第213話 合成
トマト、ニンジン、ナス、ピーマン。それぞれの魔物のドロップアイテムは、大きめだけど普通の域を出ない野菜、種、小さな魔石。ここまでは共通だった。
肝心のレアドロップは、ファングトマトから『万能健康トマトジュース』という、飲み物が手に入ったよ。
ありとあらゆる生物が、この液体から自分に必要な栄養を摂取出来るらしい。
小さめの紙パックに入っているものだから、大量に確保するのは難しそう。
「栄養なんて、普通の食事でとればいいよね……。レアドロップの枠で出るものとしては、かなり微妙かも」
私はそうぼやいてから、次のアイテムを確認する。
ランスキャロットのレアドロップは、先端が硬くて鋭いニンジンになっている槍。名前はそのまんま、『ニンジンの槍』だった。
石と同じくらいの硬度があるので、羊狩りに使うなら十分な武器だと思う。
ちなみに、『スキル【牙突】の威力が二割増しになる』という、特殊効果が備わっているよ。
ナスビームのレアドロップは、『ナスの玩具』という、非常に微妙な代物。
これは、ナスの見た目に近い水鉄砲で、引き金を引くとナスの汁が出てくる。
持ち手の部分に小さい魔石をセットすると、残弾──もとい、残汁を補充出来るんだ。
ロックピーマンのレアドロップは、『ピーマンの盾』という、程々に有用な代物。
これは、半分に割れた大きいピーマンの盾で、普段はとても軽く、硬度は木材に劣る程度だよ。でも、攻撃を受け止める瞬間だけ石化して、重く、硬くなる。
防御力は鉄の盾に劣るものの、持ち運びが苦にならないので、初心者用の装備としては悪くない。
「まぁ、私にとっては微妙かな……。今は村のみんなにプレゼントして、将来的には商品にするとか……?」
野菜の槍、盾、水鉄砲。これらは私が商売を再開したときに、初心者用の装備としてセット販売する。
あんまり儲けは出ないだろうけど、役立つものを販売するとお店の評判がよくなるし、割と良い案かもしれない。
「──むっ、あれを見よ! 畑に野菜以外の魔物がおるのじゃ!」
ローズが突然、畑の一角を指差して声を上げた。
私が確認すると、そこには大きさが三十センチもある四つ葉のクローバーが、ぽつんと一本だけ生えていたよ。
鋭利な葉っぱをギュインギュインと回転させて、私たちを威嚇しているように見える。
「あれって、クローバーの魔物……?」
ポテトくんから聞いていた特徴に、とてもよく似ている。というか、そのまんまだね。
「アーシャよ、いつの間にクローバーなんぞ、植えたのじゃ?」
「いや、植えてないよ。第一階層にも生えていなかったし、一体どこから──」
私はそこで言葉を区切り、ハッとして懐を漁る。……ない! 村の幼女から貰った四つ葉のクローバーが、なくなっている。
多分、畑を作っているときに落として、そのまま魔物化しちゃったんだ。
幼女から貰った思い出の品が、こうして魔物化した訳だし、テイムするという手もある。けど、移動出来ない魔物で、大して強くもなさそうだから……微妙かな。
私がテイム出来る魔物の数には、どうしても限りがあるので、この枠を無駄には出来ない。
「ふぅむ……。一先ず、撮影してみてはどうかの?」
「うん、そうだね。強いスキルを持っているとは、思えないけど……」
ローズに促されて、私はクローバーの魔物をステホで撮影してみる。
奴の名前は『ブレードクローバー』で、持っているスキルは【幸運】【飛斬】の二つだった。
前者のスキルは自分の運気を上げるという、実用性が曖昧なもの。
後者のスキルは飛ぶ斬撃を放つという、危険な遠距離攻撃だね。動けない魔物だと侮っていたけど、油断大敵だよ。
ちなみに、四つ葉のブレードクローバーはユニーク個体で、三つ葉の通常個体はスキル【幸運】を持っていないらしい。
「ほぉ、ユニーク個体であれば、テイムするのも一興なのじゃよ」
「うーん……。いやっ、いらない! 倒しちゃおう!」
熟考の末、やっぱり不要という結論に達した。
思ったより強そうだし、【幸運】というスキルも気になる。でも、テイムしたいと思えるほどじゃない。
それに、ユニーク個体はレアドロップが発生する確率が高いんだ。
ここは幼女に感謝しながら、ブレードクローバーを狩らせて貰うよ。
私が決断を下すのと同時に、ティラがスキル【加速】を使って駆け出し、一瞬で奴を仕留めた。
通常のドロップアイテムは、小さな布袋いっぱいに入ったクローバーの種と、極めて小さい土の魔石。
肝心のレアドロップは、『幸運の髪飾り』という代物で、四つ葉のクローバーのヘアピンだった。これを装備すると、運気が僅かに上がるらしい。
「これはまた、微妙な代物かのぅ……?」
「私は嬉しいよ! ほんの少しでも運が上がれば、欲しいスキルを取得出来る可能性が、上がるはずだし!」
「ふむ、確かに……。であれば、ここはタクミの出番なのじゃ!」
「う、うん……? どうしてタクミの……あっ、そっか! 【合成】を使うなら今だよね!」
ローズの提案を聞いて、私はピンときた。
