第206話 不気味な羊

 

 子供たちとブロ丸の船に乗って、冒険という名のお散歩をしている最中、道端で腰を痛めているお爺さんを発見した。

 私は船から飛び降りて、影の中から飛び出したティラの背中に乗り、お爺さんのもとへ駆けつける。そして、すぐに【治癒光】を使った。

 私の手のひらから、癒しの光が照射されて、お爺さんの曲がった腰が真っ直ぐになったよ。


「おお……っ、アーシャちゃん、ありがとねぇ……。すっかり腰がよくなったよ」


「どう致しまして、お大事に!」


 私はお爺さんに手を振って、きちんとお見送りしてから、ブロ丸の船に戻った。

 ここで、四歳くらいの幼女がトコトコと駆け寄ってきて、私にプレゼントをくれる。


「あーしゃおねえちゃん。これ、あげゆ……」


 それは、四つ葉のクローバーだった。

 マジックアイテムでもないし、特別な素材でもないけど、珍しいものだよね。

 『四つ葉のクローバーを見つけると、幸運が訪れる』みたいな迷信は、この世界にもあるんだ。


「本当にいいの? これ、キミの宝物じゃないの?」


「うん、いいの……。おじいちゃん、なおちてくれたから……」


 どうやら、この幼女とさっきのお爺さんは、親しい間柄らしい。

 私は幼女に感謝を伝えて、四つ葉のクローバーを懐に仕舞った。

 今の私は運気を高めることに熱心なので、とても嬉しいプレゼントだよ。是が非でも、スキル【箱庭】を取得したいからね。


「アーシャ姉ちゃんって、植物を魔物に出来るんだろ? クローバーの魔物は危ないから、気を付けろよ。オイラ、そいつに大怪我させられたことがあるんだ」


 ポテトくんがそう言って、自分の右腕の古傷を見せてくれた。

 鋭利な刃物によって切り裂かれたような、大きい傷痕だよ。

 後遺症はないみたいだけど、治しておこう。


「クローバーの魔物って、どんなやつなの?」


「葉っぱが刃になっていて、グルグル回転するんだぜ」


 大きさはこれくらい、とポテトくんは腕を軽く広げて見せる。大体、三十センチくらいだって。

 この世界では、割とどんなものでも魔物化するので、改めて恐ろしいと感じた。

 私たちがそんな会話をしていると、一人の男の子が船の上から、山の入り口付近を指差す。


「お姉ちゃんっ、あそこに羊がいる!! 捕まえて食べよう!!」


「えっ、羊……? なんで羊がいるの?」


 そちらを確認すると、確かに羊が一匹だけ、雑草をモシャモシャと食べていた。

 モフモフな白い毛と、捻じれた黒い角を持つ羊で、大きさは一メートルくらいだよ。

 目が虚ろで、全くと言っていいほど生気が感じられないけど……それ以外は、普通の羊に見える。

 試しにステホで撮影しても、なんの情報も出てこなかった。どうやら、魔物ではないらしい。


「この辺って、たまに羊が現れるんだぜ! どこから来たのか、誰も知らないけどな!」


 ポテトくんの話を聞いて、私は大きく首を傾げてしまう。

 普通の羊なんて、簡単に野生の魔物に食べられちゃうよね。

 それが山で繁殖しているのは、かなり不可解なことだと思う。


「もしかして、近くに羊の群れがいるの? 野生の魔物が手出し出来ないくらいの、大規模な群れとか……」


「「「見たことなーい!」」」


 私が質問すると、子供たちは揃って首を左右に振った。

 こうなると、か弱い羊の存在は、ますます不可解だよ。


「羊って、いつ頃から現れるようになったの?」


「オイラたちが生まれるよりも、ずっと前だって、そんちょーが言ってたぜ」


 私の問い掛けに答えたポテトくんは、男の子たちを引き連れて船から飛び降り、石や木の棒を持って羊を襲撃する。

 羊は驚くこともなく、逃げることもなく、虚ろな目のまま彼らを迎え撃った。


 ポテトくんたちは羊を狩るのに手慣れており、突進を避けながら攻撃している。

 私は彼らにスキル【逃げ水】を使って、三回だけ物理攻撃を完全回避するという、バフ効果を掛けておいた。けど、全然必要なさそう。


「うーん……。本当に不気味な羊だね……」


