第207話 新たな冒険

 

 ──不気味な羊を捕まえて、ハンバーグを作った日の夜。

 私が自分の家で、リリィ以外の従魔たちを愛でていると、真剣な面持ちのニュートが訪ねてきた。


「アーシャ、スイミィの居場所を知らないか? 兄として、そろそろ注意しなければならないことが、あるのだが……」


「スイミィちゃんなら、私の後ろにいるよ」


 彼女は私の腰にしがみ付いて、ぐりぐりと頭を押し付けている。夕食の後から、ずっとこの調子なんだ。

 私が村の子供たちに振る舞ったハンバーグは、余分に作り置きして、トールたちにも食べさせてあげた。

 勿論、スイミィちゃんも食べたんだけど、これが思った以上に大好評で、もっと食べたいと強請られている真っ最中だよ。


「……はんばーぐ、とても美味。……スイ、毎日食べたい。……兄さまも、おねだりする」


「確かに美味だったが、毎日となると流石に飽きるだろう。それよりも、ワタシの話に耳を傾けろ」


 シスコンのニュートにしては珍しく、スイミィちゃんに厳しい眼差しを向けている。

 私は関係なさそうだけど、なんとなく居住まいを正しちゃった。


「……兄さま、ちょっと怖い。……スイ、怒られる?」


「そうだ、今から説教を始める。スイミィ、これはなんだ?」


 ニュートはそう言って、懐から青色の下着を取り出した。

 布面積が少ないやつで、私には見覚えがある。これは、スイミィちゃんの下着だよ。


「……スイの、ぱんつ。……兄さま、ぬすんだ?」


「断じて違うッ!! リリィの馬鹿がまた盗んでいたから、取り返してやったんだ! それよりも、この意匠はどういうことだ? 淑女たるもの、もっと慎みのある下着を身に着けるべきではないのか?」


「…………」


 リリィは『盗賊の職業レベルを上げる』という、立派な大義名分を得てから、精力的に下着泥棒をしているらしい。

 褒めようとは思わないけど、順調にレベルが上がっているので、私としては怒る気にもならない。


 ニュートは黙り込むスイミィちゃんに詰め寄り、滾々と説教を続ける。


「ワタシも父上も、お前をそんな卑猥な子に育てた覚えはない。きっと、母上が草葉の陰で泣いているぞ。こんなことは言いたくないが、端的に言って、今のお前はエッチだ。これは由々しき事態だと言える。しかも、ここ最近は妄りに、シュヴァインと接触することが増えているだろう? 高貴な者としての自覚が、薄れてきているのではないかと、ワタシは心配しているんだ」


