第235話 アヴァロン

 

 ──ふと気が付くと、私は黄金の部屋の中にいた。

 壁も床も天井も家具も、全部が黄金で形成されている。

 しかも、ただの黄金ではなく、紅色混じりの黄金だよ。

 多分だけど、これは最高峰の幻想金属、オリハルコンだ。


 室内を見回してみると、ここが私の雑貨屋を模しているのだと、すぐに分かった。

 サウスモニカの街で、私が初めて購入した家なんだ。見間違える訳がない。


「ええっと、ブロ丸の中、だよね……?」


 私がぽつりと疑問を漏らすと、壁に僅かな波紋が広がったよ。

 どうやら、ブロ丸が肯定しているっぽい。

 【従魔超越】によって、ブロ丸は一時的に超進化している。


 普通の進化ではなく、『超進化』だから、さぞや凄いのだろうとは思っていた。

 でも、まさか、オリハルコンの身体を持つ魔物になるなんて……。

 【他力本願】によって、スキルの基本性能が強化されているから、そのおかげかもしれない。


 部屋の窓を開けてみると、サウスモニカの街の表通りが視界に映った。

 しかし、冒険者ギルドも酒場も屋台も、更には道行く人々まで、全てがオリハルコンで形成されているよ。


 ああ、それと、先ほどまでの悪天候が嘘だったかのように、満天の星空が広がっている。

 ブロ丸は高度を上げて、雲の上に出たみたい。

 空気が薄くて肌寒いけど、悪い気分ではないかな。


「ティラ、出来るだけ高い場所まで連れて行って」


「ワフっ!!」


 私が窓から飛び降りると、ティラが影の中から飛び出して、背中に乗せてくれた。

 そうして、軽く走った後に到着したのは、懐かしき大聖堂の上。

 この建物もオリハルコンになっているので、懐かしさは半減だけど……まぁ、形状は同じだね。


 ここから見渡せる景色は、隅々までオリハルコンで造られた、サウスモニカの街並みだった。

 綺麗な星空の下で、市民を模した無数の人形たちが、人の営みを再現している。

 酒場で騒いでいる冒険者たちも、屋台で客引きをしている声も、道行く人々の雑踏も、目を瞑れば全く違和感がない。


「……ブロ丸、ありがとう」


 私は思わず、ほろりと泣いてしまった。

 これは、ブロ丸の気遣いなんだって、すぐに気が付いたよ。

 故郷を失って、寂しい思いをしている私に、サウスモニカの街をプレゼントしてくれたんだ。


 この美しい街こそが、ブロ丸そのものになっている。

 ステホで撮影してみると、『未登録』と表示された。


「そっか……。魔物にも、未登録が存在するんだね……」


 ということは、コレクタースライムって、私よりも先に見つけていた人がいるのかな。

 今回は正真正銘、私が最初に発見した魔物だと思う。

 今のブロ丸の種族名は、『アヴァロン』と名付けておいた。ここが私の理想郷だよ。


 ブロ丸の身体の大きさは、優に三キロメートルを超えており、過去に類を見ない存在感を放っている。

 取得しているスキルの数は、全部で八つ。


 【浮遊】【変形】【魔法耐性】【巨大化】

 【性質変化】【魔力吸収】【魔法模写】【幻想領域】


 新スキルは四つだから、進化条件を無視して、四段階も進化したってこと……?

 だとしたら、【従魔超越】が魂をリソースにするのも、納得出来てしまう。

 とりあえず、新スキルを一つずつ確認してみよう。


 【性質変化】──自分の身体を他の物質に変化させる。

 【魔力吸収】──気体、液体、固体から、魔力を吸収する。

 【魔法模写】──知覚した下級、中級、上級魔法を一時的に使えるようになる。

 【幻想領域】──幻想によって、現実世界を侵食する。


 一つ目の新スキルから、順番に評価するのであれば、『便利そう』『チート』『チート』『不明』って感じだね。

 魔力を吸収して、魔法をコピー出来る。これだけで、大抵の魔法使いに勝てそう。


「それで、肝心のセバスはどこに行ったの……?」


 周辺を見渡しても、セバスの姿が見当たらない。

 ここは一旦、【感覚共有】を使って、ブロ丸の視界を覗き見させて貰う。

 すると、ブロ丸の外縁部に対して、必死に攻撃しているセバスの姿を発見した。


「溝鼠イイイィィィィッ!! この魔物はなんだ!? 一体何をした!?」


 例の如く、彼は貫通力がある竜巻を放って、ブロ丸を攻撃している。

 でも、魔法攻撃の竜巻は、魔力によって構成されているので、今のブロ丸にとっては脅威にならない。

 スキル【魔力吸収】を使って、自分の糧にしてしまうんだ。

 

