第214話 薬師と盗賊

 

 リリィが頑張ってくれたおかげで、私の分身であるウーシャが取得した新スキル。それを順番に確認していく。


 【成分抽出】とは、その名前の通り、素材から成分を抽出するスキルだった。

 ローズの花弁から薬効成分だけを抽出するとか、便利な使い方が出来るみたい。

 生物は対象に出来ないので、攻撃に転用することは不可能だよ。


 【他力本願】の影響によって、追加されている特殊効果は、マジックアイテムの効果を抽出すること。

 リリィが少しだけ試したらしいので、私は詳細を聞いてみる。


「──例えばだけど、私の光る延長の指輪に、【成分抽出】を使ったら、普通の指輪になるってこと?」


「いえっ、特殊効果が抽出されたマジックアイテムは、消滅してしまうんですの! わたくし、こんなことが出来るスキルなんて、初めて見ましたわ!」


 リリィは興奮気味にそう言って、スラ丸の中から一粒の結晶を取り出した。

 宝石とも魔石とも違う、無色で形が不揃いな結晶だよ。

 彼女曰く、これはニンジンの槍から抽出したもので、『スキル【牙突】の威力を二割増しにする』という成分らしい。


「へぇー、特殊効果を抽出すると、結晶になるんだね。……それで、この結晶は何に使えるの?」


「それはまだ、不明ですの。水に溶けないのは確認済みですが……」


 マジックアイテムが消滅しているので、元に戻すことも出来ない。

 とりあえず、この結晶をステホで撮影してみると、名前が『未登録』だった。

 リリィと相談して、『特殊結晶』と命名しておく。

 マジックアイテムの特殊な効果を抽出した結晶だから、簡単に文字ってみた。


「特殊結晶の検証は、リリィに任せるよ」


「分かりましたわ!! 必ずや、これを足掛かりにしてっ、新薬を開発してみせますの!!」


「う、うん……。まぁ、根を詰める必要はないから、のんびりやってね」


 熱が入っているリリィの様子に苦笑しながら、私は次のスキル【偽装】を確認する。

 こっちは盗賊の職業スキルで、自分の情報を表面上だけ書き換えられるみたい。

 例えば、ステホに表示される情報とかね。


 教会に行かないと転職出来なかった頃であれば、間違いなく重宝したスキルだよ。

 私には、他人に知られたくない特異性が、幾つかあるんだもの。

 今はもう、スキル【情報操作】があるし、なんならダンジョンコアも手元にあるので、他人に情報を見られる機会なんて、早々訪れない。


 【他力本願】の影響によって、追加されている特殊効果は、私がどんなスキルやマジックアイテムの影響下に置かれても、嘘を吐けるようになるというもの。

 つまり、審問官のスキルの影響を受けなくなるんだ。


 やっぱり、この【偽装】というスキルは、街で暮らしていたときに欲しかった。

 とは言え、今でもあって困るものじゃないから、本体に移しておこう。


「それでは、わたくしはポーション作りに戻りますわ!」


「うん、頑張ってね。それと、レベルを上げてくれて、ありがとう」


「ふぁっ!? アーシャさんがデレましたわ!? つ、遂にっ、わたくしにも春が到来しましたのねッ!?」


「いや、当たり前のお礼を言っただけだから」


 リリィが唇を窄めながら、私に抱き着こうとしたので、スラ丸を盾にして部屋から追い出す。


 こうして、一段落付いたところで──突然、スラ丸がプルプルと震え始めた。

 それも、過去に類を見ないほど、盛大にね。


「す、スラ丸……? もしかして、怒ってる……? リリィにチューされたこと、そんなに嫌だったの?」


「!!」


 スラ丸はブンブンと身体を左右に振って、それから【転移門】を使った。

 私の指示もなく、このスキルを勝手に使ったってことは、何かしらの緊急事態が発生したんだ。


 スラ丸一号が門を繋げた先は、帝国で情報収集を行っているスラ丸七号だった。

 七号は小高い山の上にいるみたいで、山道を見渡せる位置にて、門の形状になっている。


「──あっ! あれって、もしかして、そういうこと!?」


