第218話 ダンジョンマスター

 

 想定外の展開になったので、私はぽかんとしてしまう。


「ダンジョンマスター……? それって、職業の管理者とは別のやつ……?」


 ダンジョンコアは私の質問に答えることなく、無慈悲にカウントダウンを進めているので、私は焦って手を伸ばしてしまう。

 ピタっとダンジョンコアに触れると、ダンジョンマスター登録とやらが、呆気なく完了した。そして、間髪入れずに次の指示が浮かび上がる。


『ダンジョンの名前を決めてください』


「……これ、誤作動だよね? ここはダンジョンじゃなくて、私の箱庭だよ?」


『ダンジョンの名前を決めてください』


「……ハッ!? まさかとは思うけど、私の箱庭を乗っ取るつもり!?」


 私が詰問しても、ダンジョンコアは同じ一文を浮かび上がらせるだけだった。

 名前を決めろと迫られて、入力する枠が表示されたものの、既に『聖女の墓標』という名前が入っている。

 本当に勘弁して貰いたい。あんな悪臭と腐肉に満ちたダンジョンに、この箱庭が書き換えられたら、折角の秘密基地が台無しだよ。


 一先ず、ダンジョンコアの操作を中止したいけど……名前を決めるまで、他の操作は一切出来ないみたい。

 これだと、新規でステホを作ることが出来なくなってしまう。


「うーん……。ステホが壊れたときに、困っちゃうよね……。しかも、放置してたら勝手に自動操作に変更されるとか、あり得なくもないし……」


 せめてもの抵抗で、私はダンジョンの名前を『聖女の箱庭』に変更して、決定。

 すると、今度は第一階層を選べと迫られたよ。これまた中止不可能だ。

 選択肢が幾つかあるので、一つずつ確認してみる。


 『腐肉の洞窟』──床、壁、天井、その全てが腐肉で形成されている洞窟。

 当たり前だけど、論外。聖女の墓標の第一、第二、第三階層が、この洞窟だった。


 『冒涜の神殿』──人骨と腐肉で造られた醜悪な神殿。地形効果によって、闇属性スキルの威力が五割増しになる。

 これもまた、論外。聖女の墓標の第四階層が、この神殿だった。

 地形効果なるものがあるのは、初めて知ったよ。


 『黄昏の荒野』──鮮血色に染まった空と、地平線の彼方まで続く荒野。地形効果によって、精神力の消耗が二倍になる。

 聖女の墓標の第五階層が、この荒野だった。酷すぎる地形効果がなければ、前の二つよりはマシだったかも……。


 『聖女の故郷』──建国の聖女、ニラーシャ=アクアヘイムの故郷。地形効果によって、魂が極僅かに回復していく。

 聖女の墓標に、こんな階層はなかったよね……? もしかしたら、隠しステージ的なやつかもしれない。

 ここで、スラ丸が何かを主張するように、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「スラ丸、どうしたの? お腹でも減った?」


