第220話 招かれざる客
ダンジョンコアの基礎知識を頭に入れた後、そろそろ盆地の村に帰ろうとしたら、トールがボソッと問い掛けてくる。
「アーシャ……。無理、してねェか?」
「うん……? 無理って、何に関して?」
惚けている訳じゃなくて、本当に分からない。
私が小首を傾げると、トールは言い難そうに言葉を続ける。
「ルークスが失踪しただろ。それに責任を感じて、無理してンじゃねェかって話だ」
「それは……どうだろう? ないとは言い切れないけど、大丈夫な気もするよ……?」
少なくとも、現時点での私の精神状態は安定している。
聖なる衣があるから、二度と危ない精神状態には陥らないはずだ。
「ここ最近、毎日働いてンだろ。それも自分のためじゃなく、他人のために」
「……まぁ、言われてみれば、そうかも」
トールに指摘されて、私は指を折りながら自分の働きを振り返った。
開拓作業、食糧生産、村人の治癒、子供たちの遊び相手。
どれもこれも、村でお世話になっているから始めたことだけど、頑張りすぎかもしれない。
「らしくねェンだよ。ルークスに対する詫びの、代償行為に見えちまう」
「…………」
私は返す言葉もなく、沈黙してしまった。
無自覚だったけど、トールの言う通り、代償行為で働いている部分はあるんだ。
でも、それが理由の全てではない。村の子供たちは可愛いし、お年寄りたちにも好感が持てるし、私に余裕がある間は助けたいって、素直にそう思っているからね。
「アーシャ、もうルークスのことなンざ、忘れちまえよ」
「なっ、なんでそんなこと言うの!?」
突然、トールが酷いことを言い出したので、私は面を食らう。
孤児院で暮らしていた頃は、喧嘩ばっかりしていた二人だけど……ルークスとトールって、今では親友同士じゃないの?
裏切られた。そう感じて、頭に血が上る。
このままだと、トールに酷いことを言ってしまいそうだから、私は彼に背を向けて走り出す。けど、すぐに捕まった。
「待てっ、最後まで話を聞けや!! 忘れてやった方が、ルークスのためになンだろ!? あいつが戻ってくるのは、何年も先になるかもしれねェ!! そうして、いざ戻ってきたときに、お前がずっと気に病ンでいたって知ったら、あいつも辛れェぞ……ッ!!」
トールに諭される日がくるなんて、思ってもみなかった。
私は努めて冷静に、彼の言葉を脳裏で反芻して、大きく頭を振る。
「無理……っ、そんなの無理だよ……!! ルークスのこと、忘れるなんて……」
「……頭をブッ叩けば、記憶が飛ぶか?」
「やめてね!?」
私が慌てて自分の頭を守ると、トールは小さく鼻を鳴らす。
「フン、冗談だ。まァ、無理に忘れろとは言わねェが、忘れてもいいくらいの気持ちで生活しろ。ルークスなら、絶対にそう望むからな」
「う、うーん……。うん……」
やっぱり忘れることは出来ないけど、トールの話を聞いて、少しだけ心が軽くなった。
こうして、今度こそ、私たちは盆地の村へと戻る。開拓が終わったって伝えたら、きっとみんな喜ぶよ。
──盆地の村に到着すると、招かれざるお客様が来訪していた。
仕立ての良い服を着ている小太り気味な男性と、彼を守る三十人余りの兵士たち。見るからに、体制側の人間だね。
魔物使いもいるみたいで、四つの鎌を持つカマキリの魔物と、コレクタースライムの姿もある。
盗賊退治に来たのであれば、歓迎するところだけど……明らかに、様子が違う。
小太り気味な男性は村人たちを集めて、ニチャニチャ嗤いながら怒鳴り散らしているんだ。
「薄汚い農民ども!! 今すぐ年貢を納めろ!! これは命令だぞ!!」
「お、お役人様っ、収穫はこれからなのですが……」
村長さんがおずおずと、事実をありのまま伝えると、小太り気味な男性──もとい、役人は勝ち誇った表情を浮かべて、態とらしく驚いた。
