第184話 下着泥棒

 

 ──お風呂場まで移動してから、私はスキル【過去視】を使った。

 そうして、この場の過去の様子を覗き見すると、予想外の光景を捉えてしまう。

 なんと、丸っこいブタさんのぬいぐるみが、下着をハムハムと食べていたんだ。


 そいつの大きさは三十センチ程度で、金髪縦ロールのカツラを被っている。

 私には見覚えがないけど、ぬいぐるみと言えば、スイミィちゃんかな?

 彼女は丸っこいぬいぐるみが大好きで、自分の部屋に幾つも飾っていたはずだよ。 


『ふひっ、ふひひひひっ、美少女のおぱんちゅ、おいちいですわぁ……っ!! わたくしっ、感無量ですの……っ!!』


 ブタさんのぬいぐるみは、やや甲高い少女の声色と、お嬢様っぽい口調で喋っていた。

 もうね、この時点で私は理解したよ。このぬいぐるみが、ド変態だって。

 フィオナちゃんとスイミィちゃんの下着を食べた後、ぬいぐるみは浴場を覗き見して、二人が出てくる直前で立ち去った。


 私はその行方を追って、お屋敷の中を歩き──最終的に、スイミィちゃんの部屋に到着したよ。

 私に付いてきたフィオナちゃんとミケが、揃って首を傾げる。


「まさか、犯人はスイミィなの……? あいつ、あたしと一緒に、お風呂に入っていたわよ?」


「はにゃあ……? スイミィはメスにゃんだよ? どうしてメスが、同じメスのパンツを盗むのかにゃあ?」


「いや、スイミィちゃんは関係ないと思うけど……どうかな? とりあえず、犯人がこの部屋に入ったのは、間違いないよ」


 私がコンコンと扉をノックすると、スイミィちゃんがひょっこりと顔を覗かせて、部屋に招き入れてくれた。


「……姉さま、おはよ。……何用?」


「実は、丸っこいブタさんのぬいぐるみを捜しているの。それが、下着泥棒みたいで……」


 スイミィちゃんの部屋の中には、大小様々なぬいぐるみが、百個くらい置いてある。

 その大半が、丸っこいぬいぐるみだけど──あった! 金髪縦ロールなんて目立つ特徴があるから、すぐに見つかったよ。


「えっ、こいつが犯人なの? どう見ても、ただのぬいぐるみよね……?」


 フィオナちゃんが訝しげに、ブタさんのぬいぐるみを突っつくと、この子の目が少しだけ泳いだ。

 私はぬいぐるみの口に手を突っ込んで、ごそごそと中を漁る。


「──これ、だよね? 二人の下着」


 布を掴んだので引っ張ってみると、二枚の下着が出てきたよ。

 大人の勝負下着みたいなデザインの代物と、布面積が少ない紐の下着。

 前者は赤色で、フィオナちゃんのもの。後者は青色で、スイミィちゃんのもの。

 二人とも、おませさんだね……。私なんて、シンプルかつ安価な、白い木綿のやつなのに。


「これは確かに、あたしの下着ね。スイミィ、どういうこと?」


「……スイ、知らない。……この子、勝手に食べた」


 フィオナちゃんの問い掛けに、スイミィちゃんは小さく頭を振る。嘘を吐いている様子はないよ。

 だとすれば、ぬいぐるみが勝手に動いて、勝手にやったことだ。

 私たちがジトっとした目で、ぬいぐるみを凝視すると、ミケが何食わぬ顔で手を伸ばしてきた。


「この謎を解明するために、みゃーが二人のパンツを預かっておくのにゃ。調査結果は後日、ご報告させて貰いますにゃあ」


「「「…………」」」


 女子三人で白い目を向けると、ミケは耳と尻尾を萎れさせて、無言で手を引っ込めた。

 私はミケから視線を切って、再びぬいぐるみを見つめ、審判を下す。


「よく分からないから、燃やそっか」


「ひぇっ!? ま、待ってくださいまし!! わたくしっ、悪いぬいぐるみではありませんの!!」


 突然、ぬいぐるみが喋り出して、フィオナちゃんとミケが驚愕する。


「しゃ、喋ったぁ!? 何よこいつッ、魔物!?」


「にゃにゃっ、これはメスの声だにゃあ!! しかもっ、中々の美少女にゃんだよ!!」


 フィオナちゃんの疑惑通り、魔物だったら怖いね。

 人語を使える魔物という時点で、かなり知能が高いんだ。

 私はステホを使って、ぬいぐるみを撮影してみる。


 こうして判明したのは、種族名が『ゴースト』で、持っているスキルは【憑依】だということ。

 このスキルは、自分よりも弱い相手だったり、魂がない物体に乗り移れるスキルらしい。

 ゴーストは死霊系の魔物で、聖女の墓標にいるシスターゴーストの、進化前の種族だと思う。


「ぬいぐるみは乗っ取られているだけで、幽霊の魔物が本体みたいだよ」


「へぇ……。乗っ取りって、かなり凶悪な魔物よね? 早く始末した方がいいわよ」


「うん、そうだね。ここはスラ丸の【浄化】で──」


 私とフィオナちゃんが、幽霊退治の算段を付けていると、ぬいぐるみが涙声で叫ぶ。


「だ、だからっ、待ってくださいまし!! わたくしは悪いぬいぐるみ──もとい、悪い幽霊じゃありませんの!!」


「いやいや、下着を盗んだでしょ? なんの捻りもなく、普通に悪い幽霊だよ」


「うぐっ、そ、それは……その、お屋敷に住んでいる女の子たちが、余りにも可愛くて……つい、出来心で……」


「出来心って、免罪符にはならないよね。スラ丸、成仏させてあげて」


 私はスラ丸を掲げて、スキル【浄化】を使わせた。

 すると、ぬいぐるみが清涼な光に包まれて、『あばばばばば!!』と悲鳴を上げたよ。

 数秒後に光が収まると、ぬいぐるみから一人の少女が飛び出す。


 彼女の年齢は十代半ばで、ボリュームがある金髪縦ロールと、薄紅色の瞳を持っている。

 目尻が少し吊り上がっていて、なんだか悪役令嬢っぽい顔立ちかも……。

 服装は見窄らしい灰色の襤褸で、全身が半透明だから、如何にも幽霊って感じだね。


 ちなみに、彼女が外に出たことで、ブタさんのぬいぐるみから、金髪縦ロールが消えたよ。

 この髪型が憑依されている目印なら、物凄く間抜け……もとい、分かりやすい。


「ゆ、許してぇ……っ、許