Play#4 悪役令嬢を目指します


窓から零れる朝日に目を覚ます。


あのあと、自称世界の創造主の神様とお話してから、目を覚ますと私は高熱に浮かされていた。

レイさん……レイが言うには、本を開いたまま熱を出した私は、床に倒れていたらしい。

私が神様と話している間、目を覚まさず熱も上がる一方だったらしく、屋敷は大騒ぎだったそうだ。


それから私が意識を取り戻し、やっと熱も下がって、今は寝直した翌日の朝。

私は自分の小さな手を天井へ伸ばして、そっとため息をついた。


「本当に私、ゲームに出てきた女の子になっちゃったんだ……」


前世で私が死んだこと、それはもう悲しくは無かった。

人間いつかは死ぬものだし、慌てた私はきっと信号を無視してしまったのだろう。

私がショックなのは、“その程度で済んでいる自分”だった。

私が、頑張って勉強して、難しい高校に合格して、お母さんの念願だった大学入学に向けて、毎日勉強していた日々。その積み重ね。

それが志半ばで終わってしまった事を、自分自身が割り切れている事が悲しかった。

私なりに努力していた日々ではあったが、それが失われたことに対して、強い悔しさや憤りを感じないのだ。

私の17年間が、自分にとってその程度だったような気がして、それが悲しかった。

からっぽで、強い信念も夢も、きっと私にはなかったんだ。


「佐藤さん、ショックだったろうな……」


目の前で知人が轢かれる様なんて、見たくないに決まってる。

何より、佐藤さんが自分を責めていないか、心配だ。

あんな最期では、彼女が悪くない事を主張できる人がいない。

私が生き残って自分の不注意だと言うしかなかったのに。

私は呆気なく、死んでしまった。


「……のぞみちゃんって、呼んでみたかったな」


彼女は、私のたった一人の友人だった。


目を閉じてエンドローズの記憶を思い起こす。

体が弱くて、遊びにもいけなくて、いつも一人だったエンドローズ。

前世を知らないままのエンドローズにも、やっぱり友達はいなかった。


ベッドの横の本棚に目を向ける。

金の装飾が入った洋風の厳かな背表紙だが、それらは全て架空の物語を綴ったものだ。

それも、不遇な暮らしをしていた女の子が、ある日王子様に見初められ、次々に隠されていた才能を発揮していくラブロマンス。

主人公の女の子は周囲のせいで不幸だったけど、かっこいい王子様や貴族の子息が主人公を見つけて、女の子はどんどん自他ともに認めるお姫様になる、そんな話ばかり。


友達もおらず、外に出ることも嫌だった以前の私は、この部屋でひたすら物語に夢を見ていた。

まだ六歳の記憶能力のみだったため、正確な詳細はあまり思い出せない。

でもそれでも十分なくらい、エンドローズの日常はそれだけだった。


「……受け入れないと、な」


私はエンドローズ・パレスフィア。

由緒正しい公爵家の一人娘。

それらしく生きていかないといけないんだ。

助けてくれる人はいないんだから……。


「あ、そうだ。えっと……枕の下だっけ?」


ふいにある事を思い出して、大きな枕の下に手を差し込む。

こつん、と固い感触があって、それを引っ張り出すと不思議な模様の本だった。


「攻略本?って言うんだっけ」


佐藤さんが言っていた。

攻略本は、ゲームをする上で必要な知識が全て書かれているらしい。

佐藤さん曰く“邪道”らしいが、恐らく参考書のようなものだろう。


今はどんな助けも欲しい。

勤勉なことだけが取り柄だったのだ、勉強ならきっとできる。

そうしてゆっくり分厚い本を捲ると……


それはまさかの、白紙だった。


「あれ、あれ?何も書いてない?いや、最初の何ページかにちょこっとだけ書いてあるけど……こんなにページがあって、他は全部白紙なの……?」


最初のページに“ロマンス・オブ・フェアリーテイル”と書かれており、2ページ目には登場人物、ルート分岐、などの項目が書かれた目次のようなものはある。

が、それ以降のページは白紙だった。


脳裏に笑顔の少年が浮かぶ。

彼は私の話を一切聞かずに、“神様パワーと前世の知識”さえあれば大丈夫と豪語していたが、私は何の手違いなのかこのゲームの知識はなく、頼みの綱の神様パワーこと攻略本はほぼ白紙。


ああ神様、ごめんなさい。

私、17+6年生きて、始めてこんな感情になりました。


「いい加減にしろ、あの自称創造主……!!」


なんなんだ、一体。

こんなこと言うべきではないが、あまりに仕事が雑すぎやしないだろうか。

ゲームをしたことすらない自分に、これでどうやって悪役をやれと??


