Play#9 断りたい、できれば
「本当に大丈夫かい?ローズ……」
「本当に大丈夫ですから……心配かけてごめんさい、おとうさ……お父様」
御目見えの儀式の翌日、昨晩からずっと心配そうにしてくれるパレスフィア公爵に、エンドローズはうっかり“おとうさん”と呼びそうになるのをぐっと堪える。
あぶないあぶない、きっと貴族のルールよね、守らなきゃ。
相変わらずパレスフィア公爵は心配なようで、エンドローズのベッドの傍らから離れようとしない。
ここ数日で分かったが、ローズというのはエンドローズの愛称らしく、親しい人のみが使えるプライベートなものらしい。
ローズと呼んでくるのがパレスフィア公爵だけだったので、気づくのが少し遅れたが。
でも……その、そろそろ朝食に行かないと、外でのご用事に遅れるのでは……。
エンドローズとしては、パレスフィア公爵の後ろでまっくろいオーラを出してニコニコしている側近さんが怖いので、はやく安心させたい所である。
事実、犬に噛まれたとはいえかなり軽傷であるし、簡単な治癒魔法をすぐにかけて貰ったので、感染症や膿の心配もなさそうだ。
二次感染などの疑いもあって医師……じゃなくて、光魔法士?魔法医術士?という方々に質問してみたが、私の言っている事にピンときてないようだった。
もしかしたら、魔法で怪我が治るこの世界ではそういった概念がないのかも。
番犬に割と思いっきり噛まれた時は肝を冷やしたが、今はうっすら跡が残っているだけで遠目からなら分からない程度になっている。
綺麗に治す事もできるが、子供に魔法医術は少し負担が大きいらしく、ゆっくり治して行きましょうとパレスフィア邸専属魔法医術士のおじいさんに言われた。
「お父様、ほんとうにもう大丈夫なんです。全然痛くないですから。魔法ってすごいですね!」
精一杯笑って言うと、パレスフィア公爵はやっと納得したように頭を撫でてくれた。
朝からお部屋に来て心配してくれるなんて、前の人生……前世?では考えられない。
実の両親はいつも忙しく、それでいて厳格な方々だったから仕方ないだろうけど、パレスフィア公爵の接し方には何故かとても安心した。
「ああ、そうだ、わすれるところだった」
一通りエンドローズの頭を撫で終えたパレスフィア公爵が、立ち上がる寸前に呟いた。
後ろの側近さんが、『むしろそれが本題でしたよね?』と言って口角をひくつかせている。
なるほど、本題があったのに公爵が中々その話をしないから、急かすに急かせなかったのかもしれない。
「なにかお話が……?」
「……うん。じつは、ちょっとした縁談の話が来ててね」
公爵は少し難しそうな顔をした。
なんだろう、何か不都合なのかな。
確かに、後妻さんを迎えるのは難しいことなのかも。
それとも宗教上の理由とか……?
「お父様は前向きではないんですか……?」
「僕?うーん……難しい質問だね。うちにとってはこの上ないくらいの好条件だけど……大切な一人娘だからね。やっぱり少しおもしろくないさ」
……ん?
「……お父様、確認なんですけど、縁談ってだれのですか?」
そう問うと、パレスフィア公爵は合点がいったとばかりに苦笑して、『ごめんよ、説明不足だったね』と謝ってから続けた。
「ローズ。君に縁談の話が来たんだ」
「……ええっ!?」
そんなばかな!
エンドローズは驚愕した。
まさに青天の霹靂である。
そも、誰がそんな事をしたというんだ。
前世でも恋人などいるはずがなく、この世界では恋人どころか友達すらできてない。
縁談が来るような関わりがそもそも生まれていないのだ。
「驚かせてしまったね。一応、相手について話しておくよ。今回縁談を申し込んで来たのは、リオン・フリード・プリマヴェーラ王子。昨日、御目見えの儀式で会ったと聞いたよ。番犬に噛まれたローズを助けてくれたらしいね」
「は、はい……それはそうですけど……?」
むしろそれくらいしか関わりが無いのでよく覚えている。
御目見えの儀式で最初に呼ばれた王子さまの事だろう。
しかしそれが何故縁談などという話になるのか、エンドローズはさっぱり理解できなかった。
「今朝受け取った文の中に王室の蝋封があってね。昨日の謝罪と、婚約を申し込みに伺いたい、という内容だった」
「は、はあ……」
何か謝られる事したかな?