「──ッ!! ──ッ!!」


 ……相も変わらず、何を言っているのか分からない。

 私が首を傾げると、スラ丸はしゅんとしてしまった。それから、身体を捩じって、『どうすれば伝わるんだろう……?』みたいな雰囲気を醸し出す。


 ──しばらくして、何かを思い付いたのか、身体の形をぐにゃぐにゃと変え始めた。

 そして、この子はどういう訳か、人間の女性を模した姿になったよ。

 精巧とは言い難いし、色がないから全然分からな──いや、


「もしかして、大人の私……? あるいは、女神アーシャとか?」


「!!」


 スラ丸は元の姿に戻って、身体を大きく縦に伸縮させた。どうやら、正解らしい。


「──で? 女神アーシャがどうしたの?」


 スラ丸は少しウロウロした後、ダンジョンコアに浮かんでいる『聖女の故郷』という選択肢の上に張り付いて、そのまま身体を伸ばし、私の頭にも張り付いてきた。


「私の頭と、聖女の故郷が、繋がってる……? それと、女神アーシャ……。もしかして、スラ丸がスキルオーブを拾ったのって、ここ?」


「!!」


 スラ丸は大きく縦に伸縮して、私が導き出した答えに花丸を出した。

 私にテイムされた当初、スラ丸は聖女の墓標の第一階層へと赴き、落とし穴に落ちてしまったんだ。

 当時の私は、そこで【感覚共有】を切って、スラ丸の視界を覗き見するのをやめていた。


 私が見ていないところで、スラ丸は第三階層を徘徊して、シスターゴーストを狩りまくっていたはず……。そのときに、聖女の故郷に迷い込んだらしい。

 そこで手に入れたのが、【再生の祈り】のスキルオーブってことだね。


 スキルオーブの出所が判明したところで、私は再びダンジョンコアと向き合う。


「この選択肢は、実質一択でしょ」


 第一階層の設定は、『聖女の故郷』を選んだ。

 極僅かにでも魂が回復していくって、恩恵が凄まじく大きいと思う。青色の上級ポーション以外では、魂の回復なんて出来なかったからね。


 やはりと言うべきか、私の【箱庭】はダンジョンコアに乗っ取られたみたいで、白亜の空間が農村に変化したよ。

 時間帯は外界と同じように進むらしく、空は夕焼け模様になっている。

 周辺には草原と湿地帯が広がっており、辺鄙な場所という感じだ。


 村には木組みの家が、ぽつぽつと建っているけど、人の気配は皆無で生活感もない。

 背の高い麦の穂が、夕日に照らされながら、静かに揺れている。

 郷愁に駆られるような光景に、胸がギュッと締め付けられた。


「この光景って、ニラーシャとシェイドが、初めて出会ったときの……」


 アクアヘイム王国を建国した聖女と勇者。二人の物語は、この光景から始まったんだ。

 ニラーシャは故郷から出ないまま、ここでシェイドと一緒に暮らしていたら、さぞや幸せな生涯を過ごせたはず……。


「まぁ、それは私も同じかも……」


 この場所に、従魔たちと引き籠れば、私だって幸せになれる。

 畑があるから、食べ物には困らないし、出入り口を閉じれば、私を脅かす存在なんて入ってこない。


 従魔たちを愛でながら、山も谷もないスローライフを送る。それって、とても素晴らしいことだよね。

 勿論、退屈になることもあるだろうけど、そこは【遍在】の出番だよ。分身を外に出して、気軽に娯楽を探せばいい。


「我ながら、惚れ惚れするほど完璧な人生設計……!!」


 とは言え、当面は本体を外に出して、盆地の村のために働こう。

 エーシャを動かす練習が終わってから、本体は箱庭の中でスローライフを満喫するんだ。


「──アーシャ、何してンだ? こりゃァ、新しいダンジョンか?」


 私が今後の人生設計を練っていると、いきなり背後から声を掛けられた。

 ビクっとして振り向くと、出入り口の穴からトールが入ってくるところだったよ。


「なんだ、トールか……。驚かせないでよ」


「なンだとはご挨拶じゃねェか……。それで? ここはダンジョンってことで、いいのかよ?」


 トールは背負っている鋼の鎚に手を伸ばして、周囲を警戒している。

 堂に入った姿で、なんだか見惚れてしまった。

 勿論、恋愛的な意味じゃないよ? 芸術点が高いって話だからね。


「ダンジョンだけど、危険はないから安心して。紆余曲折を経て、ここは私の秘密基地になったの」


「はァ? ダンジョンが秘密基地だと……?」


「そう、秘密基地。私はダンジョンマスターになったからね」


「い、意味が分からねェ……。オマエの意味不明は、今に始まったことじゃねェけど、今回のは頭抜けて意味不明だぜ」


 私って、トールの頭の中では、意味不明な存在になっているらしい。

 仲間内に一から十まで、私の特異性を説明している訳じゃないから、意味不明に見えるのも仕方ないのかな。


「こっちの説明の前に、トールの用事を聞かせてよ」


「俺様は……別に、大した用事はねェよ。様子を見に来てやっただけだ」


 いつもより私の帰りが遅いから、トールは心配して来てくれたっぽい。

 他のみんなは、村で適当に過ごしているんだとか。

 私はこれから、聖女の故郷──改め、聖女の箱庭の中を探索しようと思っていたので、帰りはもう少し遅くなる。折角だし、トールに付き合って貰おう。

 

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