第219話 聖女の箱庭
私はトールを引き連れて、聖女の箱庭を探索しながら、彼に諸々の事情を説明する。
スキル【箱庭】を取得したところから、ここに至るまでの流れだよ。
「──と、そんな感じで、私はダンジョンマスターになったの。何か質問はある?」
「そのダンジョンマスターとやらは、具体的に何が出来るンだ?」
「さぁ? 探索が終わった後、もう一度ダンジョンコアに触ってみるから、そのときに何か分かるかも」
トールの質問に対する明確な答えは、残念ながら私も持っていない。
ダンジョンマスターになったけど、知識が勝手にインストールされるとか、そんなことはなかったからね。
「そうか、オマエもよく分かってねェンだな」
「お前じゃなくて、アーシャ。ちゃんと名前で呼んでね」
「…………」
私が注意すると、トールは居心地が悪そうに口を曲げた。
彼の表情から察するに、二人きりで改めて名前を呼ぶのは、ちょっと気恥しいみたい。
「まぁ、無理にとは言わないけど……」
「──ッ、あ、アーシャ。ここがダンジョンだって言うなら、壁があンのか?」
トールは舌打ちを我慢して、照れくさそうに私の名前を呼びながら、次の質問をしてきた。
「うん、そうだよ。どこまでも続いているように見えるけど、実際は見えない壁があるはずだから、それも調べないと」
ダンジョン内である以上、壁や天井が存在している。これは、流水海域とかでも同じだよ。
屋外を模した階層だと、壁には景色が映し出されているので、目で見ても全然分からないんだ。
まず最初に、私たちは農村を調べ始めた。
畑の小麦はスラ丸に食べさせて、異常がないことを確認したよ。
井戸には水も湧いているし、今日からでも普通に暮らせそう。
ちなみに、ダンジョンのオブジェクトは、壊れると勝手に修復される。
腐肉の洞窟の壁とか床、あれを無数のゾンビたちが食べ続けても、ダンジョンが崩壊しなかったのは、この仕様があるからだね。
そして──なんと、私の目の前に広がっている『豊作の小麦畑』も、一つのオブジェクトになっていた。
信じ難いことに、小麦を無限に収穫出来てしまうらしい。
この畑が豊作じゃない状態は、『オブジェクトが壊れた』という判定になるんだ。
実際に食べてみるまで、品質は分からないけど、そう悪いものには見えない。
聖女の墓標のダンジョンコアって、大外れかと思ったけど、実は大当たりだったよ。
「──へェ、便利な場所じゃねェか。今後はここで、色々と作るのか?」
「勿論、そのつもり。生産拠点は安全な場所がいいからね」
ローズ、グレープ、ラム、各種野菜とクローバーの畑。この辺りは、今日中にでも箱庭内に移そう。
それと、ブルーマッシュルームの生産もしないとね。リリィのポーション工房も、こっちに用意する。
私はここに、小さな楽園を作るんだ。
「この村の空き家は、どこも今すぐ使えそうだぜ」
トールは家の柱を調べたりして、頑丈であることを確かめた。
新築ではないけど、全然問題ない。これらの家も、ダンジョンのオブジェクトという扱いだから、壊れても自動で元に戻る。
「私は一番大きい家を使うから、トールたちは他の家を選んでね」
「選ぶって、オマエの……アーシャの、秘密基地なンだろ? 俺様たちも、使っていいのかよ」
「いいよ。『秘密基地』って、語感がいいから使っているだけで、本当に秘密にしたい訳じゃないし」
私はトールとお喋りしながら、農村の周辺を調べ始めた。
ゆっくりしていると夜になってしまうので、ティラに乗って移動するよ。
東、西、北には平原と湿地帯が広がっており、南には森がある。
平原と湿地帯を五キロメートルくらい、真っ直ぐ進んでみると、見えない壁にぶつかった。
……いや、正確に言えば、見えない訳じゃなくて、風景が映し出されているんだ。
ずーーーっと先まで、風景が続いているように見えるので、大きな結界に囲われている感じがしなくもない。
「──あァ? ここに壁があンのか? ブッ壊したら、先まで進めそうじゃねェか」
「ダメダメっ、壊したらどうなるか分からないし、武器は仕舞って!」
トールが鎚を抜いて、壁を殴る気満々になったので、私は慌てて止めに入った。
そう簡単に壊せるとは思えないけど、ダンジョンが崩れたら洒落にならないので、余計なことはしない方がいい。
湿地帯には魔物以外の生物が生息しているので、不思議な気持ちになってしまう。
聖女の箱庭って、つい先ほど作られたばっかりだけど……もしかして、『生物がいる湿地帯』というオブジェクトかな?
