第233話 溝鼠vs英雄

 

 私はセバスの荒ぶる魔力に気圧されたけど、お腹に力を入れて彼を見据えた。


「……どうしても、引く気はないんですか?」


「こちらの条件を呑むのであれば、手を引くことも吝かではない」


 セバスは朗らかな笑みを浮かべているけど、目の奥に暗い憎悪が宿っている。

 一年くらい前のこと、よっぽど腹に据えかねているんだろうね。

 それなのに、条件を呑めば引いてくれるらしい。碌でもない条件だとは思うけど、聞くだけ聞いてみよう。


「……前向きに検討するので、その条件を教えてください」


「では、単刀直入に──貴様らが革命軍の同志になるのであれば、わたくしめは恨み辛みを水に流しましょう」


 私は思わず顔を顰めてしまう。やっぱり、碌でもない条件だったよ。

 今、アクアヘイム王国で『革命軍』と呼ばれている勢力は、一つしか存在していない。


「それって、王国西部で広まっている民主主義革命、ですか……?」


「ええ、その通り。あちらでは他の同志が、決起しています。民主主義に関しては、どこまでご存じですかな?」


「民が主体になって政治を行う主義で、王侯貴族を排するものですよね……」


 私がスラスラと答えると、セバスの瞳から少しだけ憎悪が薄れた。

 『八つ裂きにしてやりたい溝鼠』から、『憎いけど話が通じる溝鼠』に、印象がランクアップしたっぽい。


 つい先ほど、私はイヴァンさんの過去を覗き見して、『セバス』『ノワール』『アムネジア』の三名が繋がっていることを知った。

 アムネジアなる人物は、姿こそ見えなかったけど、胡散臭い宮廷魔導士のアムネジアさん以外に、考えられない。


 だって、民主主義という思想を彼に教えたの、私だからね……。

 『アムネジア』という名前が、現在進行形で起こっている民主主義革命と結びついているのに、同名なだけの別人だと思うのは、現実逃避が過ぎる。


 より詳しい事情が知りたくて、私はセバスの目を見ながら、【過去視】を使おうとした。

 しかし、彼はサッと私から目を逸らして、全身から殺意を溢れさせる。


「溝鼠……。貴様、何をしようとした……?」


「い、いえ、別に何も……」


「干渉しようとしたな? ステータスか、思考か、それとも記憶か?」


 私は内心で、『嘘でしょ!?』と悲鳴を上げてしまう。

 今まで、誰かに気取られたことなんて、一度もなかったのに……。

 これは誤魔化せない。みんなの命が握られている現状で、話し合いの余地を失う訳にはいかないので、ここは素直に謝罪しよう。


「……ごめんなさい。過去を覗き見するスキルを使おうとしました。貴方が王国東部で暗躍していた理由が、気になって……それも、革命に関係あるんですか?」


 私は心臓をバクバクさせながら、早口で捲し立てるように喋った。

 一つも嘘は吐いていない。こっちの情報は渡したくないけど、必要経費だと割り切っておく。

 嘘を吐いたらバレそうだし、そうなった場合はニュートが殺されるかもしれない。今も尚、彼の首はセバスに掴まれているんだ。


 セバスには、私が真実を述べたと分かったみたいで、殺意が霧散した。


「ほぅ……。便利なスキルをお持ちですな。同志になっていただけるのなら、頼もしく思える。──ああ、貴様の質問に対する答えは、是。愚かなルーザー子爵に悪逆非道を行わせ、民衆の決起を促すことが目的ですな」


 セバスは王侯貴族に歯向かう反乱分子を増やそうとしている。

 それは納得出来るけど、一つ腑に落ちないことがあるよ。


「民が決起しても、負けたら意味がありませんよね……? 私やニュートが憎いのは分かりますけど、私たちが村のみんなを勝たせるまで、襲撃は待つべきだったのでは……?」


「否。わたくしめは上空から、貴様らが盗賊退治をしている様子を観察していました。一年前とは見違えるほど強くなっていたので、貴様らが村人に力を貸すと、邪魔になると判断した次第ですなぁ」


