第208話 バロメッツ

 

 ──私たちは三十分ほど歩いて、轟々と降り注ぐ滝がある場所へと到着した。

 周りには緑が生い茂っており、マイナスイオンが溢れているように感じられる。

 滝の裏手には洞窟があって、下へ下へと続く螺旋階段が伸びていたよ。


「ぬおおおおおおっ!! た、滝の裏にダンジョン!! 浪漫なのだ……ッ!!」


 リヒトくんが我先にと、階段を駆け下りようとしたけど、ペンペンが彼を持ち上げて制止させる。

 ここで、ミケがチラっと私を見遣り、やや緊張感を滲ませながら口を開いた。


「ご主人、どうやって探索するのかにゃあ……? このまま、みゃーが先頭……?」


「うーん……。スラ丸の分身を先頭にしよっか。その後ろから前衛のペンペン、遊撃のミケ、後衛の私、スイミィちゃん、リヒトくんで。スラ丸、ティラ、ブロ丸は後衛の護衛かな」


 目や耳、それに勘もいいから、ミケには斥候の才能があるんだけど……未知のダンジョンで、先頭を歩く自信はないみたい。

 そんな訳で、陣形を変更した。それから、全員に私の支援スキルを掛け直しておく。

 ペンペンはスイミィちゃんの支援スキル、【流水皮膜】も掛けて貰ったよ。


 【流水皮膜】は体表に薄っすらと流水を纏って、軽い攻撃を受け流してくれるんだ。

 持続時間はあんまり長くないから、基本的には前衛に使うだけで、スイミィちゃんの魔力を温存する。


「……準備、出来た。……ペンペン、がんばれ」


「ピィ……!!」


 スイミィちゃんが熱の籠った声援を送ると、ペンペンは力強く頷いて階段を下り始めた。

 みんなで後に続き──途中、私は疲れてきたので、ブロ丸を椅子の形状にして座ることにした。

 ブロ丸は私を乗せた状態で、全く揺れることなく動いてくれる。


「……姉さま、スイも。……スイも、乗りたい」


 スイミィちゃんもブロ丸に乗りたがっているので、私の隣に座らせてあげた。

 お互いに、スラ丸の中から飲み物やおやつを取り出して、快適な移動が始まったよ。

 こうして、螺旋階段を下り切ったところで──リヒトくんが、物凄く微妙そうな顔をこちらに向けてくる。


「ぬぅ……。自分の足で歩くのが、冒険の醍醐味だと思うのだ……。後ろで椅子に座って、おやつまで食べられると、冒険らしさが激減してしまうのだぞ」


「……これ、楽ちん。……リッくんも、座る?」


「リヒトは駄目にゃ! そしてっ、みゃーが座るのにゃあ!! ここは、みゃーのハーレム指定席にゃんだよ!!」


 スイミィちゃんがリヒトくんを手招きしたけど、ミケが即座に割って入った。

 そして、ミケは私とスイミィちゃんの膝の上に、我が物顔で身体を寝転ばせて、だらしない表情でセクハラをする。

 太腿に頬擦りしたり、お尻を触ってきたり……。この子、最近は罠を作って活躍しているから、調子に乗っているのかも。


「……ミケ、ダメ」


 スイミィちゃんがミケの尻尾を掴み、毛を逆立てるように擦った。


「はにゃあっ!? そ、それはやめるのにゃ……っ!! ゾワゾワして、力が抜けちゃうのにゃあ……!!」


 ミケは悲鳴を上げながら脱力して、そのまま地面の上に転げ落ちた。

 尻尾にそんな弱点があるなんて、私は知らなかったよ。



 ──さて、ここからは、本格的なダンジョン探索が始まるので、気を引き締めよう。

 私たちが洞窟を抜けると、断崖絶壁に囲まれた夜の森に、足を踏み入れることになった。

 ダンジョンの外は昼間なんだけど、ダンジョンの中は夜間になっている。時間帯が固定されている階層っぽいね。


 天井には、精巧な星空が映し出されており、天の川が流れている。

 月は出ていないけど、五メートル先までなら視認出来る程度には明るい。

 私は【光球】を浮かべて、視界を広げながら、スラ丸の分身を先行させた。


 【光輪】と【感覚共有】を併用して、スラ丸の視界を覗き見していると──早速、三匹の羊の姿を発見。目が虚ろで不気味な、例の羊だよ。


「羊がいたけど、誰が倒す?」


「……ミケ、やって。……スイのお肉、むだにしちゃ、ダメ」


 私が問い掛けると、スイミィちゃんはミケを指名した。

 魔法使い二人の攻撃だと、羊がボロボロになっちゃうからね。

 ミケの弓矢で額を撃ち抜くのが、最も綺麗にお肉がとれる方法なんだ。


「任せろにゃ! 狩りが上手いオスは、モテるのにゃあ!」


 ミケは姿勢を低くしながら駆け出して、羊を見つけると木の上に登り、素早く弓矢を構えた。

 そして──連続で放たれた三本の矢は、それぞれが羊の額に命中し、見事に狩りを成功させたよ。


「本体の植物の魔物が、近くにいるはずなんだけど……」


 私がきょろきょろと、周囲を見回していると、ミケが獲物をリヒトくんに見せびらかして、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「にゃはははははっ!! リヒトっ、これがハイレベルにゃオスの戦果だにゃあ!! 雑魚オスのおみゃーには、真似出来にゃいでしょ!? ざーこ! ざーこ!」


