Play#17 幻生生物
「大きい……」
マナーの講義を終え、昼食の後に王宮の敷地内までやってきたエンドローズは、目の前の建物の大きさに唖然とする。
広いと聞いて覚悟はしていたが、実際の宮廷大図書館を目にするとやっぱり驚くものは驚く。
ちょっとした自然公園並みの広さの庭園を挟んだ更に遠くにはお城も見えたが、それはさらに大きい上にかなりの高さだった。
行った事はないが、前世にあった大きなテーマパークを思い出す。
確かあそこにも大きなお城があって、シンボルになっていたような気がする。
「参りましょう、お嬢様」
レイが開けてくれた大きな二枚扉の片側から、おそるおそる中に入る。
中は本棚と蔵書が所狭しと並べられ、凝った意匠の階段やテーブル、椅子などがあったが、エンドローズは少しだけほっとする。
今まで見てきたものは豪華過ぎて慣れるのに時間がかかったが、ここは前世で見た図書館とそこまでイメージが剥離していない。
どこの世界の図書館も、本分は蔵書の保管と貸し出し、という事なのだろう。
「初めてのご利用ですね。失礼ですが、お名前をお聞かせ願えますか?」
受付カウンターのような場所があったので、とりあえず司書らしき職員に話しかけると、穏やかな笑みで対応される。
エンドローズは一瞬ドキッとしたが、三度深呼吸を繰り返してから直近の学びを反芻した。
「ご、ごきげんよう。わたくし、エンドローズ・パレスフィアと申します……ますわ。蔵書をいくつか拝借したいのですが、よろしいでしょう……じゃない、よろしいかしら?」
マナー講師がこの場にいたなら、採点は70点弱といったところか。
それでも所謂『お嬢様言葉』に全く縁が無く、概念すら知らなかったエンドローズにしては、かなり上出来な部類だろう。
受付の司書は微笑ましいものを見るような目をして、エンドローズの名を名簿に記した。
悪い意味で有名なご令嬢と聞いていたが、多少丸くなったのだろうか。
ドレスの過度な煌びやかさから横暴なのかとも想像したが、これなら問題は起こさないだろう。
比較的善良だった司書は、噂への信憑性を少し下げた。
ちなみに、本日のエンドローズのドレスは記憶を取り戻す前に発注されたものであり、フリフリのレースにピンクのリボンが散りばめられたオーダーメイドの品である。
恐らくかつてのエンドローズが物語に影響されて強請ったのだろうが、今のエンドローズからすればウェディングドレスを普段着にしていたのかと疑うレベルの一品だ。
色合い的にも派手さ的にも、他のドレスに比べるとかなりマシな部類だった為、これを選ぶしかなかったのだ。
白と淡いピンクのドレスは、生まれつきの赤い髪と瞳とあまり調和はとれていないが、調和を優先すると不思議の国のアリスのハートの女王のような、黒と赤のふりふりドレスしかなかったので、エンドローズは比較的穏やかな印象の白を選んだのであった。
「レイ、探したい本がちょっと多いから、手分けして探さない?」
「お嬢様をおひとりには……いえ、宮廷大図書館ともなれば、身の危険はあまり無いのやもしれませんが……」
辺りを見回した時の護衛の数を見て、レイは葛藤の末分担する事を承諾してくれた。
『何かありましたら周囲など気にせず叫んでください、飛んで参ります』と頼もしい言葉だけを残して、レイは担当エリアの二階へ行った。
一階から吹き抜けになっているため、図書館内であれば時々様子を窺えるはずだ。
エンドローズは一階エリアの児童書をメインに探す事にした。
正直エンドローズの歳では対象年齢を少し超えているが、この世界の常識にあまりにも疎い身としては、とにかく簡単な本が欲しかった。
特に、植物や動物、妖精の事なんかが書かれた図鑑などが望ましい。
前世で言うところの『にんじん、ぶたさん、くるま』レベルから始めていこう。
「うーん、児童書っていっても、前世あったものよりかはどうしても難しくなっちゃうのかな……」
めぼしいものを片っ端から開いてみるものの、大半がきっちり革で製本された厚い本ばかりである。
パレスフィア邸の蔵書よりは若干文字や余白が大きく、挿絵も多い気がするが、前世に比べれば字の量はずっと多い。
本を読む事に抵抗はないので文字数に怯む事はないが、これらの本で勉強が捗るのかは些か疑問だ。
「仕方ない、何冊か試しに読んでみよう!」
エンドローズはピックアップした図鑑などを5,6冊抱えて、どこか読書のできる場所を探す。
テーブルや机はそれなりにあるが、そこそこ利用客もいるので、できれば人目のあまり無いところを……ときょろきょろ歩きまわっていると、少し光が強いエリアにでた。
そこは窓が多いエリアで、日差しも入りやすいのか本棚が減って開けていた。
代わりに机や椅子が多く、利用者も数名座っていたが、窓から少しだけ離れた本棚の陰に、扉のようなものがある。
エンドローズが気になってその扉のノブを捻ると、鍵はかかっていなかったようですんなりと開いた。
「わぁ……!すごい、こんなところがあったんだ」
扉の先にあったのは、広大な庭だった。
窓から見えていた景色が、窓枠の邪魔もなく一面に広がる。
