第234話 従魔超越

 

 上空には暗雲が立ち込めており、周辺一帯には豪雨が降り注ぎ、落雷の音が断続的に鳴り響いている。

 現状でもかなり暗いけど、ここで更なる闇が、私とセバスを覆った。

 これは、上空から落ちてくるブロ丸の影だよ。


 私はセバスと会話している間に、手のひらサイズのブロ丸を上空へと配置していたんだ。

 そして、たった今、【従魔縮小】を解除した。


「ほぅ、このような魔物まで従えていたか……」


 ブロ丸はスキル【変形】を使って、身体を引き伸ばし、圧し掛かりの攻撃範囲を広げている。

 これに潰されたら、一溜りもないはずだけど……セバスは感心しているだけで、焦っている様子はない。


「ティラっ、上に跳んで!!」


 ティラは私を背中に乗せてから、指示に従って垂直に跳んだ。

 落下中のブロ丸が阿吽の呼吸で、ティラが通れるくらいの穴を開けて、私たちを通過させてくれたよ。

 これで、セバスだけを圧殺出来れば──と期待したら、


「よく見ておけッ、溝鼠!! 貴様の望み通り、英雄としての力を示してやるぞ!! 【風神纏衣】──ッ!!」


 セバスの身体が暴風と一体化したような、あんまり格好よくない鬼の姿に変化した。

 額には黄緑色の二本の角が生えて、体長は五メートルまで膨れ上がっている。

 手足は筋肉質なのに、腹部だけが風船みたいに丸い。


 スキル名から察するに、風の神様を纏っているのかな……?