「ぐぬぬ……っ!! わ、我だって剣を使えば、羊くらい綺麗に狩れるのだ!! アーシャっ、次の羊は我がやるのだぞ!!」


「うんうん、分かった分かった。それよりも、魔物を探してよ」


 森の中だから、植物系の魔物は見つけ難い。

 しかも、お目当ての魔物は羊を生み出すだけで、強さは小動物と大差がないっぽい。

 そのため、スキル【気配感知】を持っているティラが、魔物と小動物の気配を区別出来ていないんだ。


 みんなにも手伝って貰い、注意深く周囲に視線を巡らせていると──スイミィちゃんが、私の服の袖を指先で摘まんできた。


「……姉さま、見つけた。……多分、アレがそう」


 彼女が指を差す先には、鬱蒼とした草むらがある。ジッと目を凝らすと、その中にトウモロコシの茎みたいな魔物を発見した。

 その子は根元を曲げて、静かに隠れ潜んでいるよ。


 ステホで撮影してみると、『バロメッツ』という名前の魔物だと分かった。

 持っているスキルは【羊生成】で、これを使って羊を実らせていたんだ。

 子羊から成熟した羊まで、調整して実らせることが出来るみたい。


「スラ丸、ちょっと近付いてみて」


「!!」


 私の指示に従って、スラ丸がバロメッツに接近していく。

 すると、バロメッツは茎の身体をブンブンと振り回して、拙い攻撃を仕掛けてきた。

 そして、スラ丸のプニプニボディに呆気なく弾かれ、この世の終わりみたいに落ち込んでしまう。


「……姉さま。スイのはんばーぐ、いじめたら、メッ」


「いや、虐めてるつもりは……まぁ、強さの分析なんて必要ないかな……。それじゃあ、テイムするね」


 スイミィちゃんに、メッと怒られてしまったので、私はスラ丸を呼び戻した。

 それから、意識を集中させて、目には見えない繋がりをバロメッツに伸ばす。


 ……自分はただの植物だと、必死に誤魔化そうとしている様子が伝わってきた。

 今更、その主張は無理があるよ。スラ丸に近付かれて、動いちゃったでしょ。


「…………ほほぅ、私を無視するつもり? スラ丸、軽く体当たりして」


 バロメッツが無視を決め込んでいるので、私は再びスラ丸を嗾けた。今度は軽く体当たりもさせたよ。

 これだけで、バロメッツは心が折れたらしく、私に服従した。


「……姉さま、テイムした? ……スイのはんばーぐ、テイムした?」


「うんっ、出来たよ! 名前は……羊、シープ、ラム肉……。よしっ、決めた! キミの名前は、今日からラム! よろしくね!」


 私が命名すると、ラムは茎を折り曲げて、丁寧にお辞儀してきた。

 この子はスラ丸の【転移門】で、一足先に家の庭に送り届けて、グレープの隣に植えておく。仲良くしてね。


 スキル【草花生成】や【果実生成】みたいに、【羊生成】が私の【耕起】と噛み合うのか、ちょっと気になる。

 品質が向上するのか、あるいは魔物化するのか……。後者の場合、野菜の魔物より強くなりそうだし、村に滞在している間は控えておこうかな。


 負ける気は全くしないけど、万が一にも逃げ出して村に迷惑を掛けたら、申し訳ないからね。

 考えが纏まったところで、私たちは引き続き、ダンジョンの探索を続行する。


「──あっ、また見つけた。ドロップアイテムが気になるし、今度は普通に倒してみよっか」


「我がやるっ!! 我の魔人の雷が、獲物を求めて疼いているのだ!!」


 再びバロメッツと遭遇したので、リヒトくんが剣を使って羊を屠殺。

 それから、過剰な威力の【雷撃】を放ち、バロメッツを消し炭にした。


 死体が残らないような倒し方をすると、即座にドロップアイテムに置き換わる。

 バロメッツのドロップアイテムは、少量の羊のお肉と、小粒の土の魔石。それから、レアドロップの魔物メダルも手に入った。


 裏ボスに挑むつもりは皆無だけど、幸先はいいね。

 魔物メダルをステホで撮影すると、『欲望の坩堝』というダンジョンの裏ボスに、挑むための代物だと判明した。


「なるほど……。このダンジョンの名前は、欲望の坩堝だって。第一階層のテーマは、食欲かな」


 羊は無職の子供たちでも、囲めば簡単に狩れる。バロメッツの攻撃は大したことがないし、村人たちにとっては、有難いダンジョンだと思う。

 盗賊に村が滅ぼされて、難民になった人たち。彼らを集めて、このダンジョンで羊狩りをして貰えば、穏便に共存出来るかもしれない。


「にゃにゃっ、欲望と言えば!! 色欲っ、情欲っ、性欲だにゃあ!! このダンジョンには、エッチにゃ魔物がいるに違いにゃいよ!! ご主人っ、もっと奥まで探索するのにゃ!!」


 私は至極真面目なことを考えているのに、ミケは馬鹿げたことしか考えていない。

 まぁ、これくらいお馬鹿な子がいると、気が楽になることもあるし、別にいいけどね。


「とりあえず、第一階層を徹底的に探索するよ。バロメッツ以外にも、魔物がいるかもしれないから、気を引き締めてね」


 戦闘職以外の人でも、余裕を持って羊狩りが出来るという、確証が欲しい。

 強い魔物や危ない罠が、存在しなければいいんだけど……。

 

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