 攻撃されてダメージを負っても、羊は痛みも恐怖も感じていないように見える。

 動きも機械的というか、物凄く単調なので、人形みたいだよ。

 私は興味本位で、羊の目を凝視しながら【過去視】を使った。


 こうして、見えてきたのは──暗い夜の森だったよ。

 そこには、トウモロコシの茎みたいな植物が、あちこちに生えている。

 高さが一メートル程度で、茎の太さは成人男性の二の腕くらい。

 それぞれの茎の先端には、トウモロコシではなく羊が実っていた。


 私が過去を覗き見している羊も、この茎の先端に実って、誕生したみたい。

 どの羊も目が虚ろで、生気は全く感じられない。羊たちはある程度大きくなると、茎から落ちて自発的に行動を始めた。


 大半の羊は、雑草をムシャムシャと食べながら、自分を実らせた茎を守るために生活している。

 十中八九、その茎は羊を実らせるスキルを持った魔物だろうね。

 一体どこに、そんな魔物の群生地があるのか……。


 引き続き、羊の過去を覗き見していると──この羊は、暗い森の中で道に迷い、見知らぬ洞窟へと辿り着いた。

 洞窟の中には、上へ上へと続く石造りの螺旋階段が伸びており、羊はトコトコとその階段を駆け上がる。


 この時点で、私は察したよ。この羊は、ダンジョンから来たんだって。

 肝心のダンジョンの出入り口は、滝の裏側に隠されていた。

 羊はそこから飛び出して、滝壺から続いている川に流され、盆地の村の近くまでやって来たんだ。


「あの茎の魔物っ、絶対にテイムしよう……!!」


 私はギュッと拳を握り締めて、そう決意した。

 羊のお肉が食べ放題になるなんて、見過ごせない魔物だよ。

 羊にはモフモフの毛もあるから、その気になれば服だって作れる。それと、ミルクだって絞れるかもしれない。


 ──少し話が変わるけど、スキル【過去視】にはデメリットがある。

 それは、他者と目を合わせて、対象の視点から過去を覗き見した場合、彼我の境界線が曖昧になるというものだ。『極度の感情移入』と言ってもいいね。


 羊を対象にしたら、このデメリットが発生しなかった。

 恐らく、感情がない生物だからだと思う。

 今後は感情が希薄そうな生物に、【過去視】を使いまくって、デメリットに慣れる練習をしようかな。


「アーシャ姉ちゃんっ、羊を捕まえたぜ!! オイラたちの剣術っ、見てくれたか!?」


「うん、見てたよ! とっても格好よかった!」


「へ、へへへっ、そうだろ! オイラ、いつかトール兄ちゃんよりも、強くなるから……!! そのっ、そんときは……」


 私が手放しで褒めると、ポテトくんは照れくさそうに鼻の下を擦った。

 他の男の子たちも、同じように褒めていると──彼らが当たり前のように、木の棒を使った我流の剣術を誇っているので、少し心配になってしまう。


 まぁ、剣士に憧れる気持ちは、分からなくもない。

 初代国王の勇者とか、竜殺しのリリア様とか、英雄譚の登場人物って、基本的に剣を使っているからね。

 でも、剣は手入れが大変で、お金が掛かるという、大きなデメリットがあるんだ。

 金銭的な余裕がない新米冒険者だと、資金繰りが苦しくなってしまう。


 私としては、壊れ難くて手入れも簡単な鈍器が、新米冒険者にはお勧めだよ。

 そんな訳で、子供たちの憧れの、軌道修正を図ろう。


「みんな、聴いて。剣もいいけど、鎚も格好いいんだよ。トールのメイン武器が鎚で、とっても豪快な戦い方をするから、いつ見ても惚れ惚れしちゃうの」


「えぇっ!? そ、そうなのか!? だったらオイラっ、鎚にする!! 剣はやめるぜ!!」


 うんうん、素直で可愛いね。私はポテトくんの坊主頭を撫でて、じょりじょりした感触を楽しんだ。

 この後、私は羊のお肉を使って、みんなに料理を振る舞うことにしたよ。

 ひき肉にして、ハンバーグを作ろう。ケチャップもあるし、きっと子供たちの大好物になる。

 お姉ちゃん、デザートにアイスクリームも付けてあげるからね。

 

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