Play#6 御目見えの儀式


あれから十数日、レイと一緒に本で調べて、朝は毎日ウォーキングをするのが日課になった。

レイが気を利かせて、食事にむね肉などを多く入れるよう厨房に指示もしてくれた(この世界ではまだタンパク質などの概念は無いものの、鳥のむね肉が効果的という説をレイが調べてくれた)。


元の私が少食だったのもあり、まだあまりたくさんは食べられないが、少しずつ運動量も食事量も増えてきたような気がする。


レイからその話をされたのは、そんな日課のウォーキングの最中だった。


「御目見えの儀式?」


「はい。お嬢様は今年で七つになるため、この儀式に出席しなければなりません」


いかが致しましょうか、とレイは付け加える。

恐らく、前世を思い出す前のエンドローズならば断固として拒否する可能性もあったが故の問だが、今の私なら問題ない。


「うん、もちろん行くよ。ところで、御目見えの儀式って何をするの?」


御目見えと言うのであれば、何か節目の行事、前世で言うところの七五三のようなものだろうか。


「お忘れになられたのですか?御目見えと言えば、妖精達に新たな仲間として紹介する……という名目の元、魔法適正を判断したり、祝福ギフトを頂く場ではありませんか」


「へ~ようせいにまほう……え?妖精に魔法?」


歩きながら相槌をうちかけて、正気に戻る。

普通に生活していればまず耳にしない単語が聞こえた。


「妖精って、あの?魔法ってつまり、人を蛙に変えたりとかっていう?」


「人を蛙にする魔法は聞いたことがありませんが、火や水などの七つの魔法属性のいずれかでしたらお使いになられるかと。年に一度、七つになる子供がその適正を知る為の儀式が、御目見えでございます」


なんと、この世界では魔法が使えてしまうのか。

あまり詳しくはないが、魔法という響きには憧れがあった。

休みの日の朝に放送していた、魔法使いの女の子が世界を守るアニメを一度だけ見た事があるが、あんな風に不思議な力を使ってみたいと子供心に思ったものだ。


「御目見えの儀式はいつなの?」


「七日後の、春の上月かみつき最後の日でございます」


この世界では暦の数え方も前世では違うらしく、月の概念はあるが、週の概念はないらしい。

春の上月といえば、おそらく前世で言うところの4月頃だと思う。


「分かった。それまでにもう少し体力つけておかないとね!」


「お供いたします、お嬢様」


よし、そうと決まれば頑張ろう。

目指すは七日後の儀式の日。

儀式中に倒れない程度の体力だけでもつけておかないと!