食べられそうな生物は、私基準だと小魚くらいだよ。
蛙がいるけど、私は食べない。鶏肉に似ている味がするらしいので、一部の人は喜ぶかもね。
「次は森だな。魔物は本当にいねェのか?」
「うーん……。ダンジョンマスターの私が許可を出していないのに、勝手に魔物が湧くなんて、ないとは思うけど……」
普通の生物が勝手に湧いているので、魔物も同様に湧いている可能性がある。そう伝えると、トールは警戒を大にした。
スラ丸の分身にも、探索を手伝って貰ったところ──魔物の姿は、確認出来なかったよ。
その代わりに、兎やら栗鼠やら昆虫やら、普通の生物は結構見掛けた。
熊や狼などの、大きくて危険な獣はいないみたい。
湿地帯や森の生物が、ダンジョンのオブジェクトとして死んでも再出現するなら、食生活が豊かになるね。
──私たちが森の中を進んでいると、農村から五キロメートルほど離れた場所で、風景が映し出されている壁にぶつかった。
空を飛べるブロ丸に、上空を調べさせたら、天井も高度五キロメートルくらいの場所にあったよ。
聖女の箱庭は、一辺が十キロメートルの四角い世界で、その真ん中に農村があるみたい。
「ったく、退屈な場所だぜ。暮らしやすいだろうが、血が滾るようなことはなさそうだ」
「私は暮らしやすければ、それだけで嬉しいよ」
暴れん坊なトールにとって、聖女の箱庭は狭すぎる。私にとっては、申し分ない広さなので、大満足だ。
探索が終わったところで、私たちはダンジョンコアがある場所まで戻ってきた。
『第一階層に出現させる魔物を選んでください』
どうやら、まだ設定が残っていたらしい。ダンジョンコアに浮かび上がっていた文字を見て、私は思いっきり顔を顰める。
選択肢として表示されているのは、聖女の墓標に出現した魔物たち。当たり前だけど、碌な魔物がいない。
ただ、この設定はスキップ出来るもので、私がダンジョンコアを睨み付けていたら、文字が消えたよ。
その他にも、お宝や罠の設置とか、ダンジョンの拡張とか、色々な設定が出てきたけど、全部スキップされた。
何をするにもエネルギーが必要で、それが足りていないみたい。
『ダンジョンの基礎知識を表示します』
諸々の設定が終わったところで、ダンジョンコアが大事なことを教えてくれた。
まず、ダンジョンマスターだからと言って、召喚した魔物を支配出来る訳ではない。目の前に強い魔物を召喚するのは、とっても危険な行為だ。
それと、ダンジョンは一つの生物みたいなものだとか。
ダンジョンが活動するためのエネルギーは、ダンジョン内で何かを消化すると蓄えられる。
パッと私が思い付くのは、侵入者を殺して養分にすることだった。けど、タンパク質の塊を消化しても、あんまり意味がないらしい。
では、ダンジョンに最適な栄養源とは何か……。
それは、『人間の感情エネルギー』だって。人間が爆発させる感情は、物凄く大きなエネルギーになる。
ダンジョンのお宝や罠、魔物などは、人々を希望と絶望の間で揺さぶって、感情を吐き出させるための舞台装置だね。
外界には人間が多いから、出入り口を開けているだけでも、多少は感情エネルギーを取り込める。
これだけで、聖女の箱庭を維持することは出来そうだよ。
欲を言えば、お宝が欲しいけど……マジックアイテムの生成には、相応のエネルギーが必要になる。
しかも、生成されるものはランダムだった。
とりあえず、箱庭の維持さえ出来るのであれば、私がエネルギー集めに躍起になることはないかな。
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