第210話 第二階層

 

 ──ダンジョンの発見から三日後。

 村長さんや村人たちと話し合って、盆地の村を移転させることが決まった。

 村長さんがダンジョンを見学したり、トールたちがその護衛に就いたり、幾つかのイベントを熟してから、私は開拓作業に取り掛かる。


 ブロ丸が山を切り崩して、スラ丸が土砂を適当な場所に捨てる。スキルを駆使すれば、山一つくらいは数週間で撤去出来るかな。

 山に生息している魔物たちが、縄張りを荒らされたから襲ってきたけど、ティラに撃退して貰った。

 世の中は弱肉強食。ここはもう、私たちの縄張りだよ。


「ブロ丸、次はあっちから崩して。スラ丸、木材は捨てないでね。家を建てるのに必要だから」


 私の指示に従って、二匹はテキパキと働いてくれる。

 目下の悩みは、大工さんがいないこと。木材が幾らあっても、きちんとした家を建てられないんだよね。

 一応、村には一人だけ、元大工のお爺さんがいるけど……村一番のご高齢だから、職業レベルやスキルの恩恵があっても、働くのは難しい。


 近隣の村から大工さんを借りるべく、村長さんが交渉してくれることになったので、そちらはお任せしよう。

 私は開拓作業を指揮しながら、【感覚共有】を使ってテツ丸の視界を覗き見する。

 今日はトールたちが、欲望の坩堝の第二階層に挑むんだ。そろそろ到着する頃だと思う。


「──っしゃァ!! テメェらッ、気合入れろやァ!! 久しぶりの冒険だからって、腑抜けたら承知しねェぞッ!! 突撃ィ──ッ!!」


「トール、落ち着け。逸る気持ちは分かるが、冷静かつ慎重に挑むべきだ」


 トールが暴走しそうになったけど、ニュートがいい感じに手綱を握ってくれた。

 彼らの現在地は、第一階層の中央にある縦穴の目の前だよ。穴の直径は二十メートルくらいで、中には苔だらけの螺旋階段が、下へ下へと伸びている。


「どんな魔物が出たって、あたしの魔法でドカンと爆殺よ!! シュヴァインっ、護衛は任せたわ!!」


「う、うん……っ!! 何があっても、絶対に守るから……っ!!」


 フィオナちゃんとシュヴァインくんも、いつも通りの調子でダンジョン探索に臨んでいる。

 リーダーだったルークスがいなくても、パーティーは上手いこと纏まっているんだ。

 私はそのことに安堵しながら、少しだけ寂しくなってしまう。


 これから第二階層に挑むのは、この四人+スラ丸三号とテツ丸だよ。

 一行は慎重に螺旋階段を下りて、第二階層へと到着した。

 またもや夜の森だったけど、第一階層とは違って、所々に薄桃色の靄が漂っている。


「あの靄はなんだ……? 第一階層では、見掛けなかったが……」


 ニュートは冷静に見極めようとしたけど、トールが我先にと歩き出す。


「突っ込ンで確かめりゃァいいだろ!! 細けェこたァ、危なくなってから考えンだよ!! 俺様が先頭だッ!! 行くぜェ!!」


「馬鹿トールっ、突っ込ませるならスラ丸の分身が先でしょ!!」


 フィオナちゃんはトールを引き留めてから、スラ丸に【遍在】を使わせて、分身を薄桃色の靄の中に突入させた。

 すると、スラ丸の分身がすぐに動きを止めて、スヤスヤと眠り始めたよ。


「あっ、思い出した……!! ボク、これ知ってるよ……!!」


 シュヴァインくんがハッとして、みんなに薄桃色の靄の正体を知らせる。

 彼曰く、これはピンクリリーの花粉らしい。

 彼は以前、流水海域でフィオナちゃんとスラ丸を狙う刺客に襲われたとき、この花粉を敵に投げ付けられたことがある。

 それで呆気なく眠らされて、不甲斐ない思いをしたので、二度と同じ手を食らわないよう、後になってどんなものか調べたみたい。


 ピンクリリーというのは、ゴマちゃんのスキル【花吹雪】で、ランダムに出る四色の花弁の一つだね。