***


そして七日後。

エンドローズとレイは、パレスフィア公爵家の家紋が描かれた馬車で、プリマヴェーラ城へ向かっていた。


「まさか、お城に行くことになるなんて……」


御目見えの儀式は、お城の敷地の中の大聖堂で行われるものらしく、今日はそこに国中の王侯貴族の子供が集結するらしい。

前世では勉強に追われて人付き合いの悪かった私だが、今世ならば、あわよくば今日友人を作れるかもしれない。

前世での反省を生かして、フレンドリーに行こう。

今日の目標は同い年の子に話しかける事だ。


心の中で闘志を燃やしていると、馬車が馬の嘶きと共に止まる。

レイに手をとられながら馬車を降りると、それは美しい大聖堂の前だった。


「すごい……こんなの初めて見た……」


高く聳え立つ鐘塔に、細かなディティールが色とりどりの光を反射する巨大なステンドグラス。

あまりの美しさに立ち尽くしていると、周囲の大聖堂に向かっていく人の群れからクスクスと声が聞こえる。


「見て……どこの田舎のご令嬢かしら?」

「田舎ではこんな機会ないのよ、かわいそうに」


その控えめな割によく聞こえる声に、顔を真っ赤にしたエンドローズは、慌てて大聖堂に向かう。

隣のレイが「見る目の無い女どもめ」と小さく呟いたが、恥ずかしさで頭がいっぱいのエンドローズには聞こえなかった。


招待されて令嬢とその付き添いや家族が全員大聖堂に入ると、聖職者らしいおじいさんが祭壇の中央に上がる。

そして大聖堂の中でも一際目立つ大きな彫像に向かって祝詞を読み上げると、彫像の抱える大きな丸い宝石が煌々と光り始めた。


「これより御目見えの儀式を始める。かつて一柱の神から別れた七柱の大精霊よ、この子らに大いなる祝福を授けたまえ」


レイから聞いた話では、この世には多くの妖精がいて、人間を助けてくれているらしい。

妖精は無限に近い数の属性に別れているが、その中でも一際数の多い属性七つを七大属性と言い、七大属性の妖精たちを束ねる神の如く力の強い妖精が七柱の大精霊らしい。


人間が魔法として扱える属性もその七大属性であり、御目見えの儀式ではそのうちのどの魔法属性に適性があるかを診断する。

といってもあくまで適正を明確にするのであって、御目見えの儀式をしないと魔法が使えないという訳ではなく、大抵の子供は幼い頃から徐々に適正のある魔法が使えるようになるらしい。

そして、最初は小さなその魔法は、成長と訓練を重ねればある程度まで上達する。

私は何故か今まで魔法が使えた記憶が無いけど、多分前世を思い出す前の朧気な記憶の中で使っていたのだろう。

それともう一つ、妖精から気まぐれに祝福ギフトと呼ばれる才能を貰える事があるらしいが、貰える子はかなり恵まれている上に、大抵は位の低い妖精から与えられるらしい。

まあ、貰えたらかなりラッキーレベルのおまけだよね。


そうこう考えている間に、最初の子供が呼ばれる。

御目見えの儀式は家の位順に呼ばれるらしく、そうなると最初に呼ばれるのは――


「プリマヴェーラ王国第一王子、リオン・フリード・プリマヴェーラ様。壇上へお上がりください」


ここにいる子供の中で最も偉い立場にある、この国の王子様。

壇上に上がったその子は、キラキラの金髪に綺麗な青い瞳、7才前後にして既に蕩けてしまいそうな笑顔を携えていた。


「ほえ~、本当に童話の王子様みたい。あんな子がいるんだなあ」


エンドローズはというと、中身は精神年齢17歳のため、近所の子供を見た時と同じ気持ちになっていた。

ちなみに、公爵家の令嬢であるエンドローズは、王子の次に呼ばれる程の権力がある。


「大精霊とそれに連なる数多の妖精たちよ、この者の神秘の力を教え給え」


おじいさんの言葉に呼応するように、彫像の持つ宝石が光る。

そして一際強く輝いた後、ダイヤモンドのように白かった宝石は氷山のような冷たい水色になっていた。


『――控えよ』


宝石から冷たい女性の声が響く。

大聖堂全体に響き渡るその声は、強い威圧感と共に会場を押し潰した。


「ま、まさか、貴方様は……!?」


聖堂内の聖職者らしき人達が一斉にどよめき始める。

儀式を取り仕切っていたおじいさんは、愕然として彫像を見上げる。


『好ましい気配がして来てみれば、ふん。他国の王子とはな。そこのお前、貴様、名を申してみよ』


圧倒的支配者を思わせる声に、会場中の人間が怯える中、その子どもは真っ直ぐ彫像を見上げて名乗る。


「プリマヴェーラ王国の第一王子、リオン・フリード・プリマヴェーラともうします」


『――よい。よい目だ。妾と同じ、支配者の目だ。気に入った』


くくく、と笑う声は、王子様へ向けて雪のように輝く白い光を纏わせる。


『――氷の大精霊にして、インヴェルノ皇国の守護精霊たるウーラヌスが、貴様に祝福を授けよう。有難く受け取るが良い』


氷の粒のように乱反射する光が王子様に集結すると共に、そう言い残して声は消えた。


「お、おお……」


威圧感の消えた会場で、誰が最初の歓声を上げると、それはもう止まらなかった。


「おお!見たか!我が国の第一王子殿が、氷の大精霊から祝福ギフトを頂いたぞ!」

「大精霊の加護を受けた王族など何年ぶりだ!?これで我が国は安泰だ!」

「流石はリオン様!是非今後も懇意にせねば!」


ワーワーと上がるそれは、うるさ過ぎてエンドローズには聞き取れなかったが、これがすごくめでたいことだというのは分かった。


貰えればラッキーの妖精の祝福ギフトを、妖精の最高位の存在から頂いてしまうとは。

恐らくあの子は氷の魔法を使えるのだろうが、私は一体どんな事ができるのだろう。

私は期待で高鳴る心音を聞きながら、自分が呼ばれるのを待つのだった。

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