第205話 村での生活
──私が盆地の村で活動を始めてから、早いもので一週間が経過した。
トールたちの盗賊退治は順調だけど、貴族が未だに動いてくれないので、王国東部は荒れたままだよ。
ルークスの捜索に関しては、残念ながら難航している。
ルチア様が帝都に帰還したことは分かったから、帝都を調べようとしたんだけど……あそこは、スラ丸が入れる場所じゃなかった。
大陸のド真ん中に位置している帝都は、まさかの雲の上にあったんだ。
そこには浮遊している大地が三つあって、一番高い場所に『白帝城』と呼ばれる皇族の居住区があり、二番目に高い場所に貴族街、三番目に高い場所に上級市民街がある。
そして、その下の地上には、物凄い人口密度のスラム街が広がっていた。
サウスモニカの街の外にも、スラム街が存在していたけど、その規模は比較にならない。
帝都にあるスラム街は、アクアヘイム王国のどの街よりも、広大だからね。
帝国だと、このスラム街は『暗黒街』と呼ばれている。
上空の区画から、色々なゴミ──腐った食べ物、使い古された衣服、壊れた生活用品などが落ちてくるので、暗黒街の住人はそれらを拾いながら生きているんだ。
暗黒街までなら、スラ丸でも簡単に入れるけど、上空の区画に入るための方法がない。
当然のように警備が厳重なので、空を飛べれば入れるというものでもないのが、難しいところだよ。
「やっぱり、イーシャをメイドにする作戦が、一番現実的かも……」
ルークスがルチア様と別れた可能性もあるから、スラ丸たちには帝国での情報収集を続けて貰うけど、帝都が大本命だと記憶しておこう。
難航中のルークスの捜索とは反対に、私の庭師の職業レベルは、とても順調に上がっている。
ボロっちい家の裏庭に畑を作って、その真ん中にグレープを配置し、あれやこれやと野菜を育てることで、経験値が溜まるんだ。
今はトマト、ニンジン、ナス、ピーマン、カブを育てているよ。
旬の季節を無視している野菜もあるけど、全く問題ないみたい。
村長さんと同じように、私も【耕起】と【土塊兵】を使って、パパッと畑を用意した。
以前までなら、土の人形に種蒔きをやらせて、ユラちゃんに水遣りを任せるところだけど、最近は私がやっている。庭師のレベル上げに、必要な作業だからね。
特殊効果込みの【耕起】を使って、地味を肥やしたので、そろそろ野菜が魔物化するはず……。
トマトの魔物は歩けなかったけど、他がどうなるのか分からない。
そのため、逃げ出さないように、【土壁】で裏庭を囲ってある。
「はにゃあああああああっ!? ご主人っ、大変だにゃああああああああっ!!」
早朝、裏庭からミケの叫び声が聞こえてきた。
布団を蹴って飛び起きた私は、そちらへ急行して──人型の野菜たちを目撃してしまう。
トマト、ニンジン、ナス、ピーマン、カブ。それぞれが一つずつ、人型の魔物になっているんだ。
身長は一メートル六十センチほどで、各種野菜の色の全身タイツを着用している。
中肉中背の身体には、五十センチもある野菜が頭部として乗っており、トマトとナスには大きな口、カブには大きな目玉が一つあるよ。ただ、それ以外の顔のパーツは見当たらない。
トマトの口には鋭い牙が生え揃っているので、ファングトマトの進化系だろうね。
「な、ナニコレ……? どういう状況……?」
「みゃーにも分からにゃいよ! 起きたらコイツらがっ、グレープと戦っていたのにゃあ!!」
ミケの言う通り、合計五匹の人型野菜たちは、グレープと交戦中だった。
果樹の魔物であるグレープは、スキル【土杭】を使って地面から土の杭を突き出し、人型野菜たちを串刺しにしようとする。
しかし、人型野菜たちは傷だらけになりながらも、なんとか急所には当たらないように、回避している。
「ファングトマトたちが進化したのは、見れば分かるけど、どうやって進化したのかな……?」
私は疑問を漏らしながら、一先ずステホを使って、人型野菜たちを撮影してみた。
連中の名前は、『トマトレッド』『ニンジンレッド』『ナスビブルー』『ピーマングリーン』『カブホワイト』という、まるで戦隊モノのヒーローを彷彿とさせるラインナップだよ。
全員、スキルを二つずつ持っている。
レッドが被っているのが、ちょっと気になるけど……まぁ、どうでもいいや。
畑を見渡すと、人型野菜以外は全て枯れていた。
種族の存亡を懸けて、各種野菜の魔物が自分たちの代表を選び、一匹に栄養を集中させたのかもしれない。
グレープと戦っている五匹は、数多の同族の命を背負ったヒーローたちなんだ。
「ぬおおおおおおおおっ!! 野菜戦隊健康ナンジャー!! 頑張るのだ!! ニンジンレッドっ、そこで必殺技を出せぇーーーっ!!」
「……ナスビブルー、好き。……スイ、おうえんする」
リヒトくんとスイミィちゃんが、いつの間にか私の隣にいたよ。
