第199話 集結

 

 私が借りているボロっちい家。

 その庭は意外と広くて、私の従魔たちが思い思いに過ごしていた。


 アルラウネのローズは、竪琴を掻き鳴らしながら歌っている。

 トレントのグレープは、枝葉を揺らしてローズのライブを盛り上げている。

 ゴーストのリリィは、大釜を掻き混ぜてポーション作りをしている。

 ミミックのタクミは、置物のようにジッとしている。


「みんな、おはよう。心配掛けて、ごめんね」


「おおっ、アーシャよ! ようやく起きたのじゃな! この寝坊助さんめ!」


 ローズがライブを中断して、私のもとに駆け寄ってきた。

 彼女の下半身は深紅の薔薇なので、脚はないんだけど、蔦を器用に動かすことで移動している。

 私たちは再会を喜び、ハグをしようとして──


「アーシャさあああああああああああんっ!! わたくしっ、寂しかったですわああああああああああっ!!」


 リリィが横入りしてきた。彼女は鼻息を荒くしながら、私に抱き着く。


「リリィ……。お尻に触るの、やめてね」


「ふひっ、ふひひひひっ、ふひぃ!! どさくさに紛れて触る美少女のお尻は、最高ですわぁ……!!」


 相も変わらずのド変態だけど、みんなに心配を掛けてしまった私自身への罰として、十秒間だけ甘んじて受け入れよう。

 ちなみに、リリィは私の分身であるウーシャに、スキル【憑依】を使って、乗り移っている状態だよ。

 私が意識を失っている間も、分身は消えなかったんだ。


 分身を生み出すスキル【遍在】は、私とスラ丸が持っているんだけど、スラ丸の分身は本体が意識を失うと消えてしまう。

 私の分身が消えないのは、【他力本願】の影響によって、『存在強度を本体と同等にする』という、特殊効果が追加されているおかげかな。


「リリィっ、この馬鹿もの! 其方は新入りであろう!? 年功序列っ、順番を守るのじゃ!!」


「そんなこと仰らないでくださいまし! ローズさんもご一緒に、イチャイチャしますわよ!!」


 ローズが頬を膨らませて、プリプリと怒った。けど、リリィはお構いなしに彼女の手を引っ張り、みんなで抱き締め合う状態を作る。

 この後、私は他の従魔たちともハグをして、ホッと一息吐いた。


「──さて、トールたちが帰ってくる前に、ローズとリリィの話を聞かせて貰える? 私が眠っている間に、スラ丸の目が届かない場所で、何か変わったことはあった?」


「スラ丸さんの目が、届かない場所……? 何故、そのような条件を付けるんですの?」


「あ、そういえば、リリィには教えていないんだっけ……? えっと、他言無用にして貰いたいんだけど、私のスキル【過去視】で──」


 私はリリィにスキルの説明をして、スラ丸視点で過去を覗き見したことを伝えた。

 彼女は納得して頷き、この村での出来事を教えてくれる。


「わたくしは村長さんに頼まれて、ずっとポーション作りをしていましたわ。この村は街から離れていて、薬師の方もいらっしゃらないので、慢性的なポーション不足でしたの」


 私が眠っている間は、スキル【魔力共有】が使えないから、ローズの【草花生成】を多用出来ない。

 でも、スラ丸の中に予備の花弁が沢山あったので、村人が満足するだけのポーションを提供出来たのだとか。


「そっか、ご苦労様。……提供っていうのは、無償提供?」


「いえ、対価はいただきましたわ。ですが、お金ではなくて……」


「うん……? ああ、もしかして、村の家を借りる対価とか?」


 それなら全然構わない。そう私が付け加える前に、リリィが頭を振った。


「いいえ、そうではなく、とある茸の栽培方法を教えて貰いましたの。とても貴重な代物で──」


 リリィ曰く、この村にある各ご家庭の地下室では、『ブルーマッシュルーム』という高級食材が、密かに栽培されているらしい。

 それは、独特な臭みを放つ青い茸で、食べて美味しいだけではなく、青色のポーションの素材になるんだって。


 この村に住んでいるのは、高齢者ばかりなので、体力的に畑仕事が捗らない。

 だから、ブルーマッシュルームを密かに栽培して、商人に売ることで生計を立てているそうだ。

 

 密かに、ということは、脱税だね。

 リリィは独特な臭みを嗅ぎ付けて、その秘密に辿り着き、ポーションを対価に栽培方法を聞き出した。


「その栽培方法って、一般的には知られていないものなの?」


「そうですわよ! だからこれは、一大事なんですの!! ブルーマッシュルームを栽培して、グレープさんの葡萄と合わせれば、青色の中級ポーションに届くはずですわッ!!」