 セバスの覗き見は、上空から行われていた。

 スラ丸の分身による警戒網とか、ミケが仕掛けた罠とか、トールたちの見回りとか。

 それらを掻い潜って覗き見されていたので、どんな手段が使われたのか、気になっていたけど……なるほど、上空は盲点だったよ。


「えっと……? 強くて困ることは、ありませんよね……?」


 民衆に勝ちを譲りたいのであれば、黎明の牙が持つ強さは頼りになると思う。

 私が困惑していると、セバスは呆れたように溜息を吐いて、更に詳しく話してくれた。


「浅はかな溝鼠だ。分かりませんか? 民衆には、『自分たちの力で貴族を打倒した』という、成功体験が必要なのです」



 ……暫し熟考してから、私はようやく理解した。

 強い冒険者が主体になって、悪徳貴族を打倒しても、それは英雄譚の一幕にしかならない。

 酒場で吟遊詩人が語っても、民衆たちは『凄い、流石は英雄だ!』と囃し立てるだけで、『自分にも同じことが出来る』とは思わないだろうね。


 でも、悪徳貴族を打倒したのが、ただの村人たちだったとしたら──それはもう、英雄譚ではない。

 『革命は起こせるんだ』という、現実的なお話になる。


 革命軍は弱小貴族が治めている国中の領地で、セバスと同様の扇動を行っているに違いない。

 そうやって、民衆の意識改革を行っているんだ。


「民衆は、王侯貴族に勝てる……?」


 私がぽつりと呟いた言葉を拾って、セバスは凶悪な笑みを浮かべた。


「その通り!! さぁッ、革命軍の同志となるか否か!? 貴様の答えを聞かせろッ!!」


 当たり前だけど、私の本音は否だよ。

 因縁があるノワールとセバスの味方になるとか、考えたくもない。

 しかし、人質が取られている以上、安易に突っ撥ねる訳にもいかない。


 スキル【光輪】によって高速化している並列思考で、私は話の流れを素早く組み立てる。


「……私は、勝ち馬に乗りたいです。革命軍が王国に勝てるなら、そちらに入ることも、悪くはないと思えます」


「ハハハハハハハハハッ!! 勝てますとも!! 我々は必ず勝てるッ!! 何故ならばッ、英雄であるこの私がいるからなぁッ!!」


 セバスは自分の力を誇示するように、更なる魔力を漲らせた。

 魔力そのものが轟々と呻りを上げて、私の身体を竦ませる。

 でも、心までは委縮させない。私だって、やるときはやるんだ。


「──ッ、だったら、証明してください!! 私と正々堂々の、一騎打ちで!!」


 勇気を振り絞った私の要求。これに、セバスはきょとんとして、首を傾げた。


「一騎打ち……? 溝鼠の分際で、英雄との一騎打ちを望むとは……」


「貴方が真の英雄ならっ、人質なんて取らずに、力で証明してください! 私が負けたら、私は全ての手札を使って、革命軍の助けになることを誓います!」


 私は駄目押しとばかりに、スラ丸の中から羊皮紙と羽ペンを取り出して、自分の言葉を書き殴った。

 それから、親指を噛んで血を流し、血判を押す。

 この羊皮紙は、レッサーバフォメットのレアドロップ、『低品質な契約の羊皮紙』だよ。


 絶対に破れない契約、という訳じゃないけど、魂が傷つくリスクを負ったんだ。

 これで、私の誓いに誠意を籠められるはず……。

 スラ丸一号の分身が、羊皮紙をセバスのもとへ運び、彼はこれをステホで撮影して、どんなマジックアイテムなのか把握した。


「……念のために再確認しておきますが、坊ちゃまたちに埒外のバフ効果を付与したのは、貴様自身のスキルで間違いありませんな?」


「ええ、そうです。私は、役に立ちますよ」


 今までに経験した数々の苦難と、それらを乗り越えてきたという自負が、私の言葉に力を宿した気がする。

 セバスは一瞬だけ、微かに肩を震わせた。そして、自分の身体の反応に驚愕し、カッと目を見開く。


「この私が、武者震いだと……? ククッ、ククククッ、クハハハハハハハッ!! 面白いッ!! 面白いぞッ!! 溝鼠ィ!!」


 セバスが高笑いしながら、ニュートを私の方に放り投げてきた。

 更に、突風を操って、黎明の牙の面々までこちらに飛ばしてくる。

 攻撃の意図は感じられない。人質を返してくれたんだ。

 私が指示を出さずとも、スラ丸がみんなをキャッチして、【転移門】で盆地の村に送り届けてくれた。


 後に残されたのは、私、スラ丸一号、ティラ、ブロ丸。


 対峙しているのは、英雄であるセバス。


 私は魔物使いだから、当然のように従魔たちと共闘するよ。

 正々堂々の一騎打ち、というのは語弊があるかもしれないけど、セバスは文句を言わなかった。


「──では、本気で殺らせて貰います!!」


 私の啖呵を皮切りに、溝鼠と英雄の戦いが幕を開ける。

 

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