Play#3 邂逅


朝食を食べた私は、自室で一人、本を読んでいる。

レイさんに用意してもらった本は、この国や世界の歴史が簡単にまとめられた、いわば教科書のような本である。


朝食を食べる前、レイさんに日本はあるかと確認した時、「ニホン……私は聞いた事がありませんが、なにぶん知識に乏しいもので……旦那様ならご存知かもしれません」と言っていた。

私もプリマヴェーラ王国なんて聞いた事がなかったから、その時は、これはとても珍しい場所に来てしまったのかもしれない、と思っていた。


それが、どうだろう。

お屋敷にあるどの本を見ても、日本という国は出てこない。それどころか、世界地図まで私の知っているものとは全く違う。

おかしい、何か重要な事を忘れている気が――


「あくやくれいじょうの、エンドローズ……」


そうだ、エンドローズ。

どこかで聞き覚えがあると思っていたが、私が道路に飛び出す前に、佐藤さんが言っていた。

彼女の好きなゲームに出てくるらしいキャラクターの名前、それがエンドローズだ。


いや、まさか、そんなはずはない。

そんなことはありえないのだ、どこかに日本はきっとある……。

呼吸が浅くなって寒気が走り始めた体をよそに、私は必死に本を読み漁った。

だんだんとくらくらしてきて、文字が二重に見え始める。

文章が螺旋を描き始めたところで、私の意識は暗転した。


***


ふわふわした心地に、目を開ける。

ここは、どこだろう。


『あっ起きた!あ~良かった!』


視界に現れたのは、中学生くらいの男の子。

サラサラとした白い髪の彼は、聖歌隊のような可愛らしい服を来て、私の顔を覗き込んでくる。


『や!エンドローズ。気分はどうだい?悪くない?それは良かった!』


“ち、違います、私本当は、エンドローズちゃんじゃないんです”


咄嗟に否定の言葉が出る。

しまった、黙っておいた方が良かったかも……でももう、なんだか疲れちゃったな。


『うん、知ってるよ。キミの前世の名は⬛︎⬛︎⬛︎だよね』


“……え?

わ、私を知ってるの!?”


『もちろん。キミを喚んだのはボクだからね』


男の子から、衝撃的な言葉が告げられる。

事故の後初めて会った、私の本名を知っている人。

きっとこの人なら帰り方を知っているかも、と私は希望に目を輝かせた。


“なら、お願いします、私を元の場所へ返してください!

両親がきっと心配してます”


『……ごめん、それは無理だ。キミが元の世界に帰れないからこそ、ボクはキミを喚べたんだから』


しかし、その希望はすぐに否定された。

そして私は、信じたくなかった一つの可能性に確信を得た。


“――じゃあ、やっぱり、私”


『おや、キミは頭がいいね。この場合は勘が良いのかな?キミがその発想に至るのは難しいかなって思ってたんだけど』


“……私は、エンドローズちゃんと入れ替わったんじゃなくて、エンドローズちゃんに生まれ変わった……そうなんですね?

前の、日本にいた私はあの時……死んでしまった”


『ぴんぽんぴんぽーん!だいせいか~い!』


ぱんぱん!と軽い音と共に、どこからか紙吹雪が舞ってくる。

とてもそんなテンションではないと思うのだけど。


“……あなたは一体、誰なんですか。

どうして私をエンドローズちゃんにしたんですか”


『ボク?ボクは見ての通り、神様さ!この世界の創造主ってやつでね』


神様と名乗る男の子は、にこやかに創造主を自称した。

ここまで来たら、きっとその言葉も真実なのだろう。


“私の意識が芽生える前のエンドローズちゃんは、まさか……”


『大丈夫。エンドローズは消えたわけじゃない。そもそも君が記憶を思い出したのが今だったってだけで、キミは生まれた時からエンドローズだったんだよ』


じゃあ私が死んでから、少なくとも数年は経ってるんだ……。


“どうして私を、この世界に?”


『それはね、ほんとーにタイミングが良かったんだよ!たまたまボクの世界に詳しそうなキミが死んだから、ボクの世界にお喚びしたんだ。お友達から聞いてたでしょう?キミの世界では確かロマンス・オブ・フェアリーテイル……だったかな?そんな名前で伝わっているはずさ』


ああ、その名前には聞き覚えがある。

佐藤さんが熱心に話していたゲームだったと思う。

恋物語ロマンス童話フェアリーテイルで意味が重複してないかな?とか思ったのを覚えている。

……ん?つまり、どういうこと?


“それはつまり、ここは別の世界とかではなく?まさか、ゲームの中の世界、ってこと……?”


『ん~!惜しい!正しくは“君の世界ではゲームとして語られた別の世界”だね。異世界転生ってヤツさ!理解してくれた?』


いやいや、理解してるわけがない。

そんなことがありえるの?

いせかいてんせいってなんですか??


『いや~、この世界の未来の話が君達の世界に現れたのは予想外だったけど、おかげで未来を知るキミに世界を託す事ができる!う~ん、我ながらナイスアイデア!だよねぇ』


“まって、なんだか私とあなたに何か重大な齟齬がある気がするのですが!?”


『あ、もちろんボクの神様パワーでサポート出来るところはするつもりだよ?そこは全知全能のボクに任せておくれよ!なんでも、キミの世界にはこうりゃくぼん?とかいう便利アイテムがあるらしいじゃないか!起きたら枕の下を覗いてごらんよ』


“話聞いてます!?

もっとしっかり話し合わないとっていうか、なんか〆の空気入ってますけど、まだまだ聞きたい事いっぱいありますが!?”


『おっと!そろそろキミの意識が限界だし、またキミが死ぬ前に現実そっちにお返ししよう!ボクの手違いで予定外の子に転生させちゃったけど、まあボクの加護と前世の知識があれば大丈夫!チート?無双?ってヤツさ!』


“まってください、確かに、確かに私の友人はそのゲームに詳しかったけど、私……っ”


『じゃ、がんばってね~~!!』


私、そのゲーム未プレイなんですけど――――!?

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