第200話 リザルト

 

 渇きの短剣が呪われていた。私はみんなに、そのことを説明したよ。

 何人かは思い当たる節があったのか、神妙な顔付きで頷いている。


「る、ルークスくんの様子……ちょっと変なとき、あったよね……。ボク、違和感に気付いていたから、みんなに相談するべきだった……」


「それはあたしも同じよ。ルークスってば、妙にキラキラしたものに執着していたし、柄じゃないって思っていたの」


 誰も私のことを責めない。それどころか、シュヴァインくんとフィオナちゃんは、自分が悪いと言い出してしまう。

 ここで、平然としているトールが、小さく鼻を鳴らして口を開く。


「別によォ、誰が悪いっつー話じゃねェだろ。冒険者をやってりゃァ、不測の事態なンざ付きものだぜ。問題は、その後の対応じゃねェのか?」


「流石は兄貴っ!! 建設的な意見なのだ!!」


 透かさずリヒトくんがわっしょいして、場の雰囲気を明るくしようと笑顔を見せてくれた。

 それに釣られて、ニュートはフッと小さな笑みを浮かべる。


「過ぎたことは仕方ない。まずはルークスと、どうやって合流すればいいのか、それを考えよう」


「……スイのステホ、ばいばいした。……困った」


 スイミィちゃんが自分の懐から、壊れたステホを取り出して、しゅんと項垂れる。

 この場にいる全員のステホは、無機物遺跡のダンジョンコアから生成されたものなので、誰一人として無事なステホを持っていないんだ。

 ルークスの手元にあるステホも、壊れているだろうし……困ったね。


「一応、新しいステホなら、すぐに生成出来ると思うけど……」


 私はそう言って、スラ丸の中から聖女の墓標のダンジョンコアを取り出した。

 これは、縦横が五メートルほどもある板状の結晶で、透明だけど光の当たり方次第では、極彩色に見える代物だよ。


 聖女の墓標を攻略すると決めたときは、ダンジョンコアを破壊する予定だった。

 でも、それで街が元通りになる訳じゃないし、私たちが有効活用してもいいって、今ではそう思う。


「やるわねっ、アーシャ! これなら話は簡単よ! ルークスがどこかでステホを再生成したら、それで通話出来るし!」


「し、師匠……っ!! 流石だよ……!!」


 フィオナちゃんとシュヴァインくんは、躊躇いなくダンジョンコアに触った。

 すると、きちんとステホが生成されたよ。


 フィオナ 火の魔法使い(30)

 スキル 【火炎弾】【爆炎球】【火炎槍】【炎刃鳥】


 シュヴァイン 騎士(30)

 スキル 【低燃費】【挑発】【炎熱耐性】【堅牢】

     【不動】


「──やった! レベルが上がっているわ!! 遂に30の大台に到達よ!! あっ、でも、フレンド登録は真っ新になっているわね……」


 フィオナちゃんが諸手を上げて喜んだけど、次の瞬間にはズンと気落ちした。

 フレンド登録がリセットされているなら、ルークスとの連絡は取れない。とても悲しい。

 戦闘職のレベルが30ともなると、立派なベテラン冒険者を名乗れる。こっちはとても喜ばしい。


 フィオナちゃんの新スキル【炎刃鳥】は、炎で形成された小鳥を放つ魔法だよ。

 この小鳥は翼が刃のように鋭利で、標的を自動追尾しながら焼き切ってくれる。

 私の記憶にある魔物だと、コロナガルーダが同じ魔法を使っていた。


 奴が使うと、千羽くらい一気に放たれて、そのサイズも小鳥と呼ぶには些か大きかった。

 フィオナちゃんが使う場合は、一度に最大で四羽だけ。これは、レベルに応じて増えるみたい。

 比較すると微妙に思えるけど、それなりに当たりのスキルだと思う。


「ぼ、ボクも、レベル30……!! ボクが、こんなに強くなれるなんて……」


 シュヴァインくんは自分のステホを見つめながら、じんわりと涙を滲ませて、感慨に耽っている。

 彼の新スキル【不動】は、自分の防御力を一時的に、大きく上げるというもの。

 体力を消耗して使うスキルだけど、彼には先天性スキル【低燃費】があるので、使い放題かもしれない。


「俺様のレベルも、上がってンだろォなァ……?」


「ワタシたちも、盗賊退治に精を出していたからな。上がっていなければ、おかしいだろう」


 トールとニュートもダンジョンコアに手を置いて、新しいステホを生成した。


 トール 戦士(30)

