第225話 平穏な日々

 

 ──村人たちの今後の方針が決まってから、早くも一か月ほどが経過した。

 そろそろ雨季がやってくるのか、湿度が高くなっている。蒸し暑くて、私が一番嫌いな時期だよ。

 憂鬱な気持ちを吹き飛ばすべく、早朝から裏庭で魔笛をピロピロしていると、ローズがぼんやりしながら話し掛けてきた。


「アーシャよ……。妾、ちと暇かもしれん……」


「うん、そうだね。気持ちは分かるよ」


 私は演奏を中断して、曖昧に苦笑しながら同意した。

 ルーザー子爵が攻めてくる! と思って、ずっと肩に力が入っていたのに、平穏な日々が続いているからね。

 盗賊も随分と減ってきて、王国東部の動乱が収まりつつある。

 逆に、王国西部の動乱は激しさを増して、革命軍が大暴れしているとか……。


「子爵家を探っているスラ丸五号は、順調に仕事を熟しておるかの?」


「うーん……。街には入れたけど、子爵家に侵入することは出来てないよ」


 帝国軍がゲートスライムを利用したので、スライムという種族は警戒されるようになった。

 とは言え、ルーザー子爵が治めている街は、警備が厳重とは言い難い。

 だから、虱潰しにスライムが駆除されている訳じゃないけど……流石に、お屋敷にスライムが侵入することは、見過ごして貰えないね。


 それでも、スラ丸は優秀なので、ルーザー子爵家が抱えている騎士団の情報なら集まった。

 一般的に知られている兵力は二百人だったけど、実際は百人くらいだったよ。

 戦力を過剰に喧伝して、侮られないようにしていたっぽい。


 騎士団員の平均レベルは20より少し上。忠誠心は皆無で、訓練もあんまりしていない。

 忠誠心がないので、『騎士団』ではなく『兵団』と呼ぶべきかも。

 子爵領にはダンジョンがないから、戦闘職のレベル上げが難しいんだ。


 ……あ、欲望の坩堝って、子爵領の一部になるのかな? まぁ、あれは例外ということで。

 ローズに諸々の情報を伝えると、彼女はちらりとブロ丸を見遣り、的を射た指摘をしてくる。


「その程度の相手であれば、ブロ丸だけで壊滅出来そうなのじゃ……」


「そ、そうだね……。でも、私は後方支援に徹したいから……」


 私が表立って体制側に喧嘩を売るのは、あんまり考えたくない。

 散々この村に貢献しているけど、自分が大きな不利益を被る形で貢献するとなると、心がスッと冷たくなる。

 そこまでしてあげる義理はないよね。と、冷静な自分が頭の中で囁くんだ。



 ──しばらくして、これまた暇そうなフィオナちゃんがやって来た。


「アーシャっ、暇よ! 刺激が足りないわ!! 冒険者としての魂が、刺激を求めているの!!」


「欲望の坩堝の第四階層、まだ見つからないの?」


「見つからないわよ! もう全然っ、これっぽっちも進展がないわ!!」


 私はニュートが描いた地図を参考に、第三階層の隠し部屋がありそうな場所を予測したんだけど、全部外れだったみたい。

 ちなみに、トールたちは淫魔を倒しまくっているので、レアドロップを幾つか入手した。

 そのアイテムとは、『淫魔印の媚薬』──服用すると、一時的にエッチな気持ちになるらしい。


 少子化対策とか、アレの機能不全の治療に役立ちそうな薬だし、良し悪しで言えば良しな代物だよ。

 ただ、子供にはまだ早いので、私が全て買い取っている。

 スラ丸には私の許可があるまで、絶対に表に出すなと厳命しておいた。

 ミケとシュヴァインくんが欲しがったけど、あげる訳がない。


「欲望の坩堝って、第三階層までしか存在しないとか……? いやでも、裏ボスに挑むための、メダルを嵌め込む台座もないんだよね……」


 魔物メダルが落ちることは確認しているから、欲望の坩堝にも裏ボスは存在するはずなんだ。

 何かこう、見落としがあるのかもしれない。


「ああもうっ、子爵でもなんでもいいから、さっさと掛かって来なさいよ!! 冒険も出来ないし、レベルも上がらないし、盗賊だって減ったし、ジメジメして蒸し暑いし、このままだとダメになっちゃうわ!!」


