第212話 収穫

 

 サキュバスに攻撃出来ない。それを気まずく思ったのか、シュヴァインくんがおずおずと話を逸らす。 

 

「そ、そういうフィオナちゃんは、どうなの……? 雄のサキュバスに、攻撃出来そう……?」


「あたし? あたしは、まぁ──」


 フィオナちゃんは肩を回しながら、拘束中のサキュバスに攻撃する素振りを見せた。

 すると、サキュバスが【異性転身】を使って、雄になったよ。

 雄ならサキュバスじゃなくて、インキュバスかな。


 フィオナちゃんには、シュヴァインくんの姿に見えているはずだけど、なんの躊躇いもなく【火炎槍】をぶっ放す。

 凝縮された炎によって形成されている槍は、雄の淫魔の心臓を穿ち、一撃で絶命させてしまった。


「見ての通り、楽勝よ! シュヴァインの姿に見えたけど、あんたとスイミィが乳繰り合っている光景を想像したら、カッとなって躊躇が吹き飛んだわ!!」


「ひぃ……っ!? そ、それって、実際にヤっちゃったら──」


 シュヴァインくんが皆まで言う前に、彼の顔の真横を【火炎槍】が通過する。

 それから、フィオナちゃんに威圧感たっぷりの笑顔を向けられて、シュヴァインくんは二の句が継げなくなった。


 何はともあれ、第三階層での初めての戦闘は終わったよ。

 ニュートは徐に室内を見回して、家具を一つずつ確かめていく。


「ふむ、簡素だが作りはしっかりしているな……。これらの家具を持ち帰れば、村人の生活の助けになりそうだ」


「持ち帰るのは構わねェが、ベッドだけはやめろや。あの魔物が使ってたンなら、クソ気持ち悪ィぜ……」


 トールはベッド以外の家具を見繕って、スラ丸の中に突っ込んでいく。

 ベッドだって普通に使えそうだから、ちょっと勿体ないかも……。

 雌雄の淫魔がイチャイチャしていた可能性を考えると、生理的に受け付けないというのは、共感出来る。けど、スラ丸の【浄化】で綺麗にすれば、大丈夫だと思うんだ。


 みんなが家具を回収して、部屋を出たところで、向かいの扉から出てきた雄の淫魔と遭遇した。

 フィオナちゃんはステホで撮影する余裕を見せながら、【火炎槍】を使って瞬殺したよ。

 雄の淫魔の名前は『レッサーインキュバス』で、持っているスキルは【異性転身】【異性誘惑】【烈斬】の三つ。

 サキュバスは魔法攻撃タイプで、インキュバスは物理攻撃タイプだね。


 ちなみに、ドロップアイテムは雌雄共に、やや赤みを帯びた黒い魔石と、エッチな本だった。

 この本には、年老いたサキュバスかインキュバスの、淫らな姿が描かれている。

 紛うことなきゴミアイテムなので、一同は落胆していた。




「──さてと、みんなのダンジョン探索が終わったし、こっちも引き上げようかな」


 私はテツ丸との【感覚共有】を切って、覗き見を終わらせた。

 それから、開拓作業をしていたブロ丸とスラ丸を呼び戻し、ダンジョンの第一階層へと向かう。畑の様子を見に行くんだ。

 話し相手が欲しいので、スラ丸の中から硝子のペンを取り出して、【従魔召喚】でローズを呼び出した。


「のじゃ~♪ のじゃ!? アーシャよっ、らいぶ中に呼び出すのはやめてたも!」


「ごめんごめん、ちょっと付き合って貰いたくて……」


 どうやら、ローズは呑気に歌っていたらしい。お店がなくなったから、暇なんだろうね。


「妾を呼び出すとは、余程の困難かのぅ……?」


「う、うーん……。まぁ、その可能性も、なくはないかな……? これから、ダンジョン内の畑の様子を見に行くの」


「ほぉ、そこが次のらいぶ会場かの! 妾の歌でっ、無知蒙昧な作物どもを踊り狂わせてやるのじゃ!!」


 アルラウネプリマのローズは、【植物扇動】というスキルを持っている。

 これを使えば、歌によって下位の植物系の魔物を扇動出来るんだ。自害させることも出来るから、大量に収穫するときは役立つよ。


 スラ丸、ティラ、ローズ、ブロ丸を引き連れて、私はダンジョン内の畑に到着した。

 ここで、私が育てた野菜の魔物たちを紹介しよう。


 『ファングトマト』──大きな口と鋭い牙を持つトマトで、体長は六十センチ。

 持っているスキルは【奪命牙】で、噛み付いた相手の生命力を奪うから、かなり危険な魔物だよ。

 幸いにも手足がないので、移動は出来ない。進化すると人型の身体を手に入れるので、栽培には気を遣った。


 『ランスキャロット』──先端が硬くて鋭利になっているニンジンで、体長は四十センチ。

 持っているスキルは【牙突】で、通常の二倍くらいの威力がある刺突攻撃だね。

 茎を使って跳躍しながら突撃してくるので、動けないファングトマトよりも厄介かな。


 『ナスビーム』──絵の蛸みたいな唇を持つナスで、体長は五十センチ。

 持っているスキルは【体液噴射】で、自分の体内にある液体と同じものを噴射してくる。

 一応、遠距離攻撃を行う魔物だけど、威力は大したことがない。ナスの汁も無害だし、身体が汚れて嫌な気持ちにさせられるだけだね。


 『ロックピーマン』──防御力が高いピーマンで、体長は四十センチ。