 サウスモニカ侯爵家から追い出されて、貴族の身分を失ったとは言え、自分たちの血は卑に非ず。心は常に、気高く在れ。

 毅然とそう言い放ったニュートの雰囲気は、息を呑むほど貴族然としていた。


「……スイ、エッチちがう。……兄さま、うるさい」


 スイミィちゃんはプイッとそっぽを向いて、ニュートを邪険にしたよ。

 そんな対応をされたのは初めてだったのか、彼は『ぐぅっ!?』と呻いて蹲り、わなわなと震えながら声を荒げる。


「う、煩い……だと!? 馬鹿なっ!? 敬愛するべき兄に対してっ、その言い草はなんだ!?」


「……兄さま、もうキライ。……スイに、いじわる言う」


 スイミィちゃんはニュートから離れて、ブロ丸に抱き着いた。

 すると、ブロ丸が【変形】して、スイミィちゃんが引き籠れる箱になったよ。

 きちんと空気穴が開いているので、安心安全の設計だ。


「こらっ、スイミィ!! 出てこい!! 話はまだ終わっていないぞ!! ブロ丸っ、スイミィを出せ!!」


「……丸ちゃん、スイの味方。……兄さま、ばいばい」


 ニュートはブロ丸をドンドンと叩いたけど、ブロ丸がスイミィちゃんを差し出す様子はない。

 残念ながら、ニュートに魔物使いの才能はないね。


「アーシャっ、どうにかしろ!! ブロ丸はお前の従魔だろう!?」


「私はティラの毛並みを整えるのに忙しいから、兄妹の喧嘩に巻き込まないで」


 ティラのモフモフは頻繁に手入れしてあげないと、僅か数日でゴワゴワになってしまう。そのため、日々のブラッシングは欠かせないよ。

 この後は、ゴマちゃんのフワフワの手入れもしないといけないし、喧嘩に付き合っている暇はないんだ。




 ──翌朝。黎明の牙のメンバーが、家の庭に集合した。

 ニュートとスイミィちゃんの喧嘩が尾を引いて、軽くピリピリした雰囲気の中で、私たちは朝食をとる。

 小麦粉に水を混ぜて、固めて焼いただけのパン。これに適当な具材を乗せれば、この村の一般的な朝食が完成するよ。


「みんな、ちょっと聞いて。実は、川の上流にダンジョンがあるみたいなの」


「へェ……!! そりゃァ朗報じゃねェか!! 飯を食い終わったら、すぐに挑もうぜ!!」


 私が齎した情報に、トールが逸早く反応した。

 冒険者の本分は冒険なので、とってもワクワクしているのが、表情からひしひしと伝わってくる。

 他の面々もトールと同様の反応を見せたけど、フィオナちゃんがハッとして、努めて冷静に彼らを諭す。


「あんたたち、少し落ち着きなさいよ。盗賊が頻繁に現れるんだから、冒険をしている暇なんてないわ」


「盗賊っつっても、最近は雑魚ばっかじゃねェか。リヒト、テメェら二軍でどうにかしとけや」


「なぬっ!? わ、我も冒険がいいのだ……!!」


 トールに仕事を押し付けられたリヒトくんは、ポニーテールを萎れさせながら瞳を潤ませた。

 今のところ、盗賊の平均レベルは20程度なので、一軍メンバーにとっては格下の相手なんだ。

 でも、二軍メンバーにとっては、格上の相手になる。

 

 スイミィちゃんとリヒトくんの魔法は強力だし、ペンペンが前衛として頑張ってくれるから、本気で戦えば勝てそうな気はするよ。

 でも、魔法使いの二人が、未だに人を殺す覚悟が足りていない。

 今のまま、二軍メンバーだけで盗賊退治をやらせるのは、結構心配かも……。


 私がそう思っていると、ニュートがスラ丸を見遣って意見を出した。


「スラ丸がいれば、距離は問題にはならない。ダンジョンの探索中に、村の近辺に盗賊が現れた場合、【転移門】を使って帰還すればいいのではないか?」


「あー、まぁ、確かに……。見回りも、スラ丸だけで十分だよね」


 現在、スラ丸は【遍在】を使って、村の近辺に大量の分身を配置している。

 盗賊を発見したら、スラ丸の本体が教えてくれるので、みんなで見回りをする必要はない。


「にゅ、ニュートくん……!! それだと、万全の状態で、盗賊と戦えなくなるよ……? ダンジョンでは、何が起こるか分からないし……」


「アーシャの支援スキルがあれば、然して問題はないと思うが……シュヴァインの意見にも、一理あるな」


 シュヴァインくんの忠告を聞き入れて、ニュートは腕を組みながら頭を悩ませた。

 ここで、尻尾をピンと立てたミケが、一つ提案を出す。


「一軍と二軍が順番に冒険して、片一方は村に残ればいいのにゃ。二軍は対人戦だと、精彩を欠くけど……みゃーとご主人がいるし、盗賊に負けたりしにゃいよ」


「アーシャがそっちに入るなら、余裕そうね。あたしは賛成よ」


 フィオナちゃんが賛成して、他のみんなも首を縦に振った。

 私にも異論はないよ。二軍メンバーの面倒を見てあげよう。

 最初は二軍メンバーが、ダンジョン探索へと赴く。これはコイントスで決めた。


 この後、私が鼻歌交じりに冒険の準備を整えていると、フィオナちゃんが訝しげな目を向けてきた。


「──出不精のアーシャが、随分とご機嫌に見えるわ! もしかして、何かテイムするつもり?」


「うん、よく分かったね。実は、羊を実らせる魔物をテイムしたいの」


 私が目的を話すと、スイミィちゃんがジト目を輝かせて、ギュッと抱き着いてきた。


「……姉さま、はんばーぐ? はんばーぐの、まもの?」


「ハンバーグに限った魔物じゃないけど……まぁ、そうとも言えるかな」


「……スイ、がんばる。……本気、出す」


 スイミィちゃんはシャチの戦術指南書を握り締めて、ジト目の奥に闘志を宿した。

 ダンジョン探索のメンバーは、私、ミケ、スイミィちゃん、リヒトくんの四人に加えて、スラ丸一号、四号、ティラ、ブロ丸、ペンペンだよ。


 私のスキル【水の炉心】と相性が良いユラちゃんは、村に残すことにした。

 私たちがダンジョンから出られなくなるとか、そういう不測の事態が起こったときに、大規模な盗賊団の襲撃が重なったら、ユラちゃんに活躍して貰うんだ。


「──それじゃあ、行ってくるね! 頑張るぞー!」


「うぬっ、頑張るのだ!! 久しぶりの冒険っ、我の稲妻が活躍するとき!!」


「みゃーのイケてるところ、ご主人に見せてやるのにゃあ!!」


 私が気炎を揚げると、リヒトくんとミケが便乗してくれた。スイミィちゃんも、無言で拳を突き上げている。

 こうして、私たちはミケを先頭に、山中の川へと向かい、そこから上流にあるダンジョンを目指した。

 ブロ丸に乗れば早いけど、たまには運動もしたいから、今回は徒歩で移動するよ。


 ──道中で、ミケの罠に引っ掛かっている野兎を発見したけど、変わった出来事はそれくらいかな。

 この野兎は体長が四十センチほどで、鋭い角が生えている。

 ステホで撮影してみると、名前は『ホーンラビット』で、持っているスキルは【脱兎】だった。

 これは、逃げ足が速くなるスキルで、人間の場合は盗賊が取得出来る可能性がある。


 リリィが憑依中のウーシャに、是非とも取得して貰いたい。

 無論、取得したら本体の私に移すんだ。生存能力を上げるためのスキルは、あればあるだけ頼もしいからね。

 

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