 フィオナちゃんは頭を掻きむしって、うがーっと吠えた。

 ローズがやれやれと頭を振り、私に問い掛けてくる。


「ふらすとれーしょんが溜まっておるのぅ……。トールたちも、フィオナみたいな感じかの?」


「まぁ、そうだね。一軍メンバーに限って言えば、そんな感じかな」


 二軍メンバーが順調なので、フィオナちゃんには焦燥感もあると思う。

 現在、二軍メンバーは欲望の坩堝の第二階層で、アルラウネ狩りに精を出しているんだ。睡眠対策さえしておけば、簡単に狩りが出来る階層だから、レベル20までは居座るつもりらしい。

 その後は、第三階層でレベル上げをすればいいので、伸びしろがまだまだ残っている。


 とりあえず、私はアイスクリームを用意して、フィオナちゃんを宥めることにした。

 そうして、のんびり涼んでいると──


「アーシャ姉ちゃん!! 今日こそオイラに、職業を選ばせてくれよ!!」


 今度はポテトくんが訪ねてきたよ。

 ここ最近、彼は毎日のように、この要求ばっかりしてくるんだ。


「駄目だよ、まだ六歳になってないでしょ」


 村人たちは日々の修行の成果が出て、続々と戦闘職になっている。

 人型壁師匠のおかげで、中々の技術を身に付けているし、レベル10になるのも早い。

 ゾンビファーザーを召喚出来るようになったから、鉄の装備も揃ったよ。

 私の支援スキルや、潤沢なポーションもあるので、彼らはルーザー子爵の兵団に勝てると思う。


 そんな大人たちの躍進を間近で見て、ポテトくんは『自分にも出来る』と思ったみたい。


「オイラっ、もう戦えるよ!! みんなと一緒に戦いたいんだ!! お願いだよ!!」


「そんなこと言われてもなぁ……。六歳未満でダンジョンコアに触るのって、問題が起こりそうで怖いんだよね……」


 王国でも帝国でも、職業選択の儀式は六歳になってから行われている。

 これは恐らく、最低限の分別すら付かないうちに、超常の力を渡したくないというのが、大きな理由だよ。


 でも、もしかしたら、六歳未満で職業を選ぶと身体が爆発するとか、天罰が下るとか、危険な理由が隠されているのかもしれない。

 そんな訳で、大人しく六歳になってから、職業を選んだ方がいいはず……。


「オイラは死ぬのなんて怖くない!! 村のみんなを守れないことの方が、よっぽど怖いんだ!!」


 ポテトくんの啖呵を聞いて、私は思わず感心してしまった。

 前々から思っていたけど、この世界の人間は早熟だね。

 ……まぁ、前世の私が暮らしていた地球でも、国によっては子供が早熟だった。

 結局のところ、人間の成長速度は、環境によって大きく変化するってことかな。 


「ちょっと、ポテト! あんたね、アーシャを困らせるんじゃないわよ! ガキんちょは大人しく、守られていればいいの!」


「が、ガキんちょじゃねーよ!! オイラはもうっ、羊だって一人で狩れるんだ!!」


「あんた、ほんと馬鹿ね! 羊を狩れた程度で得意げになるのが、ガキんちょってことなの! ほら、もう他の子たちと遊んできなさいよ」


 フィオナちゃんはポテトくんを諭して、お座なりに追い払う。

 厳しいけど、彼らを荒事に巻き込むのは早いって、みんながそう思っているんだ。

 ポテトくんとの一悶着が終わったところで、私は各地の様子を覗き見する。


 帝国にいるスラ丸たちは、諸侯のゴシップネタを沢山掴んでいるけど、ルークスに関する情報は見つかっていない。

 イーシャは乳母に面倒を見て貰いながら、飲んで出して寝ての繰り返しで、代り映えしない日々を過ごしている。

 ハイハイすら出来ないので、特に語ることもないよ。今は雌伏の時だね。


 ルーザー子爵家を探らせているスラ丸五号は──あっ、お屋敷の中に、分身が潜入出来たみたい。

 どうやら、ゴミ処理係のポジションを獲得したらしい。

 ここまでくれば、こっちのものだよ。私にはスキル【過去視】があるので、情報を集め放題なんだ。


「スラ丸、夜を待ってから、お屋敷の中を徘徊出来る?」


「!!」


 私が尋ねると、スラ丸は身体を大きく縦に伸縮させた。いいね、出来るって。

 ルーザー子爵の今後の方針とか、悪事とか、作戦とか、秘密とか、色々と分かるかもしれない。

 プライバシーの侵害も甚だしいけど、手加減はしてあげないよ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る