「なにぃ!? まだ終わっていないだとぉ!? ちんたらしおって、罰として増税だ!!」
夏になったので、麦の収穫シーズンが到来している。けど、収穫はまだ終わっていないんだ。
例年であれば、役人がくるのは秋だって、村長さんは言っていた。
それまでに、収穫を終わらせていればよかったはず……。
「そんな滅茶苦茶な!? ワシらは例年通りに収穫して、きちんと税を納めるつもりで──」
「ええいっ、黙れぃ!! 口答えをした罰で、更に増税だ!! 支払わなければ、街の神聖結晶は二度と使わせてやらん!! ステホの更新もなしだ!!」
「た、ただでさえ新国王様のお触れで、税が増えているのです……!! これ以上の増税は、皆が飢え死にしてしまう……!!」
「貴様らなんぞ、木の根でも齧っていろ!! おいっ、お前たち!! 収穫を手伝ってやれ!!」
役人は泣き付いてきた村人を蹴飛ばして、兵士たちに指示を出した。
彼らには良心なんて備わっていないのか、ニヤニヤしながら剣や魔法、それから従魔を使って、村のみんなが一生懸命に育てた麦を収穫していく。
一本たりとも、穂を残すつもりはなさそうだよ。
「オイっ、アーシャ!! あの野郎どもッ、ブッ殺して構わねェよなァ!?」
「いやいやいやっ、駄目だよ……!! あの人たち、体制側の人間だからね……!?」
トールが殺意を漲らせたので、私は彼の前に立って押し留める。
彼は今でも指名手配犯になっているけど、体制側の人間に手を出したとなれば、いよいよ不味い。
しかも、ここで役人を殺したら、村人たちに累が及んでしまう。
村全体が反乱勢力として見られたら、最悪の場合、領主の軍が送られてくるかもしれない。
王国西部に革命軍が現れたことで、王侯貴族はピリピリしているはずだし、時期的にも本当に危ないんだ。
村の麦を持っていかれるのは、とても気分が悪いけど、問題があるのかと聞かれると、全然そんなことはない。
聖女の箱庭の中に、沢山の麦があるからね。村人たちに、幾らでも提供するよ。
お野菜もあるし、羊のお肉もあるし、私たちにはこれでもかと余裕がある。
この状況で、体制側と揉める必要はないんだ。
──そんな感じで、私の視点から見れば、この徴税は大事じゃない。
でも、村人たちの視点から見れば、間違いなく大事だった。
彼らはまだ、聖女の箱庭の存在を知らないし、頑張って育てた作物に対する思い入れも強い。理不尽に奪われたら、黙っていられる訳がなかった。
「お役人様っ、何卒!! どうか何卒っ、ご慈悲を!!」
「黙れ黙れ黙れぇい!! その惨めったらしい懇願っ、実に不愉快だ!! 役人を不愉快にした罪で、更に増税!! 増税!! 増税!! 干乾びるまで搾り取ってやるわぃッ!!」
「ゆ、許してくだされぇ!!」
地面に額をこすり付けて、許しを請う村のお年寄りたち。
そんな彼らを役人が蹴り飛ばして──いい加減、私も堪忍袋の緒が切れそうになったところで、役人の顔にビチャッと紫色の汁が掛かった。
「ぶべっ、ぺっ! ぺっ! な、なんだこれは!? ナスの味がする!?」
役人がナス汁を吐き出しながら、それが飛んできた方向を睨み付けた。
すると、そこには村の子供たちがいたよ。
ポテトくんを筆頭に、みんなは私があげたナスの水鉄砲で、役人を撃ちまくる。
「爺ちゃんたちを虐めるな!! オイラたちの村からっ、出ていけーーーっ!!」
「「「そーだそーだ!! 出ていけーーーっ!!」」」
勇敢だけど、無謀すぎる。彼らはまだ子供なので、体制側の恐ろしさを理解していないんだ。
子供のやることだから許されるとか、そんな甘い展開にはならない。
「おのれえええええぇぇぇいッ!! その餓鬼どもを殺せえええええええッ!!」
ブチ切れた役人は、兵士たちに無慈悲な命令を下した。
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