Play#7 忌み子
「皆様、どうか、どうかご静粛に」
しばらく興奮冷めやらぬ状態だった会場は、聖職者の声で宥められる。
やっと静かになったところで、おじいさん(レイに聞いた所徳の高い大司教さんらしい)が咳払いをして、名簿を開く。
「えー、続きまして、パレスフィア公爵家ご令嬢、エンドローズ・パレスフィア様。壇上へお上がりください」
来た。私の番だ。
私がすっと立ち上がると、一瞬会場がどよめく。
「あれが噂の……?」
「パレスフィアも大変だな」
「一人娘があれとは……」
なんだか居心地が悪く、私は俯きがちに早足で壇上へ上がる。
壇上に登る直前、チラリとレイを見上げると、力強く頷きを返してくれたので、それを勇気に大司教さんへ対峙した。
「お、お願いします……」
「うむ、よろしい。……大精霊とそれに連なる数多の妖精たちよ、この者の神秘の力を教え給え」
大司教さんが王子様と同じ祝詞を読み上げると、彫像が持つ無色の宝石に光が集まり始める。
キラキラと輝き収束する光は、徐々に眩しくなってゆき――突然、バチンと霧散した。
「!?」
驚いたのは私だけではない。
大司教さんも周りの聖職者の方も、会場に集まった貴族達もがどよめく。
「これは、まさか……失礼、パレスフィア殿。これまでに魔法を行使したことは?妖精を見たことはありますかな?」
「いえ、思い起こせる範囲ではありませんけど……」
私がそう答えると、大司教さんは皺と眉に押し潰されていた片目をギョロ、と開けて、大きなひげに隠れた顎をさする。
そして他の聖職者にアイコンタクトと手だけで合図を送ると、若い聖職者が壇上へやって来て別の呪文を唱え始める。
「大いなる風の大精霊とそれに連なる数多の風の妖精たちよ、我が願いに呼応せよ。そのお姿をお見せください」
途端に爽やかな風が若い聖職者を包み、風に揺れる木の葉のように、薄い黄緑色の光が舞い落ちる。
『よんだ?よんだ?ぼくらをよんだ?』
『ぼくらはかぜ!うみのかおりをはこぶしおかぜ!』
『わたしはかぜ!やまのかれはをはこぶやまかぜ!』
キャッキャッと笑いながら舞い落ちるそれは、人の形によく似た小人だった。
おそらく彼らが妖精なのだろう。
「これが、妖精……すごい……!」
『ん?きみは……』
『あれあれ、きみは……』
私の声に気づいたのか、妖精たちは興味深そうに近づいてくる。
うっとりしたまま、私が彼らに手を伸ばそうとした、その時。
『うわ!このこイヤ!なんだかイヤ!』
『こわい!きらい!すきじゃない!』
『きっとわるいヤツなんだ!はやくこのこをおいだして!』
「……へっ?」
妖精たちは、各々にそう叫びながら、大聖堂の高い天井へ飛んで行ってしまう。
ぽかん、とする私に、大司教さんはハンドサインだけで若い聖職者を下がらせると、沈痛な声で私に告げた。
「……パレスフィア殿。落ち着いてお聞きなさい。貴女は“忌み子”じゃ。生まれついて、妖精を遠ざけてしまっている」
その瞬間、会場からは再び困惑の声が上がる。
私は展開についていけずに、思わず大司教さんに詰め寄った。
「あの、いみこってなんですか……?なにか困る事があるんでしょうか……?」
「この世は、妖精と魔力で成り立っておる。人間は生まれた時から、妖精に見守られ、妖精に支えられ、その誕生を祝福される。……しかし、忌み子は違うのです。忌み子は唯一、妖精に祝福されずに生まれる子。
「魔法が、使えない……?」
「そうです。貴女はこれから、妖精の力を借りずに生きなければなりませぬ。いやはや、忌み子など、滅多に現れないものなんじゃがのう……」
そんな、魔法も使えず、妖精にも嫌われるなんて。
誰しもが当たり前に使えるそれ無しに、私は一体どうやってこの世界を生きれば――。
生きれば――?
ん?それってつまり、これまで通りでいいってこと?
