第202話 今後の方針

 

「──と、そんな訳で、街には行かなかったの」


 盆地の村に帰ってきた私は、修行中だったみんなを集めて、事情を説明した。

 ルークスがルチア様を助けて、指名手配犯になっていること。

 それを聞いたフィオナちゃんは、ヤキトリを抱き締めながら、瞳をキラキラと輝かせる。


「なによそれっ!? 凄腕の少年暗殺者が、敵国の皇女様を助けて駆け落ちって、ラブストーリーみたいな展開ね!!」


「いやあの、そんなキラキラした話じゃないんだけど……」


「あっ、そ、そうね……。アーシャはその、ルチアとかいう女に、ルークスを寝取られた訳だし……舞い上がって、悪かったわね……」


「フィオナちゃん、言い方……」


 寝取られたって、そんな言い方はあんまりだよ。

 ルークスは別に、私の恋人じゃない。そもそも、呪いが原因でルチア様を助けただけだし、本当の心までは奪われていないはず……。

 私が口ごもりながら事実を並べていると、トールが舌打ちした。


「チッ、心配して損したぜ。女のケツを追い掛けて消えた馬鹿のことなンざ、放っておけばいいだろ」


「呪いが原因なのだから、そう言ってやるな。……それで、どうする? ルークスがルチアと行動を共にしていると仮定して、ワタシたちも帝国へ向かうか?」


 ニュートが全員の顔を見回して、ルークスを連れ戻す案を出した。

 彼には、闇商人のノワールに奪われた母親の遺体を取り返すという、大事な目標があるんだけど、ルークスのことを優先してくれるみたい。

 リヒトくんとミケが、真っ先に賛成する。


「兄貴たちも指名手配されているから、国外へ逃げるのは良い手なのだ! 我は旅もしてみたいし、帝国行きに賛成なのだぞ!」


「みゃーも賛成にゃ!! 帝国随一のメスを拝んで、あわよくば交尾したいのにゃあ!!」


 呑気な二人とは対照的に、スイミィちゃんとフィオナちゃんが、きちんと懸念点を挙げる。


「……ルチア、皇族。……どうやって、会う?」


「王国からの移民って、帝国の連中に敵対視されないの? あっちの国土で、まともに活動出来るとは思えないわよ?」


 ルチア様に会う方法も、帝国で穏便に活動する方法も、そう簡単には思い付かない。そもそも、ルークスとルチア様が行動を共にしているか、まだ分からないからね。

 ルークスが彼女の命を助けた後、雲隠れした可能性もある。


 それと、難題は他にもあるよ。ルークスを発見出来ても、渇きの短剣を取り上げることが、非常に難しそうなんだ。

 彼が王国を裏切ってまで、ルチア様を助けたとなると、美しいモノに執着する呪いは、かなり進行していると見て間違いない。


 渇きの短剣の刃は、ゾッとするほど美しいから、捨てろと言っても従わない可能性が高い。

 強引に奪うとなると、戦闘か、あるいは逃げられるか……。逃げに徹したルークスを捕まえるのは、至難の業だよね。


 となると、こっそり盗んでしまうのが、一番賢い選択肢かもしれない。

 この方法なら、トールたちの助けは必要ないかな。


「──よしっ、決めた! 私は帝国にスラ丸たちを派遣して、情報収集と短剣の奪取を狙ってみるよ」


 魔物使いのレベルも随分と上がったことだし、テイム出来る魔物の枠には余裕がある。だから、スラ丸を二匹増やそう。


 一号は私の荷物持ち、二号は拠点でお留守番、三号はフィオナちゃんに貸し出し、四号はスイミィちゃんに貸し出し、五号は王国内で情報収集。

 そして、六号から十号を帝国に派遣する。

 もっと増やすことも考えたけど、スラ丸には【遍在】があるので、数は足りるかもしれない。一旦、これで様子見しよう。


「アーシャ、ワタシたちに出来ることは?」


 ニュートに問い掛けられて、私は腕を組みながら考え込む。

 情報収集であれば、スラ丸が分身を使って安全に行える。短剣の奪取だって、【収納】を使えばいい。


「うーん……。今はまだ、思い付かないけど……いざというときに、力を借りるかもしれないから、強くなって貰いたいかな」


「ふむ……。結局のところ、基本の方針は変わらないのか……」


 前々から、強くなるためにレベル上げをしていたので、今後もそれは同じだね。

