第198話 寂れた村

 

 ブロ丸から、諸々の話を聴き出したスイミィちゃんは、他の面々と情報を共有した。

 リヒトくんは頭を抱えて、ウンウンと唸り出す。


「う、うーぬ……? 帝国軍に街を壊されて、アーシャがダンジョンを攻略して……? なんだか、現実感が湧かない話なのだ……。我らはこれから、一体どうすれば……?」


「はにゃあ……。一先ず、ダンジョンから出たいのにゃ……。みゃーは寒いの、苦手にゃんだよ」


 ミケはそう言って、ぶるりと身体を震わせた。

 ヤキトリがスキル【火達磨】を使って、自分自身を炎上させているので、みんなはそれで暖を取っている。けど、ずっとそうしている訳にもいかない。


「……外、くさい。……ミケ、寒いのと、くさいの、どっち?」


 極寒の流水海域か、悪臭が漂うサウスモニカの街。辛い二択をスイミィちゃんが迫った。

 ミケは猫獣人で、人一倍寒さに弱くて嗅覚が鋭いので、耳を塞ぎながらイヤイヤと首を横に振る。


「ど、どっちも嫌にゃあ!! あっ、そうにゃ!! フィオナたちと合流するのは、どうかにゃあ!? スラ丸のスキルで!!」


「ふむ……。あちらは確か、王国東部の農村だったかの」


 ローズは指を折りながら、王国東部に遠征中のメンバーを思い出した。

 トール、シュヴァインくん、フィオナちゃん、ニュートの四人と、スラ丸三号、テツ丸という組み合わせだね。

 彼らは国から強制依頼を押し付けられて、王国東部にある農村を守っている。

 王国東部は穀倉地帯で、帝国の冒険者や義勇兵が荒らしにくるので、王国も冒険者を使って防衛しているんだ。



 ──話し合いの結果、ミケたちはスラ丸の【転移門】を使って、トールたちと合流することにした。

 彼らは中規模の農村を守っていたはずだけど……実際に合流した場所は、山中の盆地にある寂れた村だったよ。

 お年寄りと子供ばっかりで、住民が二百人程度しかいない。


 トールたちは空き家を借りて、そこに滞在しながら村を守っていた。他の冒険者の姿は、見当たらない。

 まずはローズがトールたちに、知る限りの情報を伝える。


「──と、そんな感じで、街は壊滅。アーシャも見ての通り、寝たきりになってしまったのじゃ」


「そ、そんな……。それじゃあ、あたしたちの孤児院は……? マリアさんも、死んじゃったの……?」


「ブロ丸が言うには、生存者は見つからなかったそうじゃ……」


 フィオナちゃんはショックを受けて、膝から崩れ落ちた。

 シュヴァインくんが慌てて、彼女を支える。


「ふぃ、フィオナちゃん……!! しっかりして……!!」


「チッ、こっちも面白くねェことが続いてンのに、余計に辛気臭くなる話じゃねェか……ッ!! オイっ、アーシャは無事なんだろうなァ!?」


 トールが苛立ちを露わにしながら、流水海域から来た面々を問い詰めた。

 今にもスラ丸の中から、私を引っ張り出しそうな様子だったので、リヒトくんが割って入る。


「兄貴っ、落ち着くのだ! アーシャの身体に異常はないのだぞ!」


「ぐっ……そうかよ……ッ!!」


 自分を慕う弟分に、八つ当たりなんて出来ない。トールはそう思ったのか、怒りを抑えながら仏頂面で座り込んだ。

 ここで、比較的冷静なニュートに対して、リリィが質問をする。


「ニュートさん、こちらでは何がありましたの?」


「まず、中規模の農村から追い出された。ワタシたちよりも実力が下で、年齢が上という冒険者が、それなりに多くてな……」


「なるほど……。折り合いが付かなかったんですのね……」


 トールたちは銀級冒険者で、年齢不相応に実力が高い。

 しかも、私が貸し出しているスラ丸とテツ丸までいるから、パーティー単位での戦力は、並みの銀級冒険者パーティーを超えている。

 それが年上の冒険者たちには、面白くなかったみたい。

 トールっていう、生意気な男の子もいるし、余計にね。


「……まず? 兄さま、他にも問題、ある?」


「ああ、ワタシたちのステホが全て砕けた。そちらから聞いた話で、原因は察したが……」


 スイミィちゃんの質問に、ニュートは懐からステホの残骸を取り出して答えた。

 布に包まれていたステホは、復元が出来そうにないほど粉々だ。


 ステホがなくなっても、職業、レベル、スキルはなくならない。

 でも、ステータスの確認や、誰かと連絡を取ることが出来なくなった。

 それと、政府からの重要なニュースも、現状では受け取れない。


 ステホという情報媒体を失い、トールたちは悶々としながら、寂れた村での滞在を余儀なくされている。