どちらかというと、失礼な態度を取った私を助けてくれたのだから、お礼を言わなきゃいけないと思っていたところだったのに。
クエスチョンマークをみっつくらい頭の上に浮かべている間に、公爵は小声で何かを呟く。
「まあ恐らく、傷物にした責任をとる、という名目で縁談避けにするつもりなんだろうが……人の娘をなんだと思っているのやら」
はあ、と公爵は大きな溜息をついた。
よく分からなかったが、この世界ではそれが普通なのかもしれない。
……普通ってなに?どれのこと?
逃げた相手と婚約するって事?それとも守った相手と婚約するって事?
社交界で独自に発展したローカルルールって事かな??
「とにかく、ね。正直、王室から直々に、となるとほとんど強制のようなものなんだけど……僕も父親だ。君が嫌と首を振るなら、この書状を突き返す事もできるよ」
「は!?」
エンドローズが反応する前に、公爵側近が悲鳴をあげた。
メガネがずり落ちて、信じられないという顔をしている。
どうやら、よほど美味しい話のようだ。
「あの、わたし……え、えっと……」
「うん」
公爵の背後の側近から、ものすごい視線を感じる。
多分『受けろ』と言いたいのだと思う。
「あの、わたし……お断りしますっ!!」
だって、私は『婚約する訳にはいかない』の!
「……そうか、じゃあ……」
「オッホンッ!!……失礼ですが、エンドローズ嬢?もう少し考えてみてはいかがでしょう」
ついに痺れを切らしたらしい、側近さんがとても怖い笑顔で発言する。
しかしエンドローズはここで折れる訳にはいかなかった。
「ご、ごめんなさい、お父様……こ、困りますよね……。っその、できれば、で、いいです……」
びくびくと怯えながら、エンドローズはぎゅっと両手に力を込める。
お父さんとお母さんを困らせちゃいけないと、前世ではあれほど言われてきたのに。
どうしよう、怒られる。
少しの後悔が湧いて、ぎゅっと目をつぶった。
「……いいんだよ、エンドローズ」
「え……」
「言ってくれてありがとう。僕は君の父親なんだ、ローズが嫌がる事は退けないとね。カトレアもきっとそう言っただろう」
カトレア・パレスフィアは、公爵の奥さん、つまりはこの世界での私の母だ。
夫人を思い出しているのだろう公爵の目は、とても優しかった。
「……さぁ!仕事へ行ってこようかな!おっと、その前に朝食をとらないと」
「公爵!?まさか本当に断るおつもりですか!?」
「ローズはもう少しゆっくりしてていいからね。さー今日の朝食は何かなぁ」
「ちょっと、待ちなさい!待て、ライラック!」
側近さんの怒号に知らんぷりをした公爵は、エンドローズに微笑みかけてから寝室を出て行った。
エンドローズはしばらく唖然としていたが、側近の声が遠のいていった頃にようやく肩の力を抜いた。
エンドローズは、婚約を受ける訳にはいかなかった。
だって物語の中のエンドローズが婚約する人はきっともう
物語の主人公を幸せにする名脇役、それがきっとエンドローズなのだと思う。
昨日のような不慮の事故は恐らく想定されるシナリオとは異なるハプニングであったはず。
つまりは、それが原因である婚約を引き受けてしまったら、本来主人公と恋に落ちるはずの方と婚約できないと言う事になる!
……故に、エンドローズとしては断らなければならない話だった。
エンドローズはふかふかのお布団に顔を埋める。
よかった、怒られなくて。
頭を撫でてくれたパレスフィア公爵の顔は、なんだか不思議な表情だった。
まるで、わがままを言われたのが嬉しい……みたいな。
いやきっとそんな事はないんだろう。
『親を困らせる子供がいていい訳がない』、これは前世の母の口癖だった。
だからきっと、パレスフィア公爵もすごく困ったのだろうけど……なんだか許されたような錯覚がして、私はどうしても嬉しかった。
「……ん?」
その時、なんだか妙に部屋が明るい事に気づいた。
そしてそれはどうやら背後の方が強いみたい。
何気なく振り返ったエンドローズは、枕の下から発せられる謎の光に気がついて、そっとその下に手を入れた。
「これは……攻略本?」
それは、ほぼ存在を忘れていたあの『攻略本』だった。
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