Play#12 狂人か、策謀家か
リオン殿下が突然噎せた。
温かい紅茶で噎せるとは、よほど紅茶が美味しかったのかもしれない。
茶葉も褒めてくれたし、もしや殿下は無類の紅茶好きなのかな。
エンドローズは、呑気にそんな事を考えていた。
周囲の使用人たちが、本日二度目のドン引きをしているとも知らずに。
「……しつれい、パレスフィアさま。今、なんと?」
「はい、婚約破棄までの間ですが、よろしくお願いします。と、そうお伝えしました」
リオンは天使のほほえみを投げ捨て、明らかに怪訝そうな顔をした。
なんだろう、突然ものすごく警戒された気がする。
「……なぜ、そのような思考に?」
珍しくエンドローズの人間観察が当たり、リオンは文字通りの警戒をした。
逆に言えば今まで一切警戒をしていなかった訳だが、それは完全にエンドローズ・パレスフィアという人間の奇想天外さを理解していなかったが故の油断であった。
婚約破棄はするつもりだった。
当然と言っては失礼だが、社交界では悪い意味で有名人のご令嬢、などという面倒の塊を、生涯隣に置いておくつもりは無かった。
思春期まではある程度コントロール下に置けなくもないが、人間と言うのは発達を重ねるほど複雑化するもの。
精神が問題児のまま大人にでもなられたら、手綱を握るのは一苦労だろう。
だから、弾除け。
縁談関連の煩わしさをエンドローズ一人に集約する事で、しばしの間のコストパフォーマンスを向上させる。
それだけの為に、リオンはパレスフィア邸を訪れていたのだから。
だから、完全に能力値を期待していなかった少女が自分の思惑を突然言い当てた事に、リオンは驚き――僅かに恐怖した。
胸に手を置けば、鼓動は平時より僅かに早い。
自らが恐怖し、焦りを覚えている事実を、リオンはよく噛み締めた。
対して、エンドローズ・パレスフィアご本人に至っては、なぜ急に態度が変わったのか本気で分からず、きょとんと首を傾げる始末。
「なぜ、って……殿下は他の方との縁談を断る為に、私に婚約を申し込んだんですよね?」
リオンは息を呑んだ。
そこまで勘づいて……いや、被害妄想という事も有り得る。
何にせよ、『清く優しく生まれたての天使のような純粋さと神の如く広い慈悲の心を持った神の御子リオン王子殿下』などという長ったらしいだけで知性の感じない二つ名すら存在するリオンにとって、今までとは全く異なる新たな対応を要する自体には変わりない。
何せ、これまでリオンに『裏の思惑』を疑う者、その上でそれを直接伝えようとする者など存在しなかったのだから。
リオンは己の頬肉がぴくぴくと痙攣するのを感じて、そっと押さえつけた。
これは怒りか、それとも――愉悦だろうか。
リオンはひとつ、深呼吸をして、静かにエンドローズへ問いかけた。
「もし、そうだとして。どうしてあなたは縁談をうけいれたのですか?いずれ破棄されるとわかっているのなら、家のりとくにもつながらないでしょうに」
まずは、探ろう。
この平然とした顔の裏で、一体何を考えているのか。
妄想を現実と思い込む狂人なのか、はたまた一枚も二枚もうわ手の策略家なのか。
全貌が掴めるギリギリのラインまで踏み込まなければならない。
もし踏み込み過ぎてしまえば、弱みを握られてイニシアチブをとられる。
いずれ政に関わる身として、弱みを握られるのは急所を晒して寝転がるのと変わらないのだ。
そのスリルは、間違いなくリオンの頬の血色を良くした。
もしエンドローズが女優並みの演技力と恐ろしいまでの計算高さを兼ね備えているのならば、事実リオンの生身の危険度も急激に上がる事になる。
今まで安心していた全ての要素が、エンドローズという変数で狂いかねない。
いや、もしかするとエンドローズはただの端末で、パレスフィア侯爵が全て差し向けているという可能性も無くはないか。
いずれにせよいつでも単身で身を守れる準備を……と左手に意識を集中して、とある事に気付いた。
妖精の気配が無い。
意識を集中すればどこかにいる事くらいは分かる、が、それらは全て随分と遠くにいるのか、掴み辛い。
魔法とは自然の力を妖精を媒体にして借り受ける術である。
故に、魔法を使うには当事者の素質や素養などの個の要因とプラスして、周りにどれだけ妖精がいるか、という環境要因が影響する。
故に、栄えている国ほど自然豊かな傾向にあるのだ。
しかし、目の前の少女はあの『忌み子』。
当然、周囲の妖精は自然と遠ざかる。
……なるほど、どうりで『忌み子』が疎まれる訳だ。
そこにいるだけで、あらゆる魔法原理のシステムを滞らせてしまうのだから。
リオンはにっこりと笑みを深めた。
パレスフィア嬢は、いったいなんて答えてみせるのだろう。
「そうですね……それは偏に、私の立場が何もかも都合が良いから、でしょうか……。“その時”が来るまでの縁談避けには、恐らく私が一番適任ですので」
リオンの雰囲気が変わった事に少し怯えながら、エンドローズは素直に答えた。
さっきまで『今日は風が気持ちいいな』などと思っていた思考を、いけないけないと真面目に切り替え、顎に右手を添えながら攻略本の内容を思い返す。
パレスフィア家は影響力の強い公爵家、エンドローズは思い込みが激しい、我儘で癇癪持ちのため勝手に女性を敵視する……攻略本で説明されていた『エンドローズが都合の良い理由』を頭の中で並べる。
なんだか攻略本はエンドローズに当たりが強いような、そんな気がする。
お家の権力は尤もだとしても、エンドローズ個人に対してはあまり良い書き方はされていなかった。
微かにある幼いエンドローズの記憶を遡って見ても、確かに素直でなんにでものめり込みやすく、夢想家な側面に心辺りがあるが、それってそんなに悪い事だろうか。
前世の記憶を取り戻した女子高生+7歳のエンドローズでは、もうそんな純真さは発揮できないだろう。
故に、本来の物語のエンドローズを、今のエンドローズは尊敬していた。
だって、前も今も、私がどうしてもできなかった事だから。
うんうん、とエンドローズはひとりで納得した。
「“その時”、とは?」
リオンが怖いくらい綺麗な笑顔を浮かべる。
愉しさを見つけた猫のように、蒼い目がらんらんとしていた。
「はい、それはもちろん……」
さあ、何を言う。
一体何を考えている?
リオンの高まる鼓動は、正しく高揚感だった。
「殿下が、運命の人と恋に落ちるまでです!!」
「……はぁ?」
リオンの口からそんな素っ頓狂な声が出た事に、使用人たちはもう何度目か分からない驚愕をし、もうついていけないとばかりに放心していた。
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