 この世界で起こる問題は、暴力で解決出来ることが多い。それを本能的に理解しているトールは、猛獣を彷彿とさせる笑みを浮かべた。


「とにかく、腕っ節を鍛えりゃァいいワケだ!! 分かりやすくて助かるぜッ!!」


「ナハハハハハハッ!! 兄貴っ、早速修行をするのだ!! まずは、素振り千回から!!」


「ハァ!? 千回じゃ足りねェだろォがッ!! 百万回だッ!! 行くぜリヒトっ、遅れンじゃねェぞ!!」


 トールとリヒトくんが得物を持って、庭の片隅で素振りを始めた。

 体力お化けの戦士であるトールに、魔法使いのリヒトくんが付いて行くのは、どう考えても難しい。というか、不可能だよ。

 それでも、彼は自分が出来ることを疑っていない。良い意味で、馬鹿だからね。

 フィオナちゃんは彼らを一瞥してから、呆れたように肩を竦める。


「馬鹿二人は放っておいて、話し合いを続けるわよ。ルークスの件は、アーシャとスラ丸に任せるとして……あたしたちは、今後どうするの?」


「……村、守りたい。……スイ、そんちょーに、食べ物もらった」


「ぼ、ボクも、村を守りたい……!! 守るって、村の人たちと、約束したから……!!」


 スイミィちゃんとシュヴァインくんは、この村を守ろうとしている。

 黎明の牙の一軍メンバーが、ニュートを除いて指名手配されたので、律儀に強制依頼を達成する必要は、ないんだけどね……。


「ここに留まれば、対人戦の経験を嫌というほど積める。悪くない選択肢だ」


 ニュートはちらりと、年少の二人を見遣って、自分の意見を口にした。

 未だに殺人を忌避している二人の意識改革が、必要だと判断したのかもしれない。


「私は反対しないけど、滞在するのは不安だよ。トールたちが、指名手配されているから……」


 指名手配。この問題を私が改めて挙げると、フィオナちゃんが眉間に皺を寄せながら、難しい顔をした。


「大丈夫、とは言い難いわね……。あたしたちの首を狙って、賞金稼ぎがここまでくるかもだし……」


「フィオナが珍しく弱気だにゃあ! 賞金稼ぎでも盗賊でも、みゃーの罠で返り討ちにしてやるからっ、任せろにゃ!!」


「ミケ、あんたって本当に馬鹿よね。賞金稼ぎは盗賊じゃないのよ? そいつらを殺したら、あたしたちが本当の悪者になっちゃうじゃない」


 賞金稼ぎを行っている人たちは、王国の治安を維持している側の人間なんだ。

 つまり、減れば減るほど、王国の治安が乱れることになる。

 フィオナちゃんの言う通り、彼らを殺すのはよくないよね。


「これは、ワタシたちだけで決めていい問題ではないな。この村に留まるのであれば、賞金稼ぎが村人を巻き添えにして、ワタシたちを攻撃するかもしれない」


「村から離れる場合は、盗賊から守れなくなるし……うん、村の人とお話しよう」


 ニュートと私は意見を出し合って、村長さんと話し合うことを決めたよ。

 指名手配されている事情もきちんと伝えて、判断を仰ごう。

 話し合いに臨むのは、私、シュヴァインくん、フィオナちゃん、ニュートの四人。

 あんまり大勢で押し掛けると、迷惑になりそうだから、全員は連れて行かない。


「し、師匠……!! る、ルチア様って、どんな美人さんなの……?」


 畦道を歩いている途中、シュヴァインくんが私の耳元で、そんなことを尋ねてきた。

 彼がルチア様をハーレムメンバーに加える未来は、どこでどんな選択をしても、訪れないと思う。……けど、まさか、狙ってる?


「シュヴァインくん、浮気は駄目だよ」


「う、うん……。でも、その、ぼ、ボクの装備も、呪われているかもだし……。ルークスくんみたいに、フラフラって……」


「シュヴァインくん、駄目だよ」


「う、うん……」


 私が冷たい声で言い含めると、シュヴァインくんはしゅんとして引き下がった。

 ルチア=ダークガルドという人物は、使命感つよつよ利他的殉教者だから、絶対に近付かない方がいい。

 私の女の勘が、あの人は特大の地雷だって、教えてくれているんだ。

 

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