カオスミミックのタクミは、スキル【合成】を持っているんだ。
これを使えば、二つのマジックアイテムを混ぜ合わせて、強化することが出来る。
幸運の髪飾りを大量に用意して、【合成】を繰り返せば、運気が大きく上がる代物を作れるかもしれない。
【合成】のデメリットは、強化値を上げれば上げるほど、失敗する確率が高くなっていくこと。しかも、失敗するとマジックアイテムは消滅してしまう。
普通なら、強化されたマジックアイテムを作るのは、とっても大変なんだよね。
でも、幸運の髪飾りであれば、なんとかなりそう。
私には【耕起】があるし、ブレードクローバーは種を落としてくれるから、狩り放題なんだ。
ダンジョン内の畑を広げて、ブレードクローバーを育てまくって、幸運の髪飾りを集めよう。
──私が開拓と農業、トールたちが盗賊退治とダンジョン探索に勤しんでいると、あっという間に日々が経過していった。
春の終わり頃になって、何度目かのブレードクローバーの大収穫が終わり、私は百個以上の幸運の髪飾りを手に入れたよ。
それらを家に持ち帰って、タクミの目の前に並べる。
「それじゃあ、タクミ! 任せたからね!」
豪華な黒い宝箱に擬態しているタクミは、蓋の部分をパカパカさせて、出番が訪れたことを喜んでいるよ。
私はタクミが【合成】を行う際に、横笛を吹いて応援することにした。
この笛は『福招きの魔笛』というマジックアイテムで、魔物使いが演奏すると、従魔の運気が少しだけよくなるんだ。
「──ご主人っ! 笛を吹くときは、みゃーを呼んで欲しいのにゃあ!」
私がピロピロしていると、何処からともなくミケがやって来て、一緒に演奏を始めた。
彼が使っている楽器は普通の笛で、マジックアイテムでもなんでもない。けど、私が上手く吹けるように、誘導してくれる。
ミケには天才的な音楽の才能があるので、凡人の私でも数段上の演奏が出来た。
魔笛の効果は演奏の技量によって上下する。今の私の演奏なら、タクミの運気はそれなりに上がったんじゃないかな。
タクミはベロンと舌を伸ばし、幸運の髪飾りを次々と口の中に入れて、立て続けに【合成】を行った。
成功、失敗、失敗、成功、失敗、成功、失敗、失敗、成功、成功、成功──最終的に完成したのは、『幸運の髪飾り+5』が五つ。
+5でも大変だったから、+6は諦めたよ。
マジックアイテムの装備上限が五つなので、これらを上限いっぱいまで装備すれば、体感出来るほど運気が上がるかもしれない。
ちなみに、完成した髪飾りをステホで調べてみると、『運気が僅かに上がる』→『運気が少しだけ上がる』に変化していた。
この情報も誰かが登録したもので、運気の上り幅をどう検証したのか分からないけど……当てにさせて貰う。
「タクミ、ミケ、ありがとう! いい感じの装備が出来たよ!」
「これくらい、お安い御用だにゃあ! またやろうねっ、ご主人!」
演奏が終わると、ミケは風の吹くまま気の向くまま、どこかへ走り去った。
私は早速、髪飾りを装備してみる。
「うーん……。五個も作ったけど、聖なる衣を脱ぐのは嫌かも……」
この服には状態異常無効という、強力無比な特殊効果が備わっているんだ。
いつ何が起こるか分からないし、脱ぐと心細くなってしまう。
……いやでも、もうすぐ庭師のレベルが10だから、それまでは脱ごうかな。
運気を少しでも多く上げて、スキル【箱庭】を取得したいからね。
そんな訳で、私は聖なる衣を脱いで、なんの変哲もない予備の衣服に着替えた。
このタイミングで、家の戸が開け放たれて、リリィがやって来たよ。
「アーシャさんっ!! 褒めてくださいまし!! わたくしっ、レベル10になりましたわ!!」
リリィは喜色満面の笑みを浮かべて、私に思いっきり抱き着き、摩擦で煙が出るほど頬擦りする。
鬱陶しいから引き剝がして、詳しい話を聴き出そう。
「ええっと、レベルって、薬師のレベルだよね?」
「薬師も盗賊も、両方ですわぁ!! 両方ともレベル10なので、新スキルが二つも!! これって、快挙ですわよね!?」
「そ、それは快挙だね……。あのさ、リリィの本職って、薬師でいいんだよね?」
「ええっ、それはそうですわ!! いつか必ずっ、おち〇ちんを生やすお薬を作りますの!!」
私の問い掛けに対して、リリィは胸を張って大きく頷いた。
抱負までは聞いていないんだけど……それより、盗賊のレベルが本職の薬師と同じなの、どう考えてもおかしくない?
そこまで下着泥棒を行っているなんて、想定外の事態だよ。
「…………」
「ささっ、どうぞ!! ステホをご覧になってくださいまし!!」
私がジトっとした目を向けても、リリィは一切怯むことなく、ニコニコしながらステホを差し出してくる。
ウーシャ 薬師(10) 盗賊(10)
スキル 【他力本願】【成分抽出】【偽装】
叱るべきか、褒めるべきか……。
私は少し悩んでから、ジト目のままリリィの頭を撫でることにした。
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