第189話 日常の終わり
この一週間で成長したのは、二軍のメンバーだけじゃない。
私の従魔であるグレープとタクミも、進化して立派な姿になった。
グレープの進化先の候補は、『トレントリーダー』『トレントソーサラー』の二つで、私は後者を選んだよ。
トレントリーダーは統率個体だから、下位のトレントを集めて果樹園を作ることが出来る。
それは魅力的だったんだけど、トレントソーサラーの方がもっと魅力的だった。
まず、トレントソーサラーが実らせる果物には、魔力を少しだけ回復させるという、得難い効果が宿る。
これは青色のポーションの素材になるので、この時点で万々歳だよね。
私のスキル【耕起】を使って、葡萄の品質を高めれば、魔力の回復効果も上がる。
今はポーション作りに精通しているリリィもいるし、いつか青色の中級ポーションを生産出来るようになるかもしれない。
更に長所を挙げるなら、トレントソーサラーは純粋に強い魔物なんだ。
攻撃系の中級魔法を取得するので、お屋敷の庭を守るのに適している。
進化前のグレープの見た目は、高さが三メートル程度の若木だったけど、進化後は十メートルまで伸びているよ。
枝葉の触感は変わっていないのに、見た目が硝子のようにキラキラしているから、とっても綺麗なんだ。
取得しているスキルは、【果実生成】【土杭】【土流葬】の三つ。
新スキルの【土流葬】は、洪水みたいな勢いで、大量の土砂を敵に押し付ける魔法だった。
私の従魔の中では、初となる範囲攻撃魔法で、なんだか誇らしい気分になる。
タクミの進化先の候補は、『カオスミミック』一択だったよ。
百種類のマジックアイテムを食べさせるという、お金が掛かる偉業を成し遂げて、私は感無量だ。
進化後のタクミの姿は、大きさが二メートルくらいの黒い宝箱。質感は真珠っぽくて、様々な宝石が散りばめられているので、一気に高級感が増した。
蓋を開けると、鋭い牙が並んでいて、大きな舌も見える。
取得しているスキルは、【宝物生成】【合成】の二つ。
新スキルの【合成】は、二つのマジックアイテムを一つにして、強化するというもの。
トールが装備している武器、『強大な鋼の鎚+1』みたいな代物を作れるんだ。
必ずしも、望みのものが作れる訳ではなく、失敗して消失する可能性もある。
だから、紛うことなきギャンブルだね。
──これで、予定していた従魔の進化は、恙なく終わったことになる。
ゴマちゃんは今の愛らしい姿が、完全無欠の最終形態なので、進化させるつもりはない。
ヤキトリに関しては……どうしようか、結構悩んでいるよ。
あの子はフェニックスの卵から誕生した魔物なので、フェニックスになると思うんだけど……今のところ、それらしき進化条件は満たしていない。
何かの拍子に、思わぬ進化条件を満たすかもしれないし、夏まで保留にしようかな。
レベル上げも従魔の進化も、当面の目標はクリアしたので、次の目標を定めよう。
やっぱり、広い庭を手に入れたから、新しいトレントを育てたい。
林檎、蜜柑、桃のトレントは、いつか確保しようって決めていたんだ。
「──アーシャさんっ!! 完成しましたわ!! 見てくださいましっ!! 褒めてくださいましっ!! ギュッと抱き締めてっ、耳元で愛を囁いてくださいましいいいいぃぃぃッ!!」
お店のカウンター席に座っている私のもとへ、ウーシャに【憑依】している状態のリリィがやって来た。
彼女の手には、微かな光輝を帯びた赤色のポーションが握られている。
私は驚愕しながら、そのポーションを凝視したよ。
「リリィっ!? ま、まさか、それは……!?」
「そのまさかっ、ですわ!! 赤色の中級ポーションですわよ!! 遂に完成しましたの!!」
「いよしっ、偉いよリリィ!! ありがとう!!」
リリィ曰く、私の【耕起】で品質を上げたローズの花弁+高純度の水の魔石+聖水を使って、生産に成功したらしい。