 青色の中級ポーションは、飲むと魔力が全回復する代物だよ。

 お腹がタプタプになったら飲めなくなるけど、それまでは中級ポーションがあればある分だけ、魔力を使い続けられる。魔法使いであれば、誰もが欲しがる代物なんだ。


 そんな訳で、是非とも量産体制を整えたい。

 ブルーマッシュルームの栽培方法は、まず最初に、薄暗くて風が吹き込まない場所を用意すること。

 次に、トレント系の魔物の原木を用意して、ブルーマッシュルームを擦り付け、水属性の魔法で適度に湿らせること。

 これには、スキル【霧雨】を使うのが最適らしい。ユラちゃんが取得しているので、場所さえ確保出来れば、すぐに始められる。


「かなり重要な情報だね……。ポーションを千本くらい差し出しても、全然惜しくないよ」


「ですわよね!? アーシャさんならっ、そう仰ると思っておりましたわ!!」


 いぇーい、と私たちはハイタッチを交わす。

 それから、私はリリィが使っている大釜に目を向けた。

 一目でミスリル製だと分かる代物なので、私たちのお屋敷にあったものだと思うけど……よく持ち出せたね。


 その辺りのことを尋ねると、リリィはサウスモニカの街が襲撃を受けたとき、即座にスラ丸五号の中に、色々なものを詰め込んだらしい。

 とは言え、早々に私が召喚して避難させたので、お屋敷にあった全てのものを持ち出せた訳ではない。


「ミスリルの大釜を持ち出せただけで、大金星かな。他に白金貨以上のものなんて、置いてなかったはずだし……」


「女性陣の下着も、全て回収しましたわ!!」


「そ、そっか……。ありがとね……」


 リリィはド変態だけど、そこに目を瞑れば優秀なんだ。


「リリィの報告は以上じゃな。妾からは、特に何も──ああいや、必要な情報か分からんが、あっちの山脈の頂上が、三日に一度だけ光るのじゃ。金色の輝きで、そこに魔物の影が殺到しておった」


 ローズが指差す方角は東で、結構遠い場所に山脈が見える。山頂には雲が掛かることもあるほど、標高が高い。

 三日に一度の、金色の輝き……。気になるところだけど、今は冒険をしている場合じゃないので、頭の片隅に追い遣ろう。



 ──ローズとリリィから、話を聞き終わったところで、トールたちが帰ってきた。


「アーシャっ!! 無事だったのね!!」


「……姉さま、よかった。……スイ、心配した」


「ごめんね、二人とも。心配してくれて、ありがとう」


 フィオナちゃんとスイミィちゃんが、真っ先に駆け寄ってきて、ギュッと私に抱き着く。

 二人の後ろでは、男の子たちが見るからに安堵していた。


「ったく、心配させやがって!! 問題が起こったンなら、どうして俺様たちを呼ばなかったンだァ!?」


 トールに怒鳴られて、私は首を竦めながら言い訳をする。


「事態が急展開だったから、みんなを呼ぶっていう発想が、出てこなかったの……。ごめんね……」


「チッ、ああクソっ、しゃーねェな……ッ!! 俺様がもっと強けりゃァ、真っ先に選択肢に挙がったはずだ!! つまり、俺様の強さが足りねェンだろ!?」


 トールが珍しく、自責的になっている。

 私は咄嗟に、『そんなことないよ』って気遣おうとしたけど、言葉に詰まった。

 実際のところ、彼の言う通りなんだ。サウスモニカの街を襲撃した帝国軍と戦って、トールたちがどうにか出来たとは思えない。


「し、師匠……!! 無事でよかった……!! ぼ、ボクとも、ハグしよう……!!」


「ご主人っ、みゃーともハグするのにゃあ!!」


「邪な気配を感じるから、却下で」


 シュヴァインくんが私に抱き着こうとしたけど、私は彼の頬をモチモチして押し留める。

 ハーレムの形成を狙っている太っちょ男子とは、ハグなんてしてあげないよ。

 同じく私に抱き着こうとしたミケは、ローズが蔦で拘束してくれた。


「街が滅んだという話なら、既に聞き及んでいる。ワタシも辛い気持ちは同じだが、まずは仲間の無事を喜ぼう」


「ナハハハハハッ!! 我は心配なんて、していなかったのだ!! アーシャなら不死鳥の如く復活すると、信じていたのだぞ!!」


 ニュートとリヒトくんも声を掛けてくれて、私の口元には自ずと笑みが浮かぶ。

 故郷を失っても、大切なモノはまだ残っているのだと、実感することが出来たよ。

 ペンペンとテツ丸、それから貸し出し中のスラ丸たちも私に甘えてきて、和気藹々とした後──いよいよ、私はルークスのことを切り出す。


「みんな、大事な話があるの。実は──」

 

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