第190話 報復
魔法使い然とした老人と、彼を守る二十人の騎士。
彼らが帝国の人間であることは、一目瞭然だった。
でも、サウスモニカの市民たちは、誰一人として騒ぎ出さない。
余りにも唐突な出来事に、理解が追い付いていないんだ。
「ドラーゴ様、ここに兵士を展開したいので、周辺を一掃してください」
魔法使い然とした老人に対して、騎士の一人がそう要請した。
この老人の名前は、ドラーゴと言うらしい。
「任せよ。老いも若きも、皆等しく逝けぃ……!! 【青龍越水】──ッ!!」
ドラーゴが杖を掲げると、彼の全身から青い魔力が迸り、頭上に龍が現れた。
その龍の身体は、膨大な量の水によって形成されており、大きさが百メートル以上もある。
龍は蛇のように長い身体をくねらせて、大口を開けながら役場に突っ込んだ。
「──に、逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
ドラーゴが凶行に及んだことで、ようやく市民たちが叫び出し、弾かれたように逃げ出した。
水の龍は役場を破壊すると、そのまま周辺で暴れ回り、人も建物も瞬く間に呑み込んでいく。
「ブロ丸っ、飛んで!!」
私はブロ丸に乗って、上空へと逃げた。
眼下では、ドラーゴが二つ、三つと水の龍を追加で生み出して、被害を更に拡大させている。
程なくして、周辺に邪魔なモノがなくなったところで、【転移門】から続々と帝国兵が姿を現した。
百人、二百人、三百人と、帝国兵が増えていく。
門の向こう側には、まだまだ兵力が残っているのか、流入が止まらない。
「疾く殺せ。須らく殺せ。儂らの絶望を思い知らせよ」
ドラーゴは淡々とした口調で、帝国兵に命令を下した。
すると、狂気が爆発したかのように、帝国兵は殺意を籠めて叫び出す。
「「「殺せえええええええええええええええええええッ!!」」」
彼らは足並みを揃えず、我先にと駆け出した。その目的は、復讐。
瓦礫に押し潰されている女性を刺し殺し、逃げ惑う子供を斬り殺し、立ち塞がる青年を叩き殺し──老若男女を問わず、市民が虐殺されていく。
「──高みの見物とは、趣味が悪いな。王国の民とは、女子供でも下衆らしい」
ゾクリと、肌が粟立った。私は上空にいるのに、背後から男の人の声が聞こえたんだ。
それと同時に、私の胸から槍が生える。
心臓を貫かれた──けど、身体が蜃気楼のように揺らいで、ダメージは皆無だった。
どうやら、【逃げ水】のバフ効果に救われたらしい。
背後を振り返ると、上空まで跳躍してきたと思しき帝国兵が、ティラに切り裂かれる瞬間を目撃してしまった。
「に、逃げ、水……だと……ッ!?」
上半身だけになって落下していく帝国兵は、私に掛かっているバフ効果の正体を見破ったよ。
でも、もう遅い。彼は頭から地面に落ちて、事切れた。
私が奇襲を受けたことで、ブロ丸が元の大きさと形状に戻り、球体の内部を空洞にして、私とスラ丸とティラを入れてくれる。
完全に密閉された状態の、鼠一匹入れない防御姿勢だ。
スラ丸が【収納】を使って、この場に酸素を供給し始める。
ブロ丸は【変形】を使って、内部に黄金の椅子を作り、私は【光球】を浮かべながら、そこに座らせて貰った。
「クゥン……」
「大丈夫だよ、ティラ。私は無事だから」
ティラが申し訳なさそうに、鼻先を擦り付けてくる。
スキル【気配感知】があっても、奇襲に気が付けなかったのは、敵の方が一枚上手だったからだ。
多分、あの帝国兵は気配を消すスキルか、マジックアイテムでも持っていたんだろうね。
私は【感覚共有】を使って、ブロ丸の視界から眼下の様子を確かめた。
帝国兵たちの大半は、未だに市民の虐殺を続けている。
ただ、一部の者は手を止めて、ドラーゴと一緒に上空のブロ丸を警戒しているよ。
「実力者は、出払っていると思っておったが……中々どうして、厄介そうなのが残っておるわい」
ドラーゴはくつくつと、暗い笑みを零しながら、杖をこちらに向けてきた。
すると、街中で暴れ回っていた水の龍が、一斉にブロ丸へと襲い掛かる。
「ブロ丸っ、耐えて!!」
どう頑張っても、回避は出来ない。
私にはスラ丸の【転移門】を使って、逃げるという選択肢もあった。
それでも、ブロ丸の内部に留まって、【治癒光】を使うことにしたよ。
三体の水の龍が直撃して、ブロ丸の身体がガリガリと削られていく。
私は涙を堪えながら、『頑張れ、頑張れ』とブロ丸を応援した。
この子はスキル【魔法耐性】を持っており、私のスキル【再生の祈り】と【治癒光】によって、二重の回復効果の恩恵まで受けている。
それらが合わさって──なんとか、耐え抜くことが出来た。