 帝国の冒険者──いや、もう盗賊と言い換えよう。盗賊たちが、この村をチマチマと襲撃しにくるので、見捨てられないんだ。

 黎明の牙の一軍と二軍が合流して、二週間も経過した頃──ようやく、私が目を覚ました。




 スラ丸に使っていた【過去視】を解除して、私は現在に意識を戻す。

 とりあえず、聖女の墓標と流水海域に一匹ずつ、スラ丸が置き去りになっているので、【従魔召喚】を使って回収したよ。

 【転移門】はスラ丸自身が門になって、動けなくなるから、入り口側のスラ丸が置き去りになってしまうんだ。


「ふぅ……。二週間も眠っていた割には、全然元気かも……。スラ丸、ありがとね」


 スラ丸の手厚い介護によって、私は眠ったまま、食事も運動もきちんと行っていた。スキル【浄化】があるので、身体も綺麗なままだよ。

 ちなみに、現在の私の服装は、金糸で彩られた純白の衣だった。

 ニラーシャが着ていたものと、非常によく似ている。


 彼女のドロップアイテムである宝箱の中から、スラ丸がこの服を勝手に取り出して、私に着せたみたい。

 なんで? と疑問に思ったけど……この衣服からは、心地良い波動のようなものが感じられるので、気を利かせてくれたのかな。


 衣服の大きさが私にピッタリだから、マジックアイテムだと思う。全てのマジックアイテムには、サイズの自動調整機能が付いているからね。

 どんな代物なのか、ステホで確かめようとして──私のステホも、粉々になっていることに気付く。


「あっ、どうしよう……!? これだと、ルークスと連絡が取れない……!!」


 急いで渇きの短剣を捨てさせようと思っていたのに、予定が狂ってしまった。

 サウスモニカの街が滅んだので、ルークスとどこで合流していいのかも分からない。


「困った……。本当に困った……」


 私は頭を抱えて、どうすればいいのか考え抜く。

 とりあえず、みんなと相談──の前に、事情を説明するのが先だね。

 渇きの短剣に関する事情は、私がニラーシャの悪夢の中で見ただけだから、みんなは知らないんだ。


 現在、トールたちは盗賊退治のために、山の中へと入っていた。

 私は【感覚共有】を使って、彼らに同行しているテツ丸の視界から、無事な様子を確かめたよ。

 みんなのパーティー『黎明の牙』は、一軍と二軍に分かれているんだけど、合流した後は一緒に盗賊退治を行っているみたい。

 丁度、一仕事終わった直後で、これから帰路に就くところかな。


 同行していたペンペンが、ペンギンナイトに進化したので、あっちではちょっとした騒ぎになっている。

 ペンギンナイトは体長が二メートルもあって、大きな丸い盾と、短めの剣を持つペンギンだ。カラーリングは、進化前と変わっていない。

 ペンペンが新たに取得したスキルは【挑発】で、シュヴァインくんと同様に、敵視を取れるようになった。


「ペンペンが進化したってことは、アーシャが意識を取り戻したのよね!? みんなっ、早く帰るわよ!!」


「ふぃ、フィオナちゃん……!! 走ると危ないよぅ……!! そこら中に、ミケきゅんの仕掛けた罠が──」


 フィオナちゃんがシュヴァインくんの制止を無視して、我先にと駆け出し──つるんと滑って転んだ。

 彼女は『ぎゃふん!』と悲鳴を上げて、地面に顔を打ち付けてしまう。

 しかも、転んだ拍子に蔦のロープが引っ掛かって、それと連動する形で頭上から丸太が落ちてきた。


「何やってンだテメェ!! 馬鹿がよォ!!」


 トールが丸太を片手でキャッチして、フィオナちゃんを怒鳴り付けた。

 普段から言い争いが絶えない二人だけど、今回ばかりはフィオナちゃんも、自分が悪いと思っているらしく、しゅんとして反省する。


「うぅ……っ、わ、悪かったわよ……。つい……」


「みゃーはフィオナの気持ち、よく分かるのにゃ! でもっ、慌てると余計に時間を食うから、落ち着いて帰るのにゃあ!」


 ミケはそう言って、みんなを先導しながら山道を歩く。

 彼のスキル【滑る床】と、自作のブービートラップ。それらを山中に幾つも仕掛けて、盗賊や魔物を狩っていたみたい。

 【滑る床】とは、地面の一部を摩擦が発生しない状態にするという、罠系のスキルだね。


 ──トールたちが帰ってくる前に、私は他の従魔の様子も確認しておくことにした。ローズたちが、この家の庭にいるんだ。

 

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