花弁の加工方法を変えたとか、聖水の量を変えたとか、加熱時間や混ぜ方を工夫したとか──色々と苦労はあったみたいだけど、本当によくやってくれたよ。
ステホで撮影してみると、確かに『中級ポーション』という名前になっていた。
重傷を治す効果があって、大抵の怪我はこれ一本でどうにかなる。
ただし、大きく欠損した部位は再生しない。あくまでも、傷を塞ぐだけだね。
私は使わないけど、お店の高額商品になるんだ。
……リリィが喜色満面の笑みを浮かべて、ハグをして欲しいと言わんばかりに、両腕を広げている。
仕方ないので、今回は応じてあげよう。値千金の成果だから、本当に特別だよ。
「んほぉ……!! ふひっ、ふひぃ……!! アーシャしゃんのぉ、温もりぃ……!!」
「──はい、終わり」
時間にして、僅か十秒ほどだったけど、私は少し後悔した。
リリィは天にも昇る心地だったのか、【憑依】が解除されて、成仏しそうになっている。
しかも、鼻の下が伸びており、顔面が蕩けきって、人様には見せられない表情になってしまった。
私とリリィのやり取りを他所に、ローズが中級ポーションを眺めて、ご満悦な笑みを浮かべる。
「ほほぅ……。こうも見事に、妾の花弁を加工するとは……リリィっ、其方はただのド変態ではなかったのじゃな!!」
「そうですわ! わたくしはただのド変態ではなくっ、優秀なド変態ですの!! さぁっ、ローズさんもハグしてくださいまし!!」
「それは嫌なのじゃ」
「あぁん!! 美少女に素気無く断られるのもっ、快感ですわぁ……っ!!」
リリィは相手が美少女だったら、どんな対応をされても満足出来るみたい。
そういえば、と私はもう一つのポーションの成果も確かめる。
「リリィ、青色のポーションの方はどうかな? 中級に出来そう?」
「いえ、そちらは難航しておりますの……。品質の向上なら出来ましたが、未だに下級の域を出ませんわね……」
「そっか……。うん、品質が向上しているなら、全然いいよ。ありがとう」
リリィが作った青色の下級ポーションを見せて貰い、ステホで撮影すると、魔力が五割も回復する代物だった。
連続で服用することは出来ないけど、これの有無は魔法使いにとって、物凄く大きな差になる。
「アーシャよ、早速これを持って、納品に行ってはどうかの? あの七三分けの役人……。彼奴をギャフンと言わせてやるのじゃ!」
「普通に褒められるだけだと思うけど……リリィ、新しいポーションは量産出来てる?」
「出来ていますわよ! 既にスラ丸さんの中に、入れてありますの!!」
リリィはドヤ顔をしながら、胸を張ってそう答えた。
ド変態であるという欠点に目を瞑れば、この子は頗る優秀なので、テイムしてよかったと思える。
私はローズの勧めに従って、これらのポーションを納品するべく、役場へと向かうことにした。
帰りに商業ギルドへ立ち寄って、果樹の苗木を購入しよう。
──アクアヘイム王国は戦時下だけど、サウスモニカの街は今日も平和だ。
青々とした空を見上げていると、なんの憂いもないのだと錯覚しそうになる。
私はスラ丸をリュックに入れて、ティラを影の中に潜ませ、盾形のブロ丸を引き連れた状態で、のんびりと街中を歩く。
「あ、そうだ。ブロ丸、建物の意匠でも勉強しておく?」
私が問い掛けると、ブロ丸は身体を上下させて頷いた。
早速、私はブロ丸に乗って、街の上空へと移動する。今のブロ丸は、身体を二メートルまで縮めているけど、やっぱり黄金なので目立つよ。
上空から街を一望して、ブロ丸が建物の形状を記憶していく。
この子がもっと進化して、体長が一キロメートルを超えたら、【変形】を使って街そのものになれるかも……。夢が広がるね。
そんなことを考えながら、日光浴を楽しんでいると、少しだけ罪悪感が湧いてきた。
「私ばっかり平和で、なんだか申し訳ないなぁ……」
