Play#8 第一王子のとある閃き


一瞬の出来事だった。


自分に話しかけられて、顔を真っ青にした忌み子の少女。


氷の大精霊ほどの妖精に祝福ギフトを貰えたのは僥倖だったが、それ以外はなんら面白くもないパーティー。

プリマヴェーラ王国の第一王子ことリオン・フリード・プリマヴェーラは、このつまらない世辞の投げ合いをさっさと済ませてしまおうと、それだけ考えていた。


巷では天使だなんだと持て囃されるリオンであるが、その内面はつい先日七つになったとは思えないほど大人びており、同時に酷く冷めていた。

優しく紳士的なリオン様という仮面は、彼がこの世をうまく渡り歩くための道具の一つであった。

そしてそんな彼からすれば、この馴れ合いのようなパーティは、彼の感じる退屈さとは釣り合わない少しの利益だけが得られるコスパの悪いものだった。


特に女性に話しかけると、やれ縁談がどうのと言われるので面倒だったが、今後役に立つかもしれないと考えるとないがしろにも出来ない。

幸いリオンは腹の探り合いにも、表面だけの笑顔で異性を籠絡させるのにも長けており、同年代程度を相手にするくらいは造作もなかった。


エンドローズ・パレスフィアに話しかけたのもその一端。

噂に聞くパレスフィア嬢は、癇癪を起こしやすく、家で物語ばかり読んでいる夢見がちな少女とか。


しかしその家の力は絶大である。

パレスフィア公爵家は王宮でも強い発言力を有しており、その財力が国に与える恩恵も大きい。


縁を持っておくに越したことはない名家のため、面倒なことにならないうちに、軽く挨拶だけでもしておかないと。

それくらいの気持ちだった。


「……失礼、エンドローズ・パレスフィアさま」


評判では天使とまで謳われているらしい笑顔を意図的に浮かべて、優しく、紳士的に挨拶する。

大抵は初対面でこうすると、顔を赤らめてしばらくぼーっとする令嬢が多い。

しかし……エンドローズの表情はどんどん曇っていった。

その理由は恐らく、風の妖精の悪戯のせいかいつもよりよく通る周囲の話し声にあるのだろう。


(……まったく。程度の低い連中だ)


今しがた自分と彼女を遠巻きに見ている同年代の令嬢やその付き添いは、随分と彼女を好き勝手に評価しているらしい。


元のエンドローズの評判もあるのだろうが……忌み子、赤い髪、赤い目。

こじつけられる要素を見つけては、そこを突きたいだけの低脳な会話。

子どもならまだしも、その付き添いがあれでは、世話をされる側の将来も思いやられるというものだ。


とにかく、何かフォローを入れるべきか、と思案していると、エンドローズの表情はとうとう体調不良を危惧するレベルで真っ青になっていた。

これはまずい、と呼びかけると、はっとしたように顔をあげた彼女は、次の瞬間には踵を返して逃げ出していた。


ここまでが、今までの経緯である。


そしてそれは一瞬だった。

すぐ側のテラスへ飛び込んだエンドローズに、待ち構えていたかのように大聖堂の番犬が飛びついたのだ。


「きゃ……っ、ッぅあ゛」


そして犬は、迷わずエンドローズの左手に噛み付いた。

周囲からは悲鳴が上がる。


リオンは周囲から上がる悲鳴と共に駆け出し、与えられたばかりの祝福ギフトを左手に込めた。


アイスクリスタル!!」


振り上げた左手から冷気が立ち込み、犬の真上で回転した冷気はあっという間にいくつもの拳大の氷の塊になった。

エンドローズを避けて犬の上にだけ降り注いだそれは、いくつかが命中し、驚いた犬は情けない鳴き声と共に逃げていった。


「大丈夫ですか!?エンドローズさま!」


リオンが声をかける前に、どこから持ってきたのか、抱えていたらしい椅子を放り投げて、エンドローズの従者が彼女に駆け寄る。

まさかそれで殴るつもりだったのだろうか。いぬを。


「いけない、血が……!」


「そこの君、医者と光の魔法士を呼んでください。……パレスフィアさま、すぐに手当てさせます。すこしだけ耐えてください」


顔を真っ青にした従者に抱えられ、痛みに苦しむエンドローズに、気分を落ち着かせるよう働きかける。

程なくしてやってきた医者が怪我の程度を見て、手当てのために医務室へ連れて行く事になった。


エンドローズを抱きかかえた従者が医者の後に続いて会場を後にする。

リオンは近くの衛兵を呼び、番犬のブリーダーに事情を聞き出すよう指示をした。


(……さて、めんどうな事になったな)


聞こえないように言っているのならばあまりにも雑な秘匿、聞こえるようあえて言っているならば愚かな命知らずたちの囁きが聞こえる。


「……おい、見たか?あの年でもう簡易詠唱魔法をお使いになられていたぞ」

「やはり大精霊の祝福ギフト持ちは違うな……やはり第一王子派につくのが懸命じゃないか?」


一方は、リオンの才能に驚嘆し、取り入ろうとする声。


「パレスフィアの娘、王子から逃げてなかったか?その直後に都合良く犬が逃げ出すものか?」

「あれだけ強い祝福ギフトを貰ったのに、犬が噛み付く前になんとか出来なかったぞ」

「まさかあえて犬が噛み付くまで待っていたのでは……」


そして他方は、リオンの行動に疑いを持つ声。


御目見えの儀式を騒がせた王子と令嬢。

その二人が絡む事件とあれば、会場にいた皆が注目していた。

取り入る価値があるか、付け入る隙はないか、若き第一王子の値踏みはすでに始まっているらしい。

リオンにとってはどちらも聞く価値のない戯言ではあるが。


リオンの目下の問題は、この騒動をどう丸く収めるか、更には有効な使い道はあるか、という点だけである。


「……ああ、そうか。いい手がありそうだ」


犬に噛まれたという事は、パレスフィアの大事な一人娘に傷跡が残る可能性があるということだ。

であれば、いずれ王国の指揮を執る事になる王子という立場としては、責任を取らない訳にはいかないだろう。

そしてパレスフィアといえば貴族の中では一、二を争う有力者であり、家柄だけならトップクラスだ。

エンドローズは子供ながら、並の貴族が考え無しに楯突くには後ろ盾が大き過ぎる。

更には夢見がちで情緒不安定との噂まである。


つまり、リオンにとってこの上なく


「儀式がおわったらすぐにパレスフィア家に書状をおくります。用意をしておくように」


「かしこまりました」


リオンが振り返りもせずに呟くと、当然とばかりに立っていた黒服の従者が返事をする。

従者は音も無く立ち去ると、気配を消して会場の外に出た。

おそらく彼が会場を出たことも、さらには元から会場にいた事さえ、印象に残る者はいないだろう。


「あの……リオンさま?わたくし、子しゃく家の――」

「しつれい?あなたはさがっていてくださる?リオンさま、ごぞんじでしょうけれど、わたくし、はくしゃく家の――」


騒動が収まるやいなや、リオンの周りにわらわらと同年代の令嬢が集まり、我先にと名乗り始める。

家に言われたのか、それとも家の教育の賜物で自主的に来たのか、リオンにとってはどちらでもいい事であるが、彼女たちの目的は十中八九縁談だろう。


リオンは子供とはかけ離れた冷徹な表情を、振り向きざまに天使の称号に相応しい微笑みに変える。

このパーティがお開きになれば、この無駄な作業も少し軽減されることだろう。

頭の片隅でそう考えながら、リオンは今日も笑顔で口を動かす作業を淡々とこなすのだった。

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