第201話 指名手配

 

 ──みんなが自分のステホを手に入れた後、ニュートが一つ提案する。


「ルークスを探す方法だが、冒険者ギルドに言伝を頼むのはどうだ?」


「あっ、そうね! その手があったわ! でも、この村に冒険者ギルドはないから、街まで行かないといけないわよ?」


 フィオナちゃんは賛成したけど、最寄りの街が遠いことを教えてくれた。

 徒歩だと片道で、二日は掛かる距離にあって、道中では野生の魔物や盗賊の襲撃が予想される。


 王国東部の状況は、私が思った以上に悪いみたい。

 帝国の盗賊に滅ぼされた村の人たちが、食うに困って盗賊になるパターンが、多発しているのだとか……。


 その人たちが別の村を襲って、また食うに困る人たちが増えて──と、未曾有の悪循環に陥っているんだ。

 治安の維持を担うはずの貴族たちは、戦争で出払っているので、事態は悪化の一途を辿っている。


 私たちが滞在している盆地の村。ここを手薄にする訳にもいかないし、全員で街まで移動することは出来ない。


「それなら、私が従魔たちと一緒に行ってくるよ。みんなは今まで通り、村の防衛をお願い」


 スラ丸、ティラ、ブロ丸を連れて行けば、きっと問題ないと思う。

 ブロ丸に乗って、空路で移動するのがいいかな。


「し、師匠……!! 危ないから、スラ丸に先行して貰ったら……?」


「うーん……。いや、出来ることは早めにやりたいし、やっぱり私が行くよ」


 私はシュヴァインくんの提案を一考したけど、すぐに頭を振った。

 スラ丸も進化を繰り返しているだけあって、全力で転がれば結構速い。

 それでも、野生の魔物や盗賊に襲われる可能性を考慮すると、ブロ丸が空路を進んだ方がいいはずだよ。


「アーシャよ、出発する前に支援スキルを掛け直してたも」


「うん、了解。……私が眠っている間、みんなは支援スキルなしで、盗賊と戦っていたんだよね?」


「妾は戦っておらんが、トールたちはそうじゃな」


 ローズにお願いされて、私はみんなに支援スキルを使った。

 この二週間、今まで頼ってきたバフ効果がない状態で、トールたちは盗賊退治をしていたんだ。本当に、無事でよかったよ。


 【再生の祈り】【光球】【風纏脚】【逃げ水】──この四つがあれば、ある程度の格上が相手でも、遅れは取らない。

 借りている家の庭には、【耕起】を使っておく。久しぶりの肥えた地味に、ローズとグレープが大喜びだ。

 やるべきことをやった後、私は街へと向かって出発した。



 ──今までは縮んでいたブロ丸の体長が、二十メートルまで大きくなって、お屋敷の形状になり、ふわりと空を飛ぶ。

 【巨大化】【変形】【浮遊】という、三つのスキルのおかげで、ブロ丸は空飛ぶ家になれるんだ。


 どうやら、この子は私が眠っていた二週間で、ローズとミケに意匠のアドバイスを貰ったらしい。あちこちに、薔薇や猫をモチーフにした飾りが、あしらわれているよ。

 外観も内観も、サウスモニカの街にあったお屋敷が、ベースになっている。


「……あのお屋敷は、もうないんだよね」


 なんだか切なくなって、ちょっとだけ涙が滲んでしまう。

 私はスラ丸の中からベッドを取り出して、ごろんと横になり、スキル【光輪】と【感覚共有】を併用した。

 知力を上げて並列思考を得た状態で、ブロ丸とスラ丸八号の視界を同時に覗き見する。


 まず、ブロ丸の視界。上空から眺める王国東部の景色は、農業に適した土地が四割、山と森が合わせて三割、湿地帯が三割という塩梅だった。

 大小の農村を幾つか発見したけど、半分くらいは廃村になっている。


 まだ無事な農村では、畑一面を覆う麦の穂が見えた。もうすぐ夏だから、収穫時期は目前だね。

 清々しい空の青色と、穏やかな麦の黄色が、私に自由と平和を感じさせてくれるよ。


「まぁ、実際は平和なんて、どこかに消えたけど……」


 無事な農村はどこも殺伐としており、盗賊の襲来を警戒している。

 盗賊も虎視眈々と農村を狙っているし、平和とは程遠い状況なんだ。



 次はスラ丸八号の視界。あの子の現在地は、アクアヘイム王国の王都──だと思ったら、そこから少し離れている湿地帯の一角だった。

 帝国側もゲートスライムを使うようになったので、王都では身元不明のスライムが、追い出されているみたい。