 持っているスキルは【岩石皮膜】で、体表を岩のように硬くするんだ。

 身体が硬いだけで攻撃してこないから、魔物というカテゴリーに入っているのが不思議だよ。


 『メカブ』──大きな単眼を持つカブで、体長は五十センチ。

 持っているスキルは【誘導眼】で、目を合わせた相手の思考を誘導する。

 彼我の実力差によって、効力が上下するので、弱い魔物が持っていても脅威にはならない。


 これら五種類の魔物が、私の畑のオールスターだ。

 早速だけど、ドロップアイテムを確かめよう。そう決めて、ローズに指示を出そうとしたら、彼女が一つ提案する。


「妾、ちと思い付いたのじゃ。この弱っちい魔物たちで、ヤキトリに戦闘経験を積ませるのは、どうかの?」


「あ、いいね。それは名案だよ。ヤキトリも進化させてあげたいし」


 私は硝子のペンで魔法陣を描き、この場にヤキトリを召喚した。

 この子はカラーヒヨコという魔物で、太っちょな赤色のヒヨコだよ。

 体長は四十センチくらいで、瞳が橙色。羽毛はフワフワで、とっても温かい。


 持っているスキルは【鳳雛】【火達磨】の二つ。

 前者は自分が死んだ際に効果を発揮するスキルで、一度だけ完全な状態で復活出来るというもの。復活後に、このスキルは失われるみたい。

 ヤキトリはフェニックスの卵から孵化したので、このスキルを持っている。けど、残念ながら、フェニックスへの進化条件は不明なんだ。


 後者のスキルは、自分自身を燃え上がらせるというもの。

 これを使って野菜の魔物に体当たりすれば、簡単に倒せるはず……。


「ヤキトリよっ、野菜どもに攻撃するのじゃ!! ふぁいやーーーっ!!」


「ピヨピヨ!!」


 ローズの指示に従って、ヤキトリは自らの身体を燃え上がらせると、よちよち歩きでメカブに突撃する。

 ヤキトリも大概弱いけど、この程度の相手なら楽勝──かと思いきや、メカブの単眼がキラリと光って、ヤキトリが踵を返した。

 この子は身体を炎上させたまま、私たちの方へと突撃する。


「ゆ、誘導された!? 噓でしょヤキトリ!?」


「メカブ、侮り難し……!! いや、ヤキトリが弱すぎるのかのぅ……?」


 私は愕然としながら頭を抱えて、ローズは呑気に首を傾げている。

 そんな私たちを守るように、スラ丸が前に出た。


「スラ丸っ、ヤキトリに怪我させたら駄目だよ!」


「!!」


 スラ丸は心得たと言わんばかりに、プルンと揺れると、その身体でヤキトリを受け止めた。

 ヤキトリは頭からスラ丸の中に突っ込み──しばらくして、頬をパンパンに膨らませた状態で、スポンと抜け出す。

 それから、再び踵を返すと、メカブのもとに駆け寄って、口から聖水を吐き出し始めたよ。


「み、水遣り、じゃと……!? そう誘導されるとは、流石の妾も予想外なのじゃ……!!」


「えぇぇ……。なにこの、ほっこりする戦い……」


 ヤキトリはメカブの【誘導眼】に敗れて、スラ丸の中に頭を突っ込み、口の中に聖水を蓄えて、水遣りを始めた。と、こういう流れだね。

 殺伐とは無縁な戦い。これに水を差すのは申し訳ないけど、私はローズに指示を出す。


「ローズ、メカブだけ始末して貰える?」


「うむ、任せてたも。こんなの歌うまでもなく、一捻りなのじゃ」


 ローズは童女から少女の姿に戻ると、蔦を伸ばしてメカブを引っこ抜き、キュッと絞め殺していく。

 彼女は攻撃系のスキルを持っていないけど、二段階も進化しているだけあって、この程度はお茶の子さいさいだよ。

 

 私の期待通り、野菜の魔物をダンジョン内で倒したら、きちんとドロップアイテムに置き換わってくれた。

 メカブのドロップアイテムは、そこそこ大きいけど普通の域を出ないカブと、小さな魔石。それから、種もあった。


 レアドロップは、『誘う点眼液』という代物で、点眼瓶に入っている白っぽい液体だ。これを目に点した状態で、誰かと目を合わせると、少しだけ相手の行動を誘導しやすくなるみたい。

 新しい薬の材料になるかもしれないし、そのまま使っても強力だよね。

 トールたちにプレゼントしたら、淫魔に【異性転身】を使わせないように、誘導出来るかもしれない。


「よしっ、ヤキトリ! 今度こそ頑張って、野菜の魔物を倒して! ふぁいやー!」


「ピヨピヨ!!」


 気を取り直して私が指示を出すと、ヤキトリは再び自分の身体を炎上させて、今度はファングトマトに突っ込んでいく。

 よちよち歩きで敏捷性が低いから、何度も噛み付かれそうになったけど、私がスキル【逃げ水】を連発して援護したよ。


 ヤキトリは体当たりによって、なんとかファングトマトを倒し、立て続けにランスキャロットとナスビームも撃破した。

 ロックピーマンには、ヤキトリの攻撃が通用しなかったので、ローズに始末して貰う。

 こうして、ヤキトリの初めての戦闘は、ちょっとハラハラしながらも無事に終わったよ。


 ……さて、メカブ以外のドロップアイテムを確認していこう。

 

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