第217話 庭師のスキル

 

 ──前途洋々。イーシャを公爵家に送り込んでから、数日が経過した。

 盆地の村を狙う盗賊は、まだまだ定期的に現れているけど、大きな問題は発生していない。


 指名手配されているトールたちを狙って、賞金稼ぎも数人だけ現れた。

 予定通り、彼らは生け捕りにしてから、入信誓約紙に名前を書かせて、事なきを得たよ。


 賞金稼ぎから、最近の王国の情勢を聞いてみたんだけど、『革命軍』とやらが王国西部で暴れているらしい。

 王国東部にいる私たちには、関係ない話……で、済んでくれると有難い。


「うーん……。話を聞いてみた感じ、西部の様子は本当に酷そう……」


 私は開拓作業の大詰めに取り掛かりながら、今日までに集まった情報を脳裏で纏める。


 王国西部はアインスとの繋がりが強い地域で、権威主義者の巣窟だった。

 だから、帝国との戦争が終わった直後に、増税に次ぐ増税を逸早く実施して、民衆から搾り取っていたんだ。

 そんなときに、誰かが民衆に武器を与えて、とある思想を植え付けた。


 その思想の名前は、『民主主義』──これを聞いて、私の頬は引き攣ったよ。

 なんかこう、途轍もなく嫌な予感がする……。まさかとは思うけど、また私が原因だったりしないよね?

 民主主義って、一年くらい前に、私がアムネジアさんに教えた記憶がある。

 白髪狐目猫背で、的外れの宮廷魔導士と呼ばれていた、とっても胡散臭いあの人だ。


「い、いやいやっ、違う違う……!! きっと違うよね!? 私があの人に教えなくても、どこかの誰かが思い付いただろうし!」


 私はブンブンと大きく頭を振って、嫌な予感を追い払った。

 なんにしても、王国西部では瞬く間に武装蜂起が広まり、誰かが前々から準備していたとしか思えない速度で、革命軍として纏まったみたい。


 革命軍が初動で潰されたら、『やっぱりお貴族様には敵わない』で、話は終わり。

 民衆は観念して、王侯貴族の奴隷として搾取され続ける。


 でも、初動で潰されずに、立ち回ることが出来れば──『あれ? 頑張れば、貴族に勝てるんじゃね?』と、民衆が思ってしまう。

 そこまでいくと、革命が現実味を帯びてくるだろうね。アクアヘイム王国全土に、民主主義が波及するかもしれない。


 それって、喜ぶべきことなのかな……?

 アインスが頂点に立つ封建社会は、打倒されて然るべきだと思える。けど、夥しい量の血が流れるだろうし、どう受け止めていいのか分からない。

 敗走に追い込んだばかりの帝国軍も、王国が弱れば再び攻めてくるはず……。


「──駄目だっ、分からない! どれだけ考えても分からないし、私は出来ることだけやろう」


 自分の頬をぺちぺちと叩いて、私は開拓作業に集中する。


 こうして──夕方に差し掛かる直前で、ようやく開拓作業が終わった。

 欲望の坩堝まで徒歩五分の場所に、綺麗な盆地が完成したよ。もうね、達成感が物凄い。

 特殊効果をオフにした状態で、私のスキル【耕起】も使ったし、いつでも農業を始められる。


 害獣対策として、盆地と周辺の山の間に溝を掘った。更に、洪水対策として、貯水池まで作ってあげたんだ。

 ……ここまで頑張ったのに、お引越しの目途が立っていない。大工さんがいないからね。


 村長さんが近隣の村から、大工さんを連れて来てくれるはずだったんだけど、上手くいかなかった。

 近隣の大工さんは例外なく、自分の村を盗賊から守るために、戦っているみたい。

 大工さんは力持ちだから、貴重な戦力になるんだ。


「王国東部が荒れている状態で、大工さんが手透きになることって、ないかもしれないね……」


 私はそうぼやいてから、一息吐いて自分のステホを確認した。



 アーシャ 魔物使い(42) 庭師(10)

 スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】

     【魔力共有】【光球】【微風】【風纏脚】

     【従魔召喚】【耕起】【騎乗】【土塊兵】

     【水の炉心】【光輪】【治癒光】【過去視】

     【従魔縮小】【遍在】【聖戦】【情報操作】

     【逃げ水】【従魔超越】【箱庭】

 従魔 スラ丸×10 ティラノサウルス ローズ ブロ丸

    タクミ ゴマちゃん グレープ テツ丸 ユラちゃん

    ヤキトリ リリィ ペンペン ラム


 庭師の職業レベルが、ようやく10になった。

 そして、新たに取得したスキルを視界に収めた瞬間、胸の内から歓喜がこみ上げてくる。


「や、やったああああああああああああああっ!!」


 私は感極まってティラをモフモフしまくり、それでも興奮が冷めないからゴマちゃんを召喚して、フワフワの毛に顔を埋める。

 ティラは尻尾をブンブン振って喜んでくれたけど、ゴマちゃんは困り顔で溜息を吐くように、『キュー……』と小さく鳴いたよ。


 五分ほど経って、なんとか落ち着きを取り戻した私は、新スキルの詳細を確かめる。

 【箱庭】とは、生物が出入り出来る異空間を作るスキルで、内部の広さは庭師のレベルに依存するみたい。


 出入り口は私の手が届く範囲の空間なら、どこにでも開ける。

 魔力を注ぎ込めば、出入り口を拡張出来るので、大きい生物でも出入り可能だよ。

 【他力本願】の影響によって、追加されている特殊効果は、外部からの異空間に対する干渉を弾くというもの。ただし、私が許可を出せば、弾かなくて済む。


「ええっと、逆説的に考えたら、外部から異空間に干渉する手段が、存在するってこと……?」


 私はスラ丸をプニプニしながら、思わず天を仰ぐ。

 【箱庭】は特殊効果で守られているので、なんの問題もない。

 けど、今まで頼りにしていたスラ丸の【収納】は、無防備な状態ってことだよ。


「スラ丸の中に、貴重品を入れておくのって、ちょっと危ないのかな……」


 入信誓約紙、聖なる衣、極大魔法の鍵、上級ポーション、ダンジョンコア。

 これらは私が所持しているモノの中でも、特に重要だから、【箱庭】で作った異空間に移した方がいい。


 そんな訳で、早速だけど異空間を作って移動する。

 正面の何もない場所を指先でなぞると、空間の歪みが波紋のように広がって、ニメートル程度の大きさの穴が開いた。

 穴の先には、白亜の異空間が広がっている。殺風景で、ただ白いだけの空間だよ。

 聖女の墓標の裏ボス、ニラーシャがいた場所に似ている。


「これは……なんか、思ってたのと違うかも……。ね、スラ丸」


「!!」


 私が話し掛けると、スラ丸は身体を弾ませて同意した。

 もっとこう、家の裏庭的な異空間を想像していたんだ。

 安全な秘密基地としては、便利だと思うけど……四方八方が真っ白だから、全然落ち着かない。

 とりあえず、オリハルコンの宝箱を異空間の中に配置して、貴重品をスラ丸の中から移しておく。


 最後に、ダンジョンコアを適当な場所に置いたら──


『予期せぬ事態が発生しました。設定を初期化します』


 ダンジョンコアの表面に、文字が浮かび上がったよ。


「はえ……? な、なにそれ……?」


 私は頭の上に疑問符を浮かべているけど、ダンジョンコアは不親切で、なんの説明もなく次の一文を浮かび上がらせる。


『操作方法をお選びください。自動/手動』


「操作って言われても……あっ、職業選択の操作のこと……? それなら、手動で」


 ダンジョンコアの操作と言えば、パッと思い付くのは職業選択だった。

 職業は自分で選びたいから、これを自動でやられたら困るよね。

 私が手動を選ぶと、ダンジョンコアは次の指示を浮かび上がらせる。


『手動操作を行う場合、ダンジョンマスターを登録する必要があります。登録を希望する方は、十秒以内にダンジョンコアに触れてください』

 

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