け取って欲しいのですが、学校に行く、というのはいかがでしょう」


エンドローズは思案した結果、貴族の子どもたちが通うとされる学校を提案した。

聞いた話によれば、15から16歳の貴族だけが週何回か通う『セカンダリー・スクール』と、16歳以降の貴族と庶民が通う『アカデミー』なる教育機関があるらしい。

セカンダリー・スクールが難しければ、アカデミーでも構わないので、一緒に学校に通えたら嬉しい、とエンドローズは提案した。

まだ数年あるが、少年の病がどんなものか分からない以上、必ずしも間に合う保障はない。

でも、少年がそれを目標に少しでも頑張れたら、というささやかな願いをエンドローズは込めていた。


「ふむ……ヒトの子が集う、あれか。今までさして興味は無かったが……お前が望むなら叶えてやってもいい」


フン、と得意気に笑って『嬉しいだろう』と言わんばかりにエンドローズを見る。

その意図には気付かないものの、少年が前向きになってくれた事が心底嬉しかったエンドローズは、吊り目がちな目を穏やかに緩ませて笑った。


「よかった、ありがとうございます。がんばって……でもできれば無理はしないでくださいね。私、ずっと待ってますから!」


少女の屈託のない笑みと、嘘の無い純粋な言葉が、少年にとってはとても穏やかで心地良い刺激に思えた。

弱い生き物を飼う趣味など己には無かったが、この娘ならば退屈しのぎに側においてもいいとすら思えた。


「ふ……可愛い事を言ってくれる。お前、名は?特別に覚えておいてやろう」


「なまえ……ハッ!こ、こほん、」


きょと、としたエンドローズは思い出したように焦って、講義で学んだ通りドレスを両手で摘まんで少し持ち上げる。


「わ、わたくし、エンドローズ・パレスフィアと申しますわ。その、言葉使いが拙くて申し訳……ごめんあそばせ……?以後、お、お見知りおきを!」


ここまで一切上流階級敬語を使っていなかった事に今更焦りを覚えて、とにかく挽回をと学びを精一杯活かしたつもりだ。

突然かしこまった意味は分からなかったが、少年は満足そうに微笑んでその名を繰り返す。


「そうか……ならば、エンドローズ。今日ぼくと会った事は、一切他人に話してはならない」


「えっ……それは、なぜ?」


「まあ大した理由ではないが……知られると少し面倒が起こる。それに」


少年は未だ数名の気配がする人工林の奥を煩わしそうに睨めた後、とても愛おしいものを見るような顔でエンドローズを見た。


「ヒトはこういった密なやりとりを秘するのだろう?ならば、それに習おうじゃないか。ふふ、悪くない気分だ。ヒトの事など至極どうでも良いが、お前に合わせてやるのは嫌いじゃない」


そうしてエンドローズに一歩近づいた少年は、黒く艶めく長い爪をゆったりと近づける。

エンドローズは、少しだけ背の高い少年を精一杯首を反らして見上げた。

少年が少女の赤い髪をひと房掬っても、エンドローズは全く警戒の色を見せず、困惑しながらも微笑むので、少年は愉快そうに喉をくつくつと鳴らす。


ぼくの名を呼ぶ事を許そう……今は、そうだな、アークと。そう呼べ」


いずれ、次に会う時には真名を教えてやろう。

今は少しの我慢だ、折角なら力を全て取り戻してから契約を結びたい。

今後の楽しみを想像して一層機嫌良く笑った少年は、エンドローズの深紅の薔薇に似た美しい髪に、そっとキスを落とすのだった。

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