七章 新生活の始まり
第197話 ペンペンの進化
──ぺちぺちと、誰かに軽く頬を叩かれた。
故郷を失った哀れな少女、アーシャこと私が目を開けると、そこは暗闇の中に浮かぶ道の上だったよ。
私の頬を叩いたのは、一匹のペンギン……。白と青のツートンカラーで、名前はペンペン。私の可愛い従魔だね。
「ペンペン、おはよう。ええっと、ここは……進化の夢……?」
目の前には三本に分岐している道があって、それぞれの道の手前には、一枚ずつ看板が立ててある。
左から順番に、『ペンギンウィッチ』『ペンギンナイト』『ロックジャンパー』と、書いてあるよ。
「目が覚めたら夢の中って、どういうこと……?」
私は奇妙な体験に首を傾げながら、ぼうっとする頭で考えを巡らせた。
なんとなく、今までは夢よりも深い場所に、意識があった気がする。
そこで、建国の聖女であるニラーシャの、凄惨な過去を見せられていたんだ。
その悲劇の中で、私はニラーシャに呪われそうになったけど、なんとか退けることに成功したはず……。
「それから、どうなったんだろう……?」
呪いを退けて、気が付いたらペンペンに頬を叩かれていた。
私は聖女の墓標の攻略中なので、今はペンペンを進化させている場合じゃない。
……けど、物凄く精神が安定しているから、少しだけ状況を整理しよう。
サウスモニカの街が壊されて、聖女の墓標の結界が破られ、悪臭が街に流入した。
そして、私は何を血迷ったのか、聖女の墓標の攻略に挑み、悪臭の源をなくそうとしたんだ。
ダンジョンを攻略すると、そのダンジョンの核が手に入り、それを壊すとダンジョンは消滅するらしい。
攻略とは其れ則ち、裏ボスを討伐すること。そう確信して、私は聖女の墓標の裏ボス、『堕ちた聖女・ニラーシャ=アクアヘイム』と戦った──というか、戦っている真っ最中じゃないの?
「うーん……。本当に血迷ったなぁ……。どう考えても危ないし、悪臭が消えても街は元に戻らないし……」
私は正気を失って、馬鹿で無謀な行動を取ったのだと、認識することが出来た。
今までは恐らく、精神に負担を掛け過ぎて、異常を来していたんだろうね。
何故、そんなことになったのか、心当たりならある。
街が破壊されて、恩人も隣人も知人も死んでしまって、その悲しみを抑えるために、スキル【微風】を多用してしまった。きっと、あれがよくなかったよ。
このスキルには、喜怒哀楽を鎮静化させる特殊効果が追加されている。
だから、落ち着けることは確かだけど……抑え込んだ感情が、綺麗サッパリ消える訳じゃない。
きちんと泣き叫んだり、八つ当たりしたり、暴飲暴食をしたり、なんらかの方法で発散させないと、精神に異常を来してしまうんだ。今回の一件で、私はそれを学んだよ。
「とりあえず、起きようかな……。ペンペン、進化は後回しでもいい?」
「ピィッ!?」
ペンペンはショックを受けたように仰け反り、それから真ん中の道の看板をぺちぺちと叩いた。
ペンギンナイトに進化させろって、私に訴え掛けているんだ。
「仕方ないなぁ……。いいよ、行っておいで。駆け足で、出来るだけ急いでね」
私が許可を出すと、ペンペンは短い足を懸命に動かして、もたもたと走り出した。
…………遅い。ペンペンの足が遅くて、中々道の先まで進んでくれない。
目が覚めるまで暇だから、看板を調べておこう。
私がそう決めると、手元にステホが現れた。全体が罅割れており、今にも砕けそうな有様だ。
ステホで思い出したけど、起きたらルークスに連絡を入れて、渇きの短剣を捨てるように伝えないとね。
十中八九、あれはニラーシャを狂わせた原因で、呪われた装備ってやつだと思う。その呪いの効果は、『美しいモノに執着する』という、シンプルかつ厄介なものだよ。
まぁ、ルークスはあの短剣を手に入れてから、まだ一年しか経っていないので、手遅れではないはず……。
ニラーシャがおかしくなったのは、短剣を手に入れてから、十年以上も経過した頃だし……。
「大丈夫……。うん、きっと大丈夫……」
私は自分にそう言い聞かせて、心を落ち着かせた。
それから、一先ずステホで看板を撮影してみる。
『ペンギンウィッチ』──空を飛ぶ箒に乗って、魔法の杖を振るペンギン。魔法が得意だと現れる進化先。
どうやら、ペンペンは魔法が得意だったらしい。初耳だよ。
剣と盾を持たせて、前衛になるように育てていたんだけど、適切な育成方針ではなかったかもしれない。
『ペンギンナイト』──盾を持ち、仲間を守ってくれるペンギン。誰かを守りたいという、強い意志を持つと現れる進化先。