「な──ッ、なにぃ!? 馬鹿な……ッ!! 儂の魔法を食らって、無傷だと!?」
ドラーゴは目を見開きながら、驚愕している。他の帝国兵たちにも、動揺が走った。
「ドラーゴ様っ、落ち着いてください!! あれは魔法防御に特化した魔物です!! ここは我々にお任せを!!」
一部の帝国兵たちが、弓矢、剣、槍などを構えて、ブロ丸に敵視を向けてきた。
魔法で駄目なら物理っていうのは、定石だよね。
私は【光輪】による並列思考を駆使して、【魔力共有】でスラ丸たちから魔力を貰い、【治癒光】を使い続ける。
それから、流水海域にいるイーシャの身体を使って、スイミィちゃんたちに『しばらくダンジョンから出ないで!』と伝えた後、イーシャを消した。
これで、【対物結界】が本体に移ったから、ブロ丸を結界で囲ったよ。
この結界は、【対物結界】+【再生の祈り】の複合技で、自動修復機能が付いているやつだ。
更に、【逃げ水】を連発して、私たちのバフ効果を更新し続ける。【水の炉心】があってこその、消耗を度外視した荒業だね。
こちらの準備が整うのと同時に、様々なスキルを使った物理攻撃が、地上から飛んできた。
斬撃、打撃、刺突。純粋に威力が高かったり、防御力を無視したり、枝分かれして手数が増えたり──恐ろしい光景だけど、私は目を逸らさない。
「大丈夫っ!! 私だって、成長しているから!!」
幸いにも、殆どの攻撃は結界で弾くことが出来た。
防御力を無視する攻撃だけは、結界もブロ丸の身体も貫いたけど、【逃げ水】による完全回避で対処出来ている。
このタイミングで、地上の様子が大きく変わったよ。
「──ま、待てッ!! やめろぉ!! どうして味方を攻撃するんだ!?」
「て、敵はどこだ!? 頭がぐるぐるしてっ、あああああああああッ!!」
「混乱状態!? 不味いっ、取り押さえろ!!」
「「「ぐるぐるぐるぐるぐるぐる」」」
【逃げ水】に追加されている特殊効果で、帝国兵が次々と混乱状態に陥り、同士討ちを始めた。
逃げ惑う市民たちの悲鳴と相まって、地上は阿鼻叫喚の坩堝と化している。
一時的に敵の攻勢が弱まったので、私は状況を整理することにした。
──まず、街中に現れたゲートスライム。あれは帝国側の従魔で間違いない。
今までは王国側しか、進化条件を知らなかったけど……帝国側も、知ってしまったんだ。
ゲートスライムをサウスモニカの街に忍び込ませるのは、呆れるほど簡単だったと思う。よく似ている姿の魔物、クリアスライムが多い土地だし、外と繋がっている水路も少なくない。
次に、敵に関すること。連中は帝国南部の生き残りだよ。
あの土地は、王国側のテロ行為によって、火の海になってしまった。
土地、財産、家族、恋人、友人。多くのモノを失った人たちばっかりで、話し合いが通じるようには見えない。
彼らは自分たちが全滅するか、王国の民を皆殺しにするまで、止まらないだろうね。
サウスモニカの街の戦力は、かなり薄くなっているよ。
ライトン侯爵と騎士団は、王都で帝国軍と戦っているし、冒険者たちは王国東部へ出向いている。
この状況に対処出来る人員が、いない──と思ったら、大聖堂の近くで、白銀の甲冑を装備した聖騎士たちが、帝国兵と戦い始めた。
そういえば、彼らがいたね。
でも、戦っている様子を見た感じ、聖騎士の大半は格好だけが立派で、実力が伴っていない。期待するのはやめよう。
「私がやるべきことは──とりあえず、従魔たちの回収!」
私はスラ丸の中から、硝子のペンを取り出して、宙に魔法陣を描いた。
使うのは、【従魔召喚】+【従魔縮小】の複合技。これによって、小さい魔法陣で縮小状態の従魔を召喚出来る。
「──の、のじゃ!? 一体何事なのじゃ!?」
「ごめんっ、事情の説明はまた後で!!」
いきなり召喚されて、ローズが右往左往している。
申し訳ないけど、私はお構いなしに、スラ丸の【転移門】に彼女を押し込んだ。
お屋敷とお店にいる他の従魔たちも召喚して、流水海域に避難させたよ。二軍メンバーの護衛にもなるし、これで一安心かな……。
この場に残ったのは、私、スラ丸、ティラ、ブロ丸。さっきまでと同じメンバーだね。
「次は家を守って──いやっ、違う!! マリアさんを助けないと!!」
家なんて、壊れたら建て直せばいい。それよりも、恩人の命を優先しよう。
ただ、ブロ丸を孤児院へ向かわせると、帝国兵が追ってくる可能性が高い。
だったら、ここで暴れて、帝国兵を引き付けた方がいい。そうすれば、マリアさんだけじゃなくて、街のみんなが逃げるための時間を稼げる。
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