 スキル 【鬨の声】【剛力】【強打】【金剛力】


 ニュート 氷の魔法使い(30)

 スキル 【氷塊弾】【氷壁】【氷乱針】【氷鎖】


 二人とも、きちんとレベルが上がっていたよ。

 トールの新スキル【金剛力】は、常に筋力が大きく上がる。【剛力】の上位互換で、この二つは重複するみたい。

 間違いなく大当たりのスキルなので、トールは喜びを隠しきれずに、凶悪な笑み──もとい、喜色満面の笑みを浮かべている。


 ニュートの新スキル【氷鎖】は、氷の鎖で敵を拘束するという、ちょっと地味な魔法だった。

 ただ、この鎖は氷がある場所から発生するので、使い勝手は良いと思う。

 【氷塊弾】や【氷壁】から繋げれば、戦い方の幅が広がるよ。


「ニュートは剣士に転職して、魔剣士を目指すんだよね?」


「そのつもりだが、転職するのは今ではないな……。現状だと、レベル1からやり直している余裕がない」


 私の問い掛けに対して、ニュートは難しい表情でそう答えた。

 この寂れた村を襲う盗賊は、大半が小物らしいんだけど、中には銀級冒険者相当の実力者も、交ざっているんだとか。

 レベル1の剣士だと、どう考えても村を守れない。


 一先ず、一軍メンバーのステホの生成が終わったところで、リヒトくんが頭を抱えて叫び出した。


「ぬおおおおおおおおおっ!! 兄貴たちの背中が、遠ざかってしまったのだ!!」


「……リッくん、どんまい」


「どんまい!? ぐ、ぐぬぬ……っ、他人事みたいな物言いなのだ! スイミィも我と同じ、二軍の仲間なのに!」


 リヒトくんが悔しがっているけど、スイミィちゃんはマイペースだよ。

 ちなみに、この二人は盗賊退治に消極的だったみたい。人を殺すことに、まだ折り合いが付けられていないんだ。

 とは言え、盗賊退治に貢献していなかった訳ではないし、野生の魔物なら普通に倒していたので、程々にレベルアップしている。


「ご主人、みゃーもステホ、貰っていいのかにゃあ……?」


「うん……? あっ、ああ! うんっ、勿論いいよ! もう身分なんて、気にする必要ないから!」


 おずおずと尋ねてきたミケに、私は一瞬だけ戸惑った。

 彼がステホの受け取りを躊躇う理由、すっかり忘れていたよ。

 でも、すぐに思い出した。ミケの身分って、私の奴隷なんだよね。奴隷は自分のステホを持てないんだ。

 元々、奴隷扱いなんてしていなかったし、街暮らしも終わったから、身分なんて白紙で構わない。そんな訳で、ミケにもステホを持って貰う。


「──こ、これが、みゃーのステホ! にゃんだか、不思議な気持ちだにゃあ……」


 ミケは自分のステホを眺めながら、ぽけーっとしている。

 ちなみに、彼は山の中に罠を仕掛けまくっているので、盗賊や魔物を仕留めることが多い。

 狩人らしいやり方で、きちんと成果を上げているから、レベルもしっかりと上がっていた。


 リヒト 雷の魔法使い(11)

 スキル 【雷撃】【発電】


 スイミィ 水の魔法使い(12)

 スキル 【予知夢】【生命の息吹】【冷水連弾】【水壁】

     【流水皮膜】


 ミケ 狩人(13)

 スキル 【強弓】【滑る床】


 この三人のスキルは変化なし。

 流水海域に行けなくなったので、リヒトくんとスイミィちゃんのレベル上げが、難しくなってしまった。

 ミケは殺人を全く忌避していないので、盗賊退治で順調に上がるかな。

 最後に、私もダンジョンコアに触れて、ステホを生成したよ。


 アーシャ 魔物使い(42) 水の魔法使い(15)

 スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】

     【魔力共有】【光球】【微風】【風纏脚】

     【従魔召喚】【耕起】【騎乗】【土塊兵】

     【水の炉心】【光輪】【治癒光】【過去視】

     【従魔縮小】【遍在】【聖戦】【情報操作】

     【逃げ水】【対物結界】【従魔超越】

 従魔 スラ丸×8 ティラノサウルス ローズ ブロ丸

    タクミ ゴマちゃん グレープ テツ丸 ユラちゃん

    ヤキトリ リリィ ペンペン


 ニラーシャを討伐したので、魔物使いのレベルが37→42になっている。

 レベル40の大台に乗ったってことは、新スキルの取得だけじゃなくて、従魔たちの進化も出来るね。

 ただ、大半の子の進化条件は、手探りで見つけるしかない段階になっているので、色々な経験をさせてあげよう。


 水の魔法使いのレベルも上がって、10→15になっている。

 帝国軍と戦ったときに、スキル【逃げ水】が大活躍したから、そのおかげだね。


 新スキルの【従魔超越】は、多分だけど魔物使いの必殺技かな……。

 これは、私の魂をリソースにして、従魔を一時的に超進化させるスキルらしい。

 この『超進化』なるものが、普通の進化とどう違うのか、それは分からない。


 【他力本願】の影響によって、追加されている特殊効果は、超進化した従魔が私に絶対服従するというもの。

 ……この特殊効果がなかったら、反抗期になるかもしれないってこと?


 魂をリソースにすることと相まって、本当に恐ろしいスキルだよ。

 私の切り札になりそうだけど、魂を回復させる手段が手に入るまで、極力使いたくない。


「そうだ、これも調べておかないと」


 私は新調したステホを使って、ニラーシャのドロップアイテムを撮影してみる。

 私が着用している法衣のようなものは、アイテム名が『聖なる衣』で、その効果は魅力上昇、闇属性ダメージ半減、状態異常無効、精神力の自動回復だったよ。

 ニラーシャが着用していたものに似ているけど、別物だと思う。これがあれば、呪いは効かなかったはずだからね。


 物凄く強力な装備なので、非常に嬉しい。ただ一つ、不満があるとすれば……自動修復の効果が、付いていないことかな。

 ちなみに、聖なる衣は伝説級の装備らしく、普通の装備にはない備考があった。


『聖女は人々の安寧を願い、人々は聖女の心の美しさに惹かれていた。聖女は長い旅路の果てで、その意志を次代の聖女に託す』


 ここに記されている聖女が、ニラーシャと私のことだったら、託されても困ってしまう。


「まぁ、気にしなくてもいいよね……?」


 私は備考を見なかったことにして、オリハルコンの宝箱の中身を確認する。他にもお宝があるんだ。

 まず、赤色と青色の上級ポーションが、一本ずつ。


 赤色の上級ポーションは、肉体が再生して寿命が延びる代物だけど、私にとっては無用の長物だね。【再生の祈り】を使えば、済む話なんだ。

 青色の上級ポーションは、魔力と魂が全回復する代物なので、とても嬉しい。これがあれば、【従魔超越】のデメリットを一回だけ帳消しに出来る。


 次のお宝は、無色の魔石によって形成されている鍵。その名も──『未登録』だった。


「あれっ、未登録? 極大魔法の鍵、だよね……?」


 どう見ても『極大魔法の鍵』だから、そう登録しておく。

 どんな魔法が発動するのか、それは実際に使ってみるまで分からない。

 魔物としてのニラーシャに、関係する極大魔法だったら、かなり怖いんだけど……鍵の色が濁っていないので、不穏な気配はしないよ。


 一体どんなタイミングで使えばいいのか、皆目見当が付かない。

 せめて、攻撃用、防御用、支援用の何れかだけでも、教えて貰いたかった。

 一応、困ったときの神頼みで使うものとして、頭の片隅に入れておこう。


 宝箱の中身は、以上で終わり。

 流水海域の裏ボス、シャチのドロップアイテムには、スキルオーブがあったんだけどね……。

 ニラーシャのドロップアイテムには、残念ながらなかったよ。あれは、裏ボスのレアドロップだったのかもしれない。



 ニラーシャのドロップアイテム以外にも、一つだけ戦利品がある。

 そのお宝は、龍の意匠が施されたオリハルコンの長杖──『龍の秘宝』だった。

 これは、龍と名の付くスキルの威力を二倍にして、魔力及び体力の消耗量を半減させる代物だよ。

 更に、任意のタイミングで、自分の生命力を消耗して、龍と名の付くスキルを大幅に強化出来る。

 これまた、伝説級の装備であり、備考があった。


『一人の村娘が奇跡の舞を踊り、荒ぶる龍の御心を鎮めた。龍は村娘に感謝して、もう二度と、激情には流されないと誓ったが──』


 この杖は、ドラーゴがルチア様から貰った武器で間違いない。

 私が気付かない内に、スラ丸が回収していたんだ。

 

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