ペンペンは私がテイムする前から、人間と一緒に戦ってくれる仲間ペンギンだった。
時には身を挺して、誰かを守っていたので、ペンギンナイトになる素質は十分あったみたい。
『ロックジャンパー』──高々と跳躍するペンギン。運動が得意だと現れる進化先。
もたもた走っているペンペンが、運動が得意だとは思えない。ペンギンにしては、得意な方ってことかな。
格好いい名前の魔物だけど、要するにイワトビペンギンだよね……。
あんまり強そうじゃないし、どうでもいいや。
看板の確認が終わったタイミングで、私の意識は徐々に浮上していく。
そうして──目が覚めると、ボロっちい見知らぬ天井が視界に映った。
ニラーシャと対峙していた白亜の空間とは、明らかに違う場所だよ。
身体を起こそうとしたら、思うように動かなくて焦ってしまう。
半透明でプニプニした物体が、私の全身を包み込んで、拘束しているっぽい。
誰か助けて、と叫ぼうとしたら、私の意思とは関係なく、身体が半透明なプニプニから排出された。
ケホケホと咳き込み、状況を確認すると──
「えっ、スラ丸!? なんで私を食べてたの!?」
私を包み込んでいたのは、スラ丸だと判明したよ。
この子はメニースライムという魔物で、体長が五メートルもある半透明の粘液体なんだ。
「!!」
スラ丸が感極まった様子で、ベターっと抱き着いてきて、私は再び包み込まれた。
これは……捕食している訳じゃなくて、甘えているだけだね。
酸素を送ってくれるから、普通に呼吸は出来るんだけど……寝起きでこの状態だと、ビックリしちゃうよ。
ちなみに、私が今いる場所は、寂れた村にありそうなボロっちい家の中だった。
窓から青空が見えるので、白亜の空間とは無縁の場所だと思う。
どれだけ記憶を掘り起こしても、全く見覚えがない。
私の周りには、ゴマちゃん、ユラちゃん、ヤキトリがいる。影の中にはティラもいて、みんなが一斉に甘えてきた。
「ああもうっ、みんな可愛い! でもっ、ちょっと落ち着いて! ニラーシャはどうしたの!?」
私が問い詰めると、スラ丸は体長を三十センチまで縮小させて、身体を上下左右に激しく動かし、プルプルと何かを訴え掛けてくる。
この子は私が最初にテイムした魔物で、相棒とも呼べる存在だ。喋ることは出来ないけど、以心伝心はお手の物……。
「ふぅん……。ほほぅ……。へぇ……!! うん、分かんない。スラ丸、何が言いたいの?」
「!?」
一年前にも、こんなやり取りをした気がする。
どうやら、私たちのコミュニケーション能力は、全然進歩していないらしい。
けど、今の私には、便利なスキル【過去視】があるんだ。スラ丸をジッと見つめて、このスキルを使うことで、過去の様子を覗き見させて貰うよ。
──まず、私がニラーシャの悪夢に囚われた後、スラ丸×4、ティラ、ブロ丸、ユラちゃんは、ニラーシャと引き続き戦って、無事に討伐していた。
この時点で、私は目を覚まさなかったので、スラ丸が自分の体内に私を入れて、保護してくれたみたい。
その後、ニラーシャのドロップアイテムであるオリハルコンの宝箱と、その場に出現したダンジョンコアも、忘れずに回収していたよ。偉いね。
ダンジョンの攻略が終わってから、スラ丸たちは【転移門】を使って、流水海域にいる面々と合流した。
そちらには、ミケ、スイミィちゃん、リヒトくんの三人と、私の従魔たちが集まっていたんだ。
「──た、大変だにゃ!! ご主人がスラ丸にっ、食べられているのにゃあ!!」
「わ、わたくしのアーシャさんを食べるなんて……!? スラ丸さんっ、破廉恥ですわよ!! 返してくださいまし!!」
「ミケ、リリィ、落ち着くのじゃ! スラ丸は保護しておるだけであろう! アーシャは……無事じゃな。何があったのかの?」
ローズはミケとリリィを黙らせて、スラ丸たちから事情を聞き出そうとした。
しかし、スラ丸、ティラ、ブロ丸、ユラちゃんの四匹が、身振り手振りで説明しても、ローズたちには全く伝わらない。
──かと思いきや、ここで救世主が現れたよ。
「……スイ、分かった。……丸ちゃん、話し上手」
スイミィちゃんがブロ丸と、完璧な意思疎通を交わして、全ての事情を把握したんだ。
ブロ丸は黄金の球体の魔物、ゴールデンボールであり、人の言葉を話すことは出来ない。……そのはず、なんだけどね。
スイミィちゃんの潜在能力には、計り知れないものがある。
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