 一応、流石は英雄と言うべきか、ブロ丸も無傷ではない。

 魔力を吸収して竜巻を分解するまでに、身体が十センチくらい削られているよ。


 全体の大きさを考えれば、『掠り傷』と表現するのも烏滸がましい程度の、些細な傷……。それもすぐに治るから、全くの無意味だけどね。

 今のブロ丸に、私のバフ効果が掛かっているのは、ちょっと反則かも。

 敵として出現したら、絶望するしかない。


「ブロ丸、油断したら駄目だよ。セバスも切り札を残しているからね。それと──絶対に、逃がさないで」


 私の言葉に呼応して、ブロ丸はスキル【変形】と【魔法模写】を使う。

 これにより、自分の外縁部に幾つかの魔法陣を形成して、そこから竜巻を放った。

 セバスが使った魔法と、同じものだと思う。けど、その規模も、その数も、十倍くらい上回っている。


「ば、馬鹿な……。この私よりも、強力な風魔法だと……ッ!? クソっ、撤退も止むを得んか……ッ!!」


 セバスがブロ丸に背を向けようとしたタイミングで、外縁部に一体のオリハルコンの人形が出現した。

 四十代前半くらいで、高身長、超肥満、丸坊主。

 そして、隻腕という特徴を持つ男性──アインスを模した人形だ。


「吾は何も、悪くなーい。セバス、帝国軍に負けたのは、ぜーんぶ貴様のせいだ。宮廷魔導士の資格を剥奪する」


 アインスの人形がニチャッと嗤って、セバスにそんな台詞をぶつけた。

 口調も声色も、完全に再現されている。

 セバスの顔から、ストンと表情が抜け落ちて──次の瞬間、魔力とは次元の違うエネルギーが、彼の全身から迸る。


「お、おのれええええええええええええええええええええッ!!」


 セバスの虚無顔が一転、悪鬼羅刹ですら裸足で逃げ出しそうな、憤怒の形相に染まった。

 アインスは彼の人生を転落させた張本人であり、黎明の牙の面々よりも、遥かに憎らしい怨敵なんだ。

 『撤退』の二文字を忘却したセバスは、ここで切り札を使う。


「許さんッ!! 決して許さんぞッ!! 【白虎狂嵐】──ッ!!」


 彼の背後に、大きさが三百メートルもある虎が出現した。

 その身体は嵐の塊で形成されており、体内で発生しているプラズマによって、色が白く見える。

 白虎が咆哮を上げるのと同時に、あちこちで無数の巨大な竜巻が発生した。


 これは、ロバーダ=スレイプニルを殺した大魔法だ。

 ドラーゴに【過去視】を使ったときに、見たことがあるよ。


「その魔法を使って、一度は国を守ってくれたんですよね……」


 私はセバスに届かない言葉を零して、悲しい気持ちになった。

 彼だって、一から十まで悪い人間ではなかったのに、こんな結末になってしまうなんて……只々、残念でならない。


 ブロ丸がサウスモニカの街の上に、次々とオリハルコンの人形を作り出していく。

 結界師のバリィさん、拳闘士のカマーマさん、光の魔導士のライトン侯爵、雷の魔導士のツヴァイス殿下、ギルドマスターのクマさん、騎士団長のガルムさん。

 街中の冒険者、衛兵、教会の聖騎士、サウスモニカ侯爵家の騎士たち。


 嘗て、あの街にいた強者たちが、肩を並べてセバスと対峙しているんだ。

 これらは、ただの人形ではない。本人たちの職業、レベル、スキル、装備が再現されているからね。

 ブロ丸の身体の上、サウスモニカの街を模したこの場所、この領域でのみ、行使することが許されている力。


 ──直感的に、理解出来た。これが、スキル【幻想領域】だよ。


「ブロ丸、まだ出来るよね。ここで、全部出し切ろう」


 私はスラ丸の中に手を突っ込み、青色の上級ポーションを取り出して、ゴクゴクと飲み干した。

 無事に魔力欠乏症が治ったところで、スキル【魔力共有】を使い、私自身と従魔たちの魔力をブロ丸に注ぎ込む。


 そうして、ブロ丸が新たに作り出すのは──三百メートルという巨躯を誇るカマキリの魔物、ソウルイーターの人形だ。

 金属を擦り合わせているような咆哮と共に、人形が十六本の凶悪な鎌を振り上げる。

 その光景を最後に、私は魔力切れで、深い眠りに就いた。

 

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