第211話 第三階層

 

 ──トールたちは第二階層の中央で、下層へと続く螺旋階段を発見した。

 これを下りていくと、今度は木造の宿屋の内部みたいな場所に到着したよ。

 似ているのは内装だけで、構造は迷宮そのもの。複雑に入り組んだ通路と、あちこちに個室と繋がっていそうな扉がある。


「ここが、第三階層なの……? 第一、第二階層と比べると、一気に様変わりしたわね……」


「フィオナ、不用意に扉を開けるな。スラ丸、分身を先行させて、まずは通路の様子を探れ」


 フィオナちゃんがきょろきょろと辺りを見回しながら、手近な扉に近付こうとした。

 これをニュートが咎めて、セオリー通りにスラ丸の分身を活用する。

 その結果、分かれ道は幾つも見つかったけど、魔物は見つからなかったよ。


「──となると、部屋に入るしかねェなァ!! 扉をブチ破って突入すンぞッ!! いい加減、俺様は暴れたくてウズウズしてンだッ!!」


 第一、第二階層では殆ど出番がなかったトールは、フラストレーションを解消するべく、鋼の鎚で扉を破壊した。

 部屋の中は広々としており、簡素なダブルベッド、タンス、椅子、テーブルなんかの家具が置いてある。宿屋の一室って感じだね。


 それと、二匹の魔物の姿も発見した。

 割と人間に近い見た目のやつらで、片方が皺くちゃな老人、もう片方が老婆みたいな顔をしている。

 肌は黒ずんだ紫色で、耳が異様に長く、鼻と口が大きい。

 それと、普通なら白い眼球の部分が、全て黒く染まっている。


 腰には一対の蝙蝠みたいな翼が生えており、お尻からは悪魔のような黒い尻尾が生えているよ。

 体長は雄の方が二メートル、雌の方が一メートルと七十センチ程度だ。どっちも全裸だから、直視したくない。

 名前が分からないので、一先ずは『悪魔』と仮称しようかな。


 フィオナちゃんとニュートが、予め魔力を練り上げていたので、会敵と同時にぶっ放すかと思った。けど……二人とも、悪魔を凝視しながら、硬直してしまう。


「えっ、シュヴァイン!? こっちにもいるのに、どういうことよ!?」


「スイミィ……なのか? いや、アーシャにも似ているが……お前は、誰だ……?」


 フィオナちゃんは雄の悪魔とシュヴァインくんを交互に見遣り、頭の上に疑問符を乱舞させた。

 ニュートは困惑しながらも、油断せずに短杖と細剣を構えて、雌の悪魔に疑問を投げ掛けている。

 トールとシュヴァインくんも、雌の悪魔を見つめて困惑しているし、一体どうしたんだろう?


 私が首を傾げていると、悪魔たちがニタリと嗤って、攻勢に移った。

 雄の悪魔は鋭い爪を伸ばして、フィオナちゃんに襲い掛かる。その爪は微かな光輝を帯びているので、なんらかのスキルを使っているはずだよ。

 シュヴァインくんは透かさず割り込み、【挑発】を使いながら盾で受け止めた。


「さ、させない……ッ!! ボクが相手だ……ッ!!」


「シュヴァインとシュヴァインが戦ってる!? ど、どっちが本物なの!?」


 フィオナちゃんの目には、雄の悪魔がシュヴァインくんに見えているらしい。

 詳細は不明だけど、悪魔のスキルの影響だろうね。

 雌の悪魔はトールとニュートに対して、炎の弾丸を連続で放ってきた。

 連射性能が【火炎弾】とは全然違うから、【火炎連弾】ってところかな。


「この魔法は……ッ!? やはり、スイミィでもアーシャでもないか……!!」


 ニュートは【氷壁】を使って攻撃を受け止め、それから【氷鎖】を使って雌の悪魔を拘束した。

 氷の壁から伸びた四本の鎖は、強い冷気を帯びているので、拘束中の敵をじわじわと凍らせていく。


 ニュートの実力なら、普通に倒せたと思うけど……雌の悪魔を殺すことに、忌避感があるっぽい。そういう感情が、表情に滲んでいるよ。

 トールは雌の悪魔を無視して、シュヴァインくんと攻防を繰り広げている雄の悪魔へと肉薄する。

 そして、その横顔に渾身の一撃を叩き──込めなかった。


 突然、雄の悪魔の性別が入れ替わって、雌の悪魔に変身したんだ。


「くっ、クソがあああああああああああああああッ!! その顔に──ッ、なってンじゃねェよォッ!!」


 トールには悪魔がどう見えているのか、ちょっと気になる。

 攻撃を直前で止めたトールに、悪魔が片手を翳して、再びニタリと嗤いながら【火炎連弾】を放つ。

 トールは飛び退いて回避を試みたけど、連射性能が高い攻撃だから、思いっきり被弾してしまった。


「それがあんたの正体って訳ね!? シュヴァインじゃないならっ、遠慮はしないわよ!!」


 フィオナちゃんが片腕を振り抜いて、スキル【炎刃鳥】を使う。

 四羽の炎の小鳥が放たれて、自由自在に室内を飛び回り、その翼で雌の悪魔の身体を焼き切っていく。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 悪魔は濁った悲鳴を上げて、最期は喉元を焼き切られ、崩れるように力尽きた。

