第222話 難民
──色々と熟考しながら、私は難民の集団に食糧を提供した。
聖女の箱庭産の小麦を使って、なんの変哲もないパンを作ってみたけど、可もなく不可もない品質だったよ。
村人たちが丹精を込めて育てた小麦の方が、美味しく感じるかな。
腹ペコだった難民たちが、美味しい美味しいと涙を流して食事を始めたところで、私は目立つようにブロ丸の上に乗る。
それから、努めて明るい声を意識して、みんなに声を掛けた。
「みなさーん! 怪我や病気をしている人がいたら、私のところまで連れて来てくださーい!」
「も、もしかして、役立たずだば、追い出されるんだべか……?」
頭の形がそら豆みたいな男性が、とても不安そうにしながら、私のところへやって来た。彼は難民たちの纏め役で、名前はビーンさん。
年齢は三十代後半で、まだまだ働き盛りだと思うけど、ゴホゴホと苦しそうに咳をしている。
「違いますよ。ただ、治療をするだけです」
私はそう伝えて、安心させるために微笑みながら、彼に【治癒光】を浴びせた。
このスキルで、大抵の怪我や病気は治せるんだ。スキルやマジックアイテムによる状態異常は、無理だけどね。
「む、胸が苦しかったのに……っ、治ったべ……!! もしやっ、聖女様……!? 聖女様だべ……!!」
「違いますよ。お次の方、どうぞ」
私は聖なる衣に着替えたので、特殊効果によって魅力が上昇している。
自分で言うのは恥ずかしいけど、元々の魅力も高かったし、更には強力な回復魔法まで使える。
ここまで揃うと、『聖女らしい人物』に見えるのかもしれない。
難民たちは、山での生活で魔物に襲われたり、健康状態が悪くて病気を患ったり、大半がなんらかの問題を抱えていた。
一人ずつ呼び出して、丁寧に治療していく。
その際に、目と目を合わせて【過去視】を使い、人格に問題がないか調べさせて貰うよ。
「──あっ、貴方は帝国の冒険者ですね。紛れ込んだら駄目じゃないですか」
自分の顔の形を変えるスキル【変貌】──これを使って、村人と入れ替わっていた帝国の冒険者を発見。二十代の女性だ。
彼女はパーティーメンバーと一緒に、王国東部を荒らし回っていた輩で、そのパーティーは既に壊滅している。
帝国軍も敗走したから、ほとぼりが冷めるまで潜伏しようとしていたみたい。
「なっ、なんのことよ!? みんなっ、騙されないでッ!! この小娘は悪い魔女なんだわ!!」
「トール、デコピンしてみて」
帝国の冒険者が喚き散らしたので、私は隣にいるトールに指示を出した。
トールは獰猛な笑みを浮かべて、有無を言わさず女性にデコピンをお見舞いする。
「オラっ、観念して正体を現しやがれッ!!」
「やめっ、くっ、この──ッ、ぐはぁっ!!」
彼女は防御しようとしたけど、レベルならトールの方が高い。
呆気なく額に三発のデコピンが撃ち込まれて、素朴な女性の顔が崩れた。
その下には別の顔があり、それを確認したところでトールは彼女を気絶させ、難民たちに突き出す。
「テメェら、こいつの顔に見覚えはあるか!?」
「な、ないべ! おいら、村のみんなの顔を知ってんだぁ!」
ビーンさんがそう言って、他の難民たちも口々に、『見たことがない』と報告してくれた。
「では、この人の処遇は皆さんが決めてください。先ほどの顔の持ち主は、この人に殺されていますので」
帝国の冒険者の身柄は、難民たちに引き渡しておく。
彼らがどうするのか……。それは、言うまでもないことだ。
この後も一人、過去に痴情の縺れで人を殺して、死体を森に遺棄した馬鹿がいたので、罪を暴いて難民たちに処遇を委ねた。
淡々と悪事を暴いたことで、私に畏怖の目を向けてくる人たちがいる。
もっとこう、フレンドリーな関係を築きたかったけど、仕方ないね。
侮られると関係が拗れそうだし、今はこれでいいや。
──この後、私は村長さんとお話して、難民を村に迎え入れることが正式に決まった。
近隣の村の人たちだから、血縁者が多いみたい。盆地の村の人たちは、彼らに棄てられた過去があるけど、誰も気にしていなかった。
まぁ、食糧不足で仕方なく棄てられたのであって、仲違いした訳じゃないからね。
もう日が沈んだので、今後の大事な相談は明日に持ち越しだよ。
お腹を満たして健康体になった難民たちには、お仕事を割り振る。
大工さんは、私が開拓した盆地で家作り。多少なら戦えるという人は、欲望の坩堝で羊狩り。
手先が器用な人には、羊毛で衣服を作って貰う。
それ以外の人は、とにかく修行だね。戦闘職の才能がない人でも、ある程度の技術を身に着ければ、戦闘職に転職出来る。
修行に関しては、私のスキル【土壁】+【土塊兵】の複合技、人型壁師匠の出番だ。
あ、そうそう。盆地の村には空き家が少ないので、しばらくは聖女の箱庭にある空き家を貸そう。
「──と、そんな感じで、今後は賑やかになりそうだよね」
私は家に戻って、ローズと一緒に諸々の事情を振り返った。
「うーむ……。ちと、この村に肩入れしすぎかのぅ……。アーシャが眠り続けている間、この村には世話になったが、そこまで大きな恩ではあるまい?」