二人とも、敵の方に声援を送っているので、グレープの士気が下がってしまった。
ちなみに、私たちが借りている家は三つあって、一つは私と従魔たちが暮らしている家。その左右には、女子の家と男子の家がある。
「朝っぱらから煩いのぅ……。アーシャよ、これはどういう状況なのじゃ……?」
「おはよう、ローズ。どうもこうも、畑の野菜が魔物化した上に、進化したんだよ」
庭の片隅で眠っていたローズが、この騒動で目を覚ました。
彼女は下半身の薔薇を蕾の状態にして、先端から頭だけを覗かせている。
私たちが観戦している最中、いよいよ追い詰められたニンジンレッドは、自分の頭部であるニンジンを取り外して、それを両手で構えた。
すると、そのニンジンがシュッと伸びて、槍と剣を足して二で割ったような武器に変形したよ。
ニンジンレッドが持っているスキルは、【牙突】と【烈斬】で、前者は強力な刺突、後者は強力な斬撃だ。きっと、あの武器なら両方使えるね。
「で、出たーーーっ!! 必殺のニンジンランスソードが炸裂するのだ!!」
リヒトくんが大興奮で、瞳を輝かせている。けど、ヒーローは必ずしも勝つとは限らないんだ。
「グレープ、畑が滅茶苦茶になってもいいから、圧殺しちゃって」
私の命令に従って、グレープがスキル【土流葬】を使った。
グレープの根元から大量の土砂が溢れ出して、人型野菜たちに洪水の如く押し寄せる。
ニンジンレッドは必殺技で切り払おうとしたけど、武器が呆気なく折れて、そのままぐちゃぐちゃになったよ。
他の人型野菜たちも、同様に圧殺された。
「に、ニンジンレッドが、負けてしまったのだ……!!」
「……ナスビブルー、むねん」
「リヒトくん、スイミィちゃん、応援するならグレープでしょ。なんで敵を応援しているの?」
私が窘めて、グレープも批難するように枝葉を揺らすと、二人はしゅんとなって俯く。
「う、うぬぅ……。五色の戦隊を見ると、どうしても応援したくなって……ごめんなさい、なのだ……」
「……姉さま、グレープ、ごめんなさい」
素直に『ごめんなさい』が言えて、偉いね。
私が二人の頭を撫でて、一件落着だよ。でも、楽しみにしていた収穫が、台無しになってしまった。
野菜の魔物を大量生産するなら、畑を一纏めにしたら駄目っぽい。
「うーん……。村の人たちに野菜を配れる日が、ちょっと遠退いちゃったね……」
「一週間前に、スラ丸の中にあったトマトや肉を渡したのじゃ。今しばらくは、問題なかろう」
私が気落ちすると、ローズが慰めてくれた。
村人との関係を良好に保つために、【収納】に仕舞っていた食糧を渡したんだ。
スノウベアーやマンモスのお肉とか、街で暮らしていた頃に収穫していたファングトマトとか、露店で買い集めていたものとか、色々とね。
グレープの葡萄やリリィが作ったポーションも渡して、私のスキル【治癒光】で病人も治したので、私たちの村での立場は随分と向上している。
だから、野菜作りに失敗しても、誰かに文句を言われることはない。
「でもなぁ……。みんなが喜ぶ顔、早く見たかったよ」
この村の住人は、気のいい人たちばっかりなんだ。
素直な気持ちで、助けになってあげたいと、そう思わせてくれる。
──土砂を撤去して畑を元に戻し、私が一息吐いていると、村の子供たちが遊びにやって来た。
総勢十五人で、ガキ大将のポテトくんが、私に話し掛けてくる。
「アーシャ姉ちゃん! オイラたちと遊ぼうぜ!」
彼は今年で五歳になったばかりの、ジャガイモ頭が特徴的な男の子だよ。
「「「あそぼー!! あそぼー!!」」」
ポテトくんの後に続いて、子供たちがニコニコしながら声を揃えた。
可愛い子供たちにお願いされたら、お姉ちゃんは断れないよ。
「仕方ないなぁ。今日は何して遊ぶの?」
私が問い掛けると、子供たちは口々に『鬼ごっこ』『かくれんぼ』『おままごと』など、バラバラな意見を出し始めた。
こうして収拾がつかなくなったときは、インパクトのある遊びをドカンと提案するんだ。
「ブロ丸、船になって! さぁっ、みんな! 冒険の旅に出発するよ!」
ブロ丸は私の指示に従って、黄金の船に形を変えた。
これは、最近教えたばっかりの新型だよ。実物を見せた訳じゃないけど、それなりに完成度が高い。
黄金の船に乗って、冒険者ごっこをする。これに勝る遊びは、誰も提案出来ないでしょ。
「「「すっげぇーーー!! なんだこれーーー!?」」」
子供たちは大興奮で、燥ぎながらブロ丸に乗り込んだ。
後は適当に、村の中を徘徊したり、上空からの景色を堪能させたりしよう。
道中、ユラちゃんの【霧雨】を使って、濃霧の中で道に迷ったシチュエーションも用意した。冒険には、不測の事態が付きものだからね。
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