***
「お嬢様……大変でございましたね。あまり魔法をお見かけしないとは思っていましたが、まさか……」
「ううん、私は大丈夫だから……」
御目見えの儀式が終わった直後。
大聖堂には料理と紅茶が並べられ、儀式は立食パーティーに移行していた。
なんでも、社交界へのデビューも兼ねているのだとか。
そんな中、レイはできる限り私をフォローしようとしてくれてるけど、実際私は忌み子である事をあまり悲しんではいなかった。
前世から魔法や妖精とは無縁だったのだ。
使えないのは残念だが、これまで通り過ごせば特に生活では困らないだろう。
それよりも……
「すっごく、遠巻きにされてるよね……」
公爵家のご令嬢で、忌み子の私は、悪い意味でとても目立っていた。
今年の御目見えの儀式は、第一王子の大精霊からの
「うう、これじゃあ友達なんて夢のまた夢だな……」
「お嬢様、ご気分が優れないのであれば屋敷に戻りましょう」
気を使ってくれるレイには悪いが、そういう訳にもいかない。
公爵令嬢である以上、社交界最初のイベントを途中退席では少々面目が立たない気がする。
そう長くはこのパーティーも続かないだろうし、少しの我慢だ。
ほとぼりが冷めるまで隅っこにいよう……と思ったその時、背後からどよめく声が聞こえる。
「……失礼。エンドローズ・パレスフィアさま」
綺麗な声で呼ばれて咄嗟に振り返ると、そこには儀式の初めに遠くから見た、あの王子様が立っていた。
「……あっ、えっ」
「わたしはリオン・フリード・プリマヴェーラともうします。以後お見しりおきを。パレスフィアさまにおかれましては、このパーティーを楽しめているでしょうか」
とても7歳かそこらとは思えないキラキラを纏いながら、王子はエンドローズに微笑みかける。
これには流石の私も少し、見蕩れそうになったけど――
「まあ、みてあの赤い髪。それに赤い目。おぞましいったらないわ」
「リオンさま、どうしていみこなんかにはなしかけるのかしら!」
「わたくし知っていますわ!エンドローズさまってすっごくワガママでゆうめいなのよ!」
「いくら公爵家のご令嬢だからって、忌み子じゃあ……ねえ?」
「まあいいじゃない。これでリオン様の婚約者候補で一番厄介なのが消えたわ」
「ねえ、あの子いつまでリオン様のお時間を取るつもり?卑しい赤髪の忌み子の癖に、立場が分かってないのかしら」
会場のあちこちから聞こえる、声、声、声。
なんだかいつもより鮮明に聞こえるそれは、エンドローズの心に前世のトラウマを呼び起こさせた。
――前世で小学生だった頃。
日々真面目に勉学に励んでいた私には友達がいなかった。
それでも、付き合いの悪い私に話しかけてくれる人はいた。
小学生の時同じクラスだったとある男の子もそのうちの一人で、たまたま掃除当番が一緒だった時、勉強を教えて欲しいと頼まれたのだ。
その子は明るくて、面白くて、クラスの人気者で、私のような地味で感じの悪い子にも分け隔てなく優しい良い子だった。
そんな子が勉強ならと自分を頼ってくれたことが嬉しくて、私は積極的に勉強を教えたが……どうやら、それが良くなかったらしい。
その子は私との勉強を優先して他の子の誘いを断る事が増えたのだ。
今思えば子供らしい嫉妬だ。
学校行事や日常生活で信頼し合う友達で、人気者のその子と少しでもたくさん遊べるように工夫してきた子たちからすれば、私は“大して協力もしないで好きな事をしていただけなのに大事な友達を盗った”と認識されてもおかしくはなかったのだ。
日に日に、その子と会話をしていると遠巻きに見ていたクラスの皆からひそひそと陰口を言われる事が増えた。
それどころか、私がその子の名前を口にして呼んだだけで、誰かが必ずクスクスと笑うようになった。
……私は段々その子に話しかけるのが怖くなって、距離を置くようになった。
私の態度が突然変わって、優しいその子は心配していたようだったが、私が避けているのを察して“ごめんね”と伝えてくれたのを最後に、その子とは卒業まで話すことはなかった――。
「……さま、エンドローズさま?」
「!、あ、えっと、」
王子様の呼び掛ける声で我にかえる。
慌てて何か言おうとするけど、私が何か言ったらまた、笑われてしまうかもしれない。
そう思うと気持ちが悪くて、寒くて、吐き気がして。
「あの、わたし、ごめんなさい……っ」
弾かれるように王子様から逃げ出していた。
とにかく、とにかく人のいないところへ。
すぐ側の開かれた大きな窓からテラスが見えて、縋るように駆け込む。
『いぬさん、いぬさん、よいこのばんけんさん♪』
『ぼくたちはともだち!けもののようせいはみんななかま!』
『だからおねがい、あのイヤなこをおいだして!』
『こわいよこわいよ、いなくなっちゃえ!』
大聖堂の外の妖精が不穏な歌を歌っていることに、誰も気づかない。
妖精の魔法で鎖が外された番犬にも、唆されてテラスへ走る番犬にも、誰も気づかない。
狂乱する犬の瞳に、妖精たちの嫌う忌み子が映った。
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