 そんな状態のセバスが、上空へ向かって右手を突き出すと、掘削機の如く回転している竜巻が放たれた。


 それは、ブロ丸の身体をゴリゴリと削り、瞬く間に風穴を開けてしまう。

 竜巻の大きさは十メートルくらいあったけど、ブロ丸を貫く頃には、五メートルまで小さくなっていた。


「嘘でしょっ!? ブロ丸がそんなあっさり!?」


「クハハハハハハハッ!! この程度の従魔が、貴様の切り札か!?」


 セバスはその身一つで空を飛び、ブロ丸に開けた穴を通って、悠々と上空へ出てきた。

 元々、ブロ丸は魔法防御力が高い魔物であり、更にはスキル【魔法耐性】まで持っている。

 水の魔導士、ドラーゴの必殺技だって、なんとか耐えられたのに……中級魔法っぽい竜巻に、貫かれるとは思ってもみなかったよ。


 その竜巻はブロ丸を貫通してから、蛇のように曲がりくねり、空中にいる私とティラを狙う。

 ティラは【風纏脚】のバフ効果を活用して、空中を踏みしめ、二度、三度と竜巻の追撃を回避した。

 しかし、四度目で体勢を崩してしまう。空中跳躍は難しいので、連続で行うと失敗するんだ。


「ティラっ、魔法陣を使って!!」


 回避してくれた分だけ、私は硝子のペンを宙に走らせ、【従魔召喚】を使うための魔法陣を描いていた。

 ティラは私の身体を器用に咥えて、魔法陣がある場所まで投げ飛ばし、自分は召喚されることで先回りする。

 こうして、私は再びティラの背中に乗り、足場がない状態でも竜巻を回避することに成功した。


 竜巻は四度目の追撃を最後に、空の彼方へと消えていく。

 ここで、ブロ丸が完全回復して、私のもとへ戻ってきた。

 例の如く、核さえ一撃で壊されなければ、幾らでも再生するんだ。

 球体になったブロ丸の上に、ティラが着地して、私たちは上空でセバスと対峙する。


「見事な曲芸を覚えているな……。嘗ての仲間たちのことを思い出す……」


 セバスは攻撃の手を休めて、遠い目をしながらそんなことを言った。

 その仲間とやらに、私は心当たりがある。


「仲良しサーカス団、ですよね……?」


「ああ、そうだ。……いや、今は感傷に浸っている場合ではないな。それで、どうする? まだ続けるか?」


 セバスはそう言って、自分の周囲に四つの竜巻を生み出した。

 これでもまだ、全力を出しているようには見えない。

 十中八九、ドラーゴに匹敵する必殺技を持っているはずだよ。


 この勝負はあくまでも、私を革命軍に加入させるために、設けられたもの。

 だから、私を殺すつもりはないはず……。でも、ティラとブロ丸は、どうなるか分からない。

 打開策を模索するべく、会話で時間を稼ごう。


「……参考までに、お聞きしたいのですが、どういうスキルを使ったんですか?」


 教えてくれる訳がないよね、と思いながら、私は駄目もとで聞いてみた。

 すると、セバスは小さく鼻を鳴らして、呆気なく手札を披露してくれる。


「貴様に理解出来る話ではないだろうが、スキル【竜巻】+【風穴】+【蛇腹風牙】の複合技だ」


 金級冒険者であっても、習得するのが難しい高等テクニック、複合技。

 二つのスキルを一つに合わせることすら、非常に困難だって言われているのに、セバスは三つも同時に合わせられるらしい。

 私が冷や汗を掻いていると、彼はそれぞれのスキルの詳細まで教えてくれた。

 

 【竜巻】──名前の通り、竜巻を発生させて敵にぶつける。

 【風穴】──凝縮された風のビームで、貫通力が極めて高い。

 【蛇腹風牙】──蛇を模した風の塊が、標的を自動で追尾して攻撃する。


 これら三つを合わせたことで、貫通と追尾が備わっている竜巻になったんだ。


 ちなみに、【風神纏衣】は風の神様の力を借りて、身体能力が上がり、空を飛べるようになって、全ての風属性のスキルを強化するみたい。

 また、風属性のスキルを使うのが簡単になって、複合技を使う難易度も下がるのだとか……。

 三つもの複合技を使えるのは、このスキルのおかげだね。


「つ、強すぎるかも……」


 私の口から、思わず本音が零れてしまった。


「溝鼠……。貴様は確かに、成長したのだろう。だが、これで勝てないと思うのであれば、降参しろ。私にはまだ、切り札が残っているぞ」


 セバスの言葉はハッタリじゃなくて、純然たる事実だろうね。

 彼は宮廷魔導士だった頃に、魂をリソースにする大魔法を使って、帝国軍を退けたことがある。

 それを使われたら、勝てない。少なくとも、今のままじゃ、絶対に無理だ。


 どうしよう……? 大人しく、革命軍に加入する?


 民主主義が完璧なものだとは、思っていないけど……独裁主義や権威主義よりは、大分好ましい。

 悪逆非道の権化であるアインスが、この国の王様になってしまったから、猶更ね。

 革命が成功すれば、この国は今よりも、比較的マシになるかも……。


 いやでも、セバスとノワールの所業って、私が許容出来る範疇を越えているんだよね。特に、ノワールがヤバイ。

 ニュートとスイミィちゃんの母親、リリア様。彼女の遺体が奪われたままだし、イヴァンさんが犠牲になった人体のパッチワークも、悍ましすぎる。

 それがなかったら、革命軍に加入することも、吝かじゃなかったかな。


 ──そんな訳で、私は腹を括った。


 なんの代償もなく、溝鼠が英雄に勝てるはずがないんだ。


「セバスさん。最期にお聞きしたいのですが、どうやって魔力欠乏症を治したんですか?」


「新たに加わった頼もしい同志から、青色の上級ポーションを譲り受けたのだ」


 上級ポーションは非常に希少で、そう簡単に手に入る代物ではない。

 一体、誰がセバスに譲ったのか……。本当に余計なことをしてくれたね。

 私は内心で苛立ちながら、ティラの背中から下りて、ブロ丸の身体をそっと撫でる。


「ふぅ……。ブロ丸っ、いくよ!! 【従魔超越】──ッ!!」


 一呼吸置いて、本邦初公開の切り札を使った。その瞬間、魔力とは次元の違うエネルギーが、私とブロ丸の全身から迸り、私の魂だけが急速に欠けていく。

 痛みや苦しみは皆無だけど、なんだか心細くなってきた。

 そんな、一抹の不安を吹き飛ばすように、ブロ丸が爆発的に膨張して──

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る