扉が奥まっていた事もあり、右手には図書館の背面の人工林があり、言うなれば庭園と人工林の境界線のような場所だった。
机や椅子はないが、代わりに人の気配もなく、遠くに手入れをしている庭師が見えるくらい。
窓に近づかなければ人目に触れる事もなく、エンドローズにとってはまさに穴場スポットだった。
扉のすぐ近くにあった何故か傷だらけの切り株に、家からもってきたレースのハンカチを敷き、その上に持っていた蔵書を重ねる。
その一番上を手に取り、エンドローズは人工林の一番手前の気の下で、芝生の上に直接腰を下ろした。
「うーん!気持ちいいな……。こういうところで勉強ってした事ないかも?」
前世では母が全てのスケジュールを決めてくれていたので、自室か学校、塾か図書館の自習室で勉強するのが常だった。
良い天気の下でそよ風に吹かれながら、という環境は初めてだが、空気も澄んでいてなんだかいい気分で読書できそうだ、とエンドローズは意気込んだ。
「牛や豚が家畜、犬や猫が愛玩動物なのは前世と変わらないみたいだけど……その他に『討伐可能生物』がいるのか……狩猟に近いのかな……」
エンドローズは独り言を呟きながら分厚い図鑑のページをめくる。
厚さはあるが、余白と文字が大きく挿絵も多いため、思ったほどの文章量ではなさそうだ。
図鑑によると、家畜は持ち主の財産であるため殺してしまうと法に触れ、愛玩動物も飼い主の所有物であるためこちらも勝手に殺してしまうと法に触れる。
ここまでは前世とさして変わらないだろう。
前世と多く異なる点は、討伐できる生物がとても多い事である。
鹿や猪、兎などの野生動物、狼や熊などの猛獣に他に、前世では架空とされていたような生き物も多数散見される。
それらは人で言う所の魔法の力の有無で猛獣と区分され、幻生生物と呼ばれるそう。
厳密に言えば幻生生物の持つ魔法の力は、妖精を媒体にして行使される『妖精魔法』ではなく、幻生生物自ら直接自然からエネルギーを発生させる『幻想魔法』と呼ばれるらしく、大抵は火を吹いたり、氷の塊をぶつけたりなどの単純な魔法である、と図鑑には記述されていた。
幻生生物にはたくさんの種類がいるらしく、一角兎やドルフィンホース?のように、なんとなくどんな生き物か想像できなくもない種もいれば、ユニコーンやキュウビギツネのような恐らくは前世で伝承されていたものらしき種、はたまた名前からでは全く想像のできない生き物まで、デッサンのような挿絵つきで記されていた。
中でも、エンドローズはとある生き物に興味を惹かれた。
「竜って……あの竜?すごい、実在するんだ……!」
恐らく希少で発見例の少ない生物ほどデッサンが曖昧になるらしく、ユニコーンなどは前世で現存していた大昔の妖怪絵巻のような、エジプトの壁画のような、不思議な絵になっている。
大抵は挿絵が精緻な種とそうでない種はハッキリ分かれているのに、竜種だけは同じ種の中でその詳細さに幅があった。
なんでも、目撃例の多い種と、大変珍しくこの世界でも架空の存在なのではと言われる希少な種とがいるらしい。
希少種の説明はほとんどが神話じみていて現実味が無かったが、『古代竜』、『海竜』、『ワイバーン』といった種は分類や習性まで詳しく書かれており、エンドローズは心躍らせた。
「すごいすごい!食肉種が大半だろうとは思ってたけど、水生種もいるんだ!?やっぱりおさかなを食べるのかな……鯨みたいにオキアミを食べる種類もいるのかも?うわ~!やっぱりどれも食物連鎖の頂点なんだ!すごい!」
架空だと思っていた生き物の学術的記述に、エンドローズの知的好奇心はどんどん膨らんでいった。
前世ではあまりこういった図鑑を持っておらず、図書館に行った時の息抜きに読むのが楽しみだった。
異世界ということは、もしかしたらこういう動物の勉強だってたくさんできるかもしれない!
エンドローズが目を輝かせてそんな事を考えていると、ふいに背後の人工林から物音がした。
小動物かと思って気にしないでいると、同じ方向から重たい金属同士がぶつかり合ったような、鈍い衝撃音が鳴る。
もしや誰かが怪我をしたのでは、と不安になったエンドローズは、フリフリのドレスの裾を藪に引っ掛けないように慎重に林に踏み入る。
「あの……誰かいるんですか……?お怪我とかされてませんかー……?」
おそるおそると言った声で木と草しかない林に向かって呼びかける。
そして図書館の真裏まできたところで、薄暗い林の中に佇む人影を捉えて、息を呑んだ。
「あの……大丈夫ですか……?」
お化けの可能性に怯えながらも、エンドローズは呼びかける。
するとエンドローズより少し高いくらいの背をした美しい黒髪の人物は、ゆっくりと振り返った。
それは大きくて美しい、黒から濃い青へグラデーションのかかった宝石のような瞳をした少年だった。
エンドローズは一瞬その美貌に目を惹かれたが、彼の黒髪に埋もれたとあるもの見つけて両手で口元を覆った。
それは、まさか。
「……貴様、
大人びた口調の少年は、不機嫌そうに目を吊り上げた。
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