 でも、スラ丸にはスキル【遍在】があって、自分の分身を生み出せるから、それを何度も王都に送り込み、情報収集を行っていたよ。

 帝国軍と王国軍の攻防は、王国軍の勝利で終わったらしい。


 極大魔法の鍵を使ったのか、西側の湿地帯が広範囲に亘って、穴だらけかつ凍り付いている。

 帝国の冒険者崩れたちは、王国東部に置き去りにされたっぽい。

 王国の貴族と兵士たちが、領地に帰還すれば、直に掃討されるよね。


「よかった、もう終わってたんだ……」


 私は一先ず、ホッと安堵の溜息を吐いた。

 しかし、不安はまだ残っている。両軍に夥しい数の犠牲者が出たらしいので、ルークスの安否が心配なんだ。

 いざとなれば、彼は幾らでも逃げ隠れ出来るから、無事だと信じたい。


「スラ丸、ルークスの姿を見なかった?」


「!!」


 私が問い掛けると、八号は身体を大きく縦に伸縮させた。これは、肯定の意を示す動作だよ。


「ど、どこで見たの!? そこに今すぐ向かって!!」


 私が声を荒げて命令すると、スラ丸は王都に侵入させた分身の視界を介して、とんでもないものを私に見せる。



 ──広場の一番目立つ場所に、掲示板があって、百枚以上の指名手配書が貼り付けられていた。

 敵前逃亡や命令違反など、戦争で味方に不利益を齎した王国側の人間が、指名手配犯にされているみたい。

 その中に、精巧な似顔絵付きの、ルークスの手配書があった。


『指名手配犯、ルークス。年齢、七歳。職業、暗殺者。出身、サウスモニカの街。所属、冒険者ギルド。パーティー、黎明の牙。罪状、国家反逆罪』


 生死不問で、彼の身柄を政府に引き渡せば、白金貨三十枚の賞金が出るらしい。

 戦犯の首の中で、最も金額が大きいよ。


「はえ……? えっ、なんで……!? 何があったの!?」


 私は戦慄しながら、自分の頭を抱えてしまった。

 そうしていると、掲示板を眺めている二人の兵士が、ルークスの指名手配書を眺めながら会話を始めたよ。


「ヤベぇな、このガキ。一体何をやらかしたら、こんな額の賞金首になっちまうんだ?」


「ああ、そいつは暗殺部隊の一員だったらしいが、味方を裏切って帝国の皇女を助けたって話だ」


「うへぇ、マジかよ……。帝国の皇女って言えば、美人で有名だったよな? ガキの癖に、色香にやられちまったのか?」


「あり得なくもない。俺は皇女の姿を一目だけ見たが、ありゃあ世界一の別嬪だったぜ」


 彼らの話を聞いて、私の頭の中で嫌な予感が膨れ上がる。

 渇きの短剣を所有すると、美しいモノに執着してしまうんだ。

 であれば、ルークスがルチア様を助けたというのは、全然あり得ない話じゃない。


 不味い、どうしよう……。私が焦燥感に駆られていると、兵士たちが不穏なことを言い出した。


「このガキを捕まえたいが、競合相手が多そうだな……。こいつのパーティーメンバーに、懸賞金は付いていないのか?」


「付いてるぞ。トール、シュヴァイン、フィオナって名前のガキどもだ。一人当たり、白金貨一枚だな。こっちに似顔絵もある」


「へぇ……。大分下がるが、そっちでも悪くねぇ……。探してみるか」


 最悪だ。私がルークスに、渇きの短剣を渡してしまったから、悪い事態が連鎖している。

 私、ニュート、スイミィちゃん、リヒトくん、ミケの五人は、指名手配されていなかった。


 私は準メンバーで、正式に冒険者登録していた訳じゃない。

 二軍のメンバーは黎明の牙に加入しているけど、最近の話だから足が付かなかったのかも。

 ニュートに関しては、彼の父親であるライトン侯爵が、裏で手を回していたとか……?


 なんにしても、本当に参った。『渇きの短剣が呪われていたんです! ルークスは悪くありません!』って、お役人さんに報告したら、全員が無罪放免になったりしない?


「……しないよね。とりあえず、一旦引き返そう。ブロ丸、反転して」 


 私はブロ丸に指示を出して、盆地の村へと戻ることにした。

 冒険者ギルドで言伝とか、頼める状況じゃなくなったからね。

 みんなに事情を説明して、今後の方針を話し合おう。

 

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