 勝負が付いたところで、ニュートがトールに駆け寄り、彼の安否を確かめる。


「トールっ、大丈夫か!?」


「チッ、慌てンじゃねェ……。この程度は、屁でもねェぜ」


 【火炎連弾】を浴びたトールは、身体のあちこちに火傷を負っていたけど、すぐに再生したよ。

 私の支援スキルのバフ効果があるからね。例の如く、即死じゃなければ問題ない。


「もうなんとなく、どんな魔物なのか察したけど……この老婆の魔物って、あんたたちにはどう見えているの?」


 氷の鎖で拘束している雌の悪魔。そいつを指差しながら、フィオナちゃんはみんなに尋ねた。


「「「…………」」」


 男の子たちも、なんとなく察しているみたいだけど、全員が揃って沈黙を貫く。

 まぁ、私も察したよ。恐らく、自分が好意を寄せている人の姿に、見えているんだろうね。

 これは異性の悪魔に限った話で、同性の悪魔は通常の姿に見えるっぽい。


 テツ丸には性別がないから、その視界には雌雄共に、悪魔の姿として映る。

 その視界を覗き見している私にも、悪魔の姿が見えているよ。

 肉眼で見たら、雄の悪魔は見え方が変わると思うけど……誰の姿になるのか、少しだけ興味が湧いた。


 フィオナちゃんは男の子たちをじろりと見回して、これ見よがしに溜息を吐く。


「はぁー……。まったく、男なら堂々と言いなさいよ! そういう女々しい態度を見せられると、女の子は幻滅しちゃうんだからねっ!」


「ぼ、ボクは……っ、身近な女の子たちの姿が、代わる代わる見えて……」


 シュヴァインくんは真っ先に観念して、素直に白状した。

 当然、恋人のフィオナちゃんはキッと睨み付けたけど、今は怒りを抑えているのか、責めたりしないみたい。


「──で、あんたたちは?」


「俺様のことはどうでもいいだろォがッ!! テメェには関係ねェよッ!!」


「フンっ、どうせアーシャの姿でしょ!! そりゃあ攻撃の手が止まるわよね!! このっ、色惚けトール!!」


「あァ゛!? うるっせェ!! ほっとけ馬鹿女がッ!!」


 フィオナちゃんに罵倒されて、トールは額に青筋を浮かべながら怒鳴った。

 なんか、盗み聞きしちゃって、ごめんね……。

 私は申し訳ない気持ちになりながら、ふとニュートの様子が気になって、テツ丸に視線を向けて貰う。

 すると、彼は腕を組みながら、拘束中の悪魔を見遣って、頻りに首を傾げていた。


「ワタシには……スイミィとアーシャを足して二で割ったような、そんな少女の姿が見えているが……」


「て、テメェ……ッ、クソ眼鏡ェ!! ブッ殺されてェのかッ!?」


 トールがニュートに掴み掛ろうとしたけど、フィオナちゃんがシュヴァインくんを嗾けて、無理やり押し留める。


「色惚けトールは黙ってて!! ニュートってば、アーシャのことが好きになっちゃったの!?」


「好き……? アーシャには、助けて貰った恩があるからな……。好意を抱いているのは、確かだが……ワタシの中で、彼女はスイミィと同列、なのか……?」


 どうやら、ニュートは自分の心を見失っているらしい。

 フィオナちゃんは瞳を輝かせて、恋バナでも始める乙女みたいな表情を浮かべた。かと思いきや、一呼吸置いて思案顔になり、小さく独り言を漏らす。


「弄って拗れたら面倒だし、今はそっとしておくべきね……」


 この後、みんなは雌の悪魔をステホで撮影して、どんなスキルを持っているのか確かめた。

 奴の名前は『レッサーサキュバス』で、悪魔というよりは淫魔だったよ。

 持っているスキルは、【異性転身】【異性誘惑】【火炎連弾】の三つ。


 一つ目は、自分の身体を異なる性別のものに変化させるスキルで、これを使うと持っているスキルや能力まで変わるらしい。

 二つ目は、自分の姿を異性に誤認させるスキル。好意を寄せている相手の姿に、見えるようになるんだ。

 三つ目は、炎の弾丸を連射する魔法だよ。


 フィオナちゃんが『それで──』と前置きして、物凄く大事な質問を全員に投げ掛ける。


「あんたたち、この悪魔を攻撃出来るの? ネタが割れたのに攻撃出来ないとか、言い出さないわよね?」


 いやいや、そんなまさか……。私は苦笑しながら、楽観視したんだけど、


「「「…………」」」


 男の子たちは、全員が揃って沈黙した。……どうやら、ここにきて、彼らの天敵が現れたみたい。

 ま、まぁ、雌の悪魔はフィオナちゃんが倒せばいいし、テツ丸だって戦えるし、全然問題ないと思う。

 

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