ポーションを納品することで貢献しているとは言え、私がやっていることは命懸けじゃない。
だから、どうしても気が緩んでしまう。
気持ちを引き締めるために、戦場の様子を確認してみよう。
私は【感覚共有】を使って、スラ丸三号と八号の視界を覗き見した。
まずは王国東部にいる三号だけど、あの子はトールたちと一緒に、中規模の農村を防衛中だよ。村の人口は、千人くらいかな。
その村には、王国の冒険者パーティーが幾つも集まっており、冒険者の総数は二百人を超えている。
村人の中にも、戦える人たちがいるので、戦力は申し分ない。
帝国側の冒険者たちに、何度か襲撃されているけど、被害は軽微で済んでいた。
王都の様子は、スラ丸八号の視界を覗き見すれば分かる。
帝国軍は十万人くらいの軍勢で、王都を包囲中だよ。
その軍勢はニ十個に分けられており、それぞれが距離を取りながら布陣している。
王都を攻めるときもバラバラだし、帝国軍は怯えながら、蜂の巣を突いている感じかも……。
恐らく、極大魔法の鍵を警戒しているんだ。固まっていたら、一掃されちゃうからね。
ツヴァイス殿下が亡くなられた後、あの鍵が誰の手に渡ったのか知らないけど、紛失したということはないはず……。
この戦争に勝てるかどうか、それは鍵の使い方次第だと思う。
王国軍は東西南北の諸侯と兵士を王都に集めて、とにかく防衛に専念している。
兵力は五万人くらいで、王国北部は完全に明け渡したらしい。
定期的に、上級魔法の応酬が繰り広げられているけど、別の上級魔法で相殺されるか、何重もの結界で防がれて、決定打にはなっていない。
「今日も大きな変化は、なさそうかな……」
私がそう呟いたところで、ブロ丸が建物の勉強を終わらせた。
このまま、私たちは役場へと移動する。
そこには、ポーションやら武具やら、軍事物資を納品しに来ている人が多くて、少しだけ行列が出来ていたよ。
現在、この街には北部と東部から、色々な職人たちが避難して来ているんだ。
コレクタースライムを使えば、輸送コストは殆ど掛からない。
だから、職人は安全圏で生産活動に勤しむのが、合理的なんだろうね。
私が列に並ぼうとしたとき──不意に、大通りの真ん中で、一匹のスライムが身体を膨らませた。
大きさは三メートルくらいで、すぐにゲートスライムだと察する。
「スラ丸、じゃないよね……?」
私との繋がりが感じられないので、スラ丸という線はすぐに消えた。
ゲートスライムへの進化条件を考えると、野生ということもないと思う。
私を含め、周囲の市民が困惑している最中──件のスライムは、自分の身体を門の形状にして、スキル【転移門】を使ったよ。
そして、ふらりと一人の老人が、門を潜って現れる。
彼は魔法使い然としており、髪がない頭部には龍の刺青が施されていた。
目立つ装備は、紅色混じりの黄金で作られた龍の意匠の長杖と、八脚馬の紋章が縫い付けられた水色のローブ。
その紋章を見て、私の脳内で警鐘が鳴った。怖気が抑えられない。
だって、その紋章は、帝国南部の貴族、スレイプニル辺境伯家のものだから──
「嗚呼、平和で美しい街ですなぁ……。儂らの故郷は、火の海に沈んだというのに……。同じ南部でも、帝国と王国で、こうも違うとは……」
老人は好々爺らしい朗らかな笑みを浮かべながら、ローブに縫い付けられている紋章を握り締め、サウスモニカの街並みを見渡した。
彼の瞳には、視界に映る全てのモノを呪うような、底知れない憎悪が宿っている。
そして、一人、また一人と、甲冑姿の騎士たちが【転移門】を潜って、サウスモニカの街に足を踏み入れた。
彼らが装備している甲冑にも、八脚馬の紋章が刻まれており、私は平和な日常の終わりを悟る。
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