 私は山道で横転している豪奢な馬車を発見して、驚きの声を上げた。

 四頭立てで、かなり大きな馬車だよ。その側面には、白銀の剣と漆黒の鴉の意匠が、紋章としてあしらわれている。

 スラ丸の調べによると、あれは帝国に存在する公爵家の一つ、レイヴンソード家の紋章だ。


 ルークスを連れ戻す作戦の第一段階として、私はイーシャを帝国貴族のもとへ送り込みたい。

 だから、まずは恩を売って信頼を得るために、窮地に陥っている帝国貴族を探していたんだ。


 山道の状況を見た感じ、レイヴンソード公爵家の人間が、窮地に陥っているのかな。

 ここで颯爽と、イーシャが彼らを助ければ、『是非とも我が家のメイドになってくれ!』と、言って貰えるはず……。

 希望的観測かもしれないけど、やるだけやってみよう。


「──という訳で、イーシャ! 出撃!!」


 私はイーシャに必要なスキルを渡して、【転移門】を潜らせた。

 ここから先は、イーシャの視点だよ。



 イーシャ 結界師(11) 音楽家(1)

 スキル 【他力本願】【対物結界】【偽装】


 取得したばかりのスキル【偽装】を追加してみた。

 これで、王国出身であることを疑われても、誤魔化せるよね。審問官だって怖くない。

 ただ、冷静に考えてみると、ちょっと強さが足りないかも……。


 【他力本願】があるので、結界は強化されている。自動で発動もするし、大抵の物理攻撃なら難なく弾けるよ。

 でも、防御力を無視するスキルとか、魔法攻撃とか、明確な弱点が存在するんだ。


「うーん……。まぁ、強すぎると貴族に警戒されるかもだし、将来有望なくらいが丁度いいよね……? 一応、スラ丸七号は付いて来て」


「!!」


 私は現地のスラ丸を従えて、山を駆け下りる。

 私の手に負えない状況だったら、『偶然現れた強いスライムが、敵を殺してくれた!』という体で、スラ丸に助けて貰おう。


 道端で横転している馬車に駆け寄ると、六つの遺体が転がっていた。騎士と思しき人物が二人と、刺客と思しき人物が四人だよ。

 多分だけど、後者はただの盗賊じゃない。暗器を沢山持っているからね。

 状況証拠から察するに、彼らは激闘を繰り広げて、殺し合いをしたみたい。


「これは、一足遅かった……? いや、まだ諦めるのは早いかも……」


 貴族っぽい人の遺体は、どこにも見当たらない。

 そして、木々が鬱蒼としている山の中に、誰かが入って行った痕跡を見つけた。

 私はスラ丸と一緒に、唯一の手掛かりである痕跡を辿って、山の中を探索する。


 ──道中、一つ、また一つと、騎士と刺客の遺体を発見してしまう。

 イーシャが殺されても、本体には悪影響がないから、あんまり怖いとは思わない。

 それでも、遺体を見るのは、当然のように気分が悪くなる。損壊が激しい遺体も多々あるので、余計にね。


 しばらくして、私は少し開けた場所で、木に寄り掛かっている一人の女性を発見した。

 騎士でも刺客でもなく、容姿や服装には気品があるので、恐らく貴族だよ。


「…………死んでる」


 彼女は二十代前半くらいで、結構なぽっちゃりさんだ。

 濡羽色の美しい長髪が印象的で、黒い瞳は生気を失っており、流血が原因で肌は青白い。

 腹部と胸部には、鋭利な剣が突き刺さっている。間違いなく、これが死因だね。


 周辺を見渡してみたけど、敵味方の気配は全く感じられない。本当にもう、全部終わった後みたい。

 がくっと肩を落として、私が帰ろうとしたら──女性のロングスカートの中が、もぞもぞと動いた。


「え……? な、なんだろう……?」


 この女性の衣服は、紫色のマタニティドレスだよ。

 ぽっちゃりさんなので、不自然には思わなかったけど……私はハッとなる。


「ま、まさか……っ!?」


 ごくりと固唾を吞んで、恐る恐るロングスカートの中を確認してみた。

 すると、そこには──へその緒が繋がったままの、一人の赤ちゃんがいたよ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る