 普通に自生している植物だけど、こうも花粉が一か所に纏まって漂うことは、あり得ない現象だとか……。


「──つまり、魔物のスキルだと考えるのが妥当か。シュヴァイン、対処方法は?」


「か、花粉を吸い込まないか、事前に緑色のポーションを飲むこと……。それと、眠った人に、少しでも痛みを与えれば、起きるって……」


 ニュートに質問されて、シュヴァインくんがそう答えた。どれも実践するのが簡単な対処方法だよ。

 フィオナちゃんはスラ丸の中に手を突っ込み、緑色の下級ポーションを取り出す。


「事前に飲んで解決するなら、なんの問題もないわね! ポーションだったら、アーシャにいっぱい貰っているもの!」


 みんなはポーションを飲み干して、いざ花粉の中に突入した。

 そうして、一行が発見したのは、ピンクリリーの花畑とアルラウネの群れ。

 アルラウネと言えばローズだけど、ここに生息しているアルラウネは、彼女と全然違う。


 下半身が桃色の百合の花で、上半身は人型の宇宙人っぽい。

 目が人間よりもずっと大きくて、口が頬まで裂けており、肌は完全な緑色。

 体長は一メートル半くらいで、あんまり可愛くない。


「チッ、見るからに雑魚じゃねェか……ッ!!」


 トールがステホで撮影して、苛立った様子を見せた。

 敵の名前は『アルラウネダンサー』で、持っているスキルは【草花生成】【催眠の花粉】の二つ。

 後者のスキルが、周辺に花粉を漂わせている原因だね。


 このアルラウネは腰をくねらせて、踊りながら花粉を撒き散らしている。

 群れはニ十匹前後で形成されているけど、ダンサーしかいないから、花粉対策さえすれば楽勝かな。


「さぁてとっ、あたしがドカンと殺っていいわよね!?」


「待て、花粉に引火したら爆発するかもしれない。ここは、ワタシとテツ丸の出番だ」


 ニュートはフィオナちゃんを下がらせて、短杖をアルラウネの群れに向けた。

 彼の身体から冷たい魔力が立ち昇り、アルラウネの群れをスキル【氷乱針】が襲う。


 足元から乱立する大きな氷の針が、次々とアルラウネを串刺しにして、そのまま氷結させた。

 何匹かは散開して難を逃れたけど、テツ丸が操作する刃の子機によって、頭や胸を貫かれる。


 子機を操る鋼の頭脳、スチールブレイン。そんな魔物に進化したテツ丸は、呼吸もしないし眠りもしないので、ポーションがなくても花粉の影響を受けない。

 アルラウネダンサーにとっては、どう考えても天敵だよ。


「ああもうっ!! この階層でもあたしの出番がないの!? 上でもドカンって出来なかったし、フラストレーションが溜まってきたわ!!」


 フィオナちゃんが頭を掻きむしって、不満を爆発させた。

 彼女の十八番であるスキル【爆炎球】は、『ガマ油の杖』と『燃える拡大の指輪』という、二つのマジックアイテムによって強化されている。


 元々は直径五メートルの、爆発する炎の球だったけど……今では直径十メートルの、爆発する焼夷弾になっているんだ。

 ここだと明らかに威力が過剰だし、森が燃える危険性もあるので、しばらくは封印して貰うしかない。


「ふぃ、フィオナちゃん……!! どうしてもって言うなら、ボクが受け止めるよ……!!」


「シュヴァイン……っ、それは愛ね!?」


「う、うん……っ!! 愛だよ……!!」


 シュヴァインくんが盾を構えて、フィオナちゃんと向き合い、馬鹿なことを言い出した。

 彼にはスキル【炎熱耐性】があるので、炎によるダメージは軽減される。

 でも、今のフィオナちゃんの【爆炎球】は、流石に厳しいと思う。

 馬鹿なカップルの攻防が、勃発しそうになったけど、これはトールが止めてくれた。


「テメェらッ、アホやってンじゃねェぞ!! ドロップアイテムをさっさと拾えや!!」


「アホってなによっ、失礼しちゃうわね!! トールだって、アーシャに『ブロ丸の攻撃を受け止めて!』って言われたら、受け止めるでしょ!?」