そもそも悪役令嬢って何をすればいいんだろう。

私はこの世界で何をする事が求められているんだろう。


公爵家令嬢に相応しい振る舞いやマナーを身につけるのはもちろんだが、このゲームには主人公がいるのだ。

その主人公にとって有益な存在にならなければいけないのではないだろうか?


「思い出せ……佐藤さんはなんて言ってた……?」


確か、主人公は可愛くて、何でもできて……?

悪役令嬢は……そう、確かライバルで……主人公の邪魔?になって……

……そうだ、婚約破棄される!


私はひとつの確信を得る。

恐らく私は誰かと婚約して、そこに主人公が現れる。

そして私の婚約者はきっと、その主人公と恋に落ちてしまうのだ。

既に婚約者のいる人、公爵家令嬢のお相手なのだからきっと貴族のその方と恋人同士になるには、主人公は私を打ち倒さなければならないはず。

そう、主人公は努力し、、エンドローズよりも婚約者に相応しいのは自分であると、真っ向から主張するに違いない!

そしてエンドローズは、立派な令嬢になった主人公に敗北を認めるのだ!


「つまり私のすべき事は……主人公が立ち向かう完璧な令嬢になることなんじゃ……!?」


最初の主人公じゃとても敵わないほどの完璧な令嬢。

あまりにも強大な恋敵。

そんな私を超える令嬢になった主人公は、運命の人と結ばれる。

そんなロマンチックな二人の恋を後押しできる、最高の

それが“悪役令嬢”なんだろう。


うん、我ながらいい線いってるんじゃないかな?


「よし、そうと決まればまず、健康になるところからだ!」


自分の役割が見えて自信がついてきた私は、一人寝室で拳をつきあげた。


***


白い石造りの宮殿の中で、同じく白い石で掘られた玉座の上に、一人の少年が座っている。


少年は玉座から見下ろせる泉を覗いて、くすくすと笑った。


「いや~流石はエンドローズちゃん。発想が斜め上だなぁ!」


白髪の少年は石の玉座の上であぐらをかく。

美しい宮殿ではあまりに品のない行為だが、彼を咎める者はこの世界にはいない。


「ホントにゲームしらないんだ。あんなに楽しいものをやらなかったなんて、勿体ないなあ」


少年は彼女の以前いた世界に思いを馳せる。

あの世界の様々な文化に触れたが、ゲームというのは本当に面白かった。

自分の世界にないのが惜しい。


「ふふっ。張り切ってくれたのは有難いけど、何の対策もしない悪役令嬢なんて、追放バッドエンド死ぬデッドエンドって相場が決まってるのにねぇ」


ゲームだけでなく、あの世界の書物も、物語も、あらゆるものを見てきた。

故に彼は可哀想とすら思う。

こんな神様じぶんに目をつけられたばっかりに、死んで異世界に連れて来られるなんて。

ああ、なんて不運な子なんだろう。


「彼女には悪い事しちゃった。まあ、仕方がないコトさ。ボクの世界を救えそうな人をやっと見つけたんだもの。死んでもらわなきゃ喚べないしね」


そう言って泉に手を翳すと、凪いでいた泉に波が立ち、波紋が広がっていく。

水面がゆらゆらと揺らぐと、泉に写っていたエンドローズの様子も消えた。


少年は強ばった体を猫のように伸ばすと、肘掛けに肘をついて微笑んだ。


「頑張っておくれよ、エンドローズ。生きてのびて、力を得て、そしてボクの世界を救っておくれ」

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