「それは……うん、そうだね……。でも、乗り掛かった船だし、今更降りるのは不義理でしょ?」
「義理より己の命であろう。御上と事を構えるとなると、大事なのじゃよ」
ローズに指摘されて、確かにそうだと頷く。
当初の予定では、王国東部の動乱が収まるまで、村を守るだけだった。
それなのに、今では反乱の手助けだよ。
ルーザー子爵に勝てたとしても、次は彼の寄り親である伯爵が出てくる。
伯爵に勝てたとしても、次は更に上のイーストモニカ侯爵が出てくる。
勝ち続けると最終的には、国王のアインスと事を構えることになるんだ。
流石に、そこまでは面倒を見られない。私が付き合えるのは、勝ち目がありそうな子爵との戦いだけかな。
「最良の展開は、役人殺しが子爵にバレないことだけど……」
「それは、希望的観測が過ぎるかの……」
「まぁ、露見して子爵が攻めてきたら、撃退するとして、その後は──」
村人たちには、選択肢が幾つかある。
その一、新しい勢力として独立し、アクアヘイム王国と戦うこと。
そのニ、伯爵か侯爵と対話して、和解すること。
その三、革命軍に合流すること。
その四、王国を捨てて、新天地を目指すこと。
その五、聖女の箱庭の中で暮らすこと。
これらを村長さんに伝えて、みんなで話し合って貰おう。
その一、その三を選んだ場合、私は付き合いたくない。
でも、トールたちが付き合うって言ったら、便利なお助けキャラとして立ち回るよ。無論、保身は優先させて貰うけどね。
その二は、伯爵と侯爵の人柄が分からないので、なんとも言えない。
村人たちが話し合いを望むのであれば、ある程度の協力はするよ。
その四、その五は、最後の手段になる。
新天地なんて当てがないし、聖女の箱庭は私の死で崩壊するという、大きなデメリットがあるからね。
諸々の事情は、余すところなく村長さんに伝えよう。
私の考えが纏まったところで、ローズがポンと手を打って話を変える。
「アーシャよ、スキル【箱庭】を取得出来たのじゃから、再び転職した方がよいのではないかの?」
「あ、そうだね。庭師の他のスキルも気になるけど、水の魔法使いに戻そうかな」
私には【水の炉心】があるので、水属性の魔法を増やすのが、強くなるための一番の近道なんだ。
ということで、庭師から水の魔法使いに転職した。レベルは15から再開だよ。
もう寝ようかな、と思ったけど、目が冴えて全然寝付けない。
今日は目まぐるしい一日だったので、頭がずっと働いている。
私は何をするでもなく、ぼーっとして──ふと、まだ試していない実験を思い出した。
聖女の箱庭で、私とラムのスキルを組み合わせてみよう。
【耕起】+【羊生成】によって、どんな羊が生まれるのか、ちょっと気になっていたからね。
羊の品質が向上するだけか、それとも魔物化するのか……。仮に魔物化するなら、モフモフで可愛い魔物だと嬉しい。
私はスラ丸、ティラ、ブロ丸を引き連れて、箱庭内にある空き地までやって来た。
ここにラムを移転させて、私は特殊効果込みの【耕起】を使う。
「よしっ、ラム! 全力で羊を実らせて!」
私がラムに指示を出すと、私の両脇から声援が飛ぶ。
「ら、ラム……!! 頑張れ……っ!! ボクっ、美味しいお肉が食べたい……!!」
「……スイも、おうえんする。……はんばーぐ、がんばれ」
食いしん坊の二人、シュヴァインくんとスイミィちゃんだ。
いつの間に来たの……? と、私が疑問を口に出す前に、ラムが肥えた土から栄養をグングン吸って、一匹の羊を実らせた。
「メ゛エ゛エ゛エエエエエエエエェェェェェェェッ!!」
汚い産声を上げた羊は、見るからに普通じゃない。
頭は羊のものだけど、身体が半人半獣の人型二足歩行で、物凄く筋肉質だよ。
体長は二メートルまで大きくなって、悪魔みたいな尻尾が生えてきた。
「し、師匠っ、スイミィちゃんっ、下がって……!! ボクが相手だ……ッ!!」
シュヴァインくんが即座に盾を構えて、私たちの前に躍り出る。
スイミィちゃんも魔導書を開いて、魔力を練り上げ、臨戦態勢を整えた。
「……シュヴァイン、一人じゃない。……スイ、一緒に戦う」
「二人ともっ、無理はしないで! 私の従魔たちもいるからね!」
私はそう声を掛けてから、ステホで羊を撮影してみた。
奴の名前は『レッサーバフォメット』で、持っているスキルは【剛力】【暗黒弾】の二つ。
後者のスキルは、命中した対象を極低確率で即死させるらしい。
ブワッと総毛立って、背中に冷や汗を掻いてしまう。
魔法で相殺したり、武器で霧散させたり出来るみたいだけど、ジャイアントキリングを狙えるスキルは恐怖でしかないよ。
ラムが葉っぱを激しく揺らして、盛大に慌てふためいている。
普通の羊は働き蟻のような存在で、ラムが多少は制御出来るのに、レッサーバフォメットは制御出来ないんだ。
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