「受け止めねェよッ!! 馬鹿がよッ!!」


 いくらトールが怪力とは言え、最大サイズのブロ丸を持ち上げることは出来ない。黄金は重たいからね。

 ただ、少し前に試してみたら、微動だにしないということはなかった。

 レベル30の戦士で、スキル【剛力】と【金剛力】を取得しているというのは、凄まじいことなんだ。


「ふむ、ドロップアイテムは花粉か……。悪くないな」


 ニュートは一足先に、アルラウネダンサーのドロップアイテムを確認していた。

 それは、手のひらサイズの布袋で、中身は薄桃色の花粉だったよ。


 アイテムの名前は『スリープパウダー』で、催眠作用がある代物だ。

 誰かを生け捕りにするとか、村人たちの護身用に持たせるとか、使い道は幾つか思い付く。

 小さい土の魔石も手に入ったので、これは私が買い取ろうかな。


 この後も、トールたちは第二階層の探索を続けて、アルラウネダンサーを狩りまくった。

 百匹以上狩ったところで、レアドロップが手に入る。


 『花咲く踊り子の衣装』──これを装備して踊ると、観客の眠気を誘う。

 露出度が高い桃色のビキニに、薄すぎる布がくっ付いたような代物だよ。


「こ、これは……!? フィオナちゃんに、似合う……っ!!」


「そうよねっ、あたしもそう思うわ!! これ、あたしが貰ってもいいでしょ!?」


 シュヴァインくんに勧められて、フィオナちゃんは自分で装備する気満々になった。

 しかし、ニュートが顔を顰めながら、首を横に振る。


「いや、駄目だ。お前が着ると、スイミィまで真似をしてしまう」


「真似したっていいじゃない! アーシャにも着させて、三人で踊ってあげるわよ!?」


「却下だ。最近、風紀の乱れが著しいぞ。この辺りで、意識改革を行うべきだろう」


 ニュートは頑として譲らず、踊り子の衣装をスラ丸の中に突っ込み、二度と出すなと言い含めた。

 そこまで言うなら、捨てればいいのに……。レアドロップだから、勿体ない精神が発揮されたみたい。


「うぅ……っ、フィオナちゃんたちの踊り子姿……!! ボクっ、見たかったよぅ……!!」


 シュヴァインくんが悔しくて泣いているけど、私は踊り子の衣装を着なくて済んだことに、ホッと安堵している。

 フィオナちゃんに押し付けられたら、なんだかんだで着て踊ることになりそうだし、戦々恐々としていたんだ。


 ここで、ニュートは全員の意識を切り替えさせるために、無理やり話題を変えた。


「このダンジョンの名前は欲望の坩堝で、第一階層のテーマは食欲だと、アーシャが言っていたな……。ならば、この第二階層のテーマは、睡眠欲か」


 現地にいるニュートの分析を聞いて、私はウンウンと首を縦に振る。



 ……そういえば、ミケが期待していたテーマの階層って、次かもしれないね。

 人間の三大欲求である食欲、睡眠欲と続いたら、第三階層は性欲だと予想出来てしまう。

 子供が挑むのは感心しないので、探索を控えて貰いたい。そんな私の願いも虚しく、トールが吠える。


「オイっ、さっさと第三階層に下りちまうぞッ!! この階層は歯応えがなくてッ、クソつまンねェ!!」


「そうねっ、それがいいわ!! あたしもこの階層は、退屈だから嫌いよ!!」


 フィオナちゃんが同調したことで、シュヴァインくんも首を縦に振り、パーティーの過半数が第三階層へ挑むことで纏まった。

 ニュートは少しだけ思案したけど、最終的には賛成したよ。


「そうだな……。ここでは敵が弱すぎて、レベル上げも捗らない。第三階層へ挑むとしよう」


 私は反対したいけど、その理由が『エッチな階層だから駄目!』なんて、ニュート以外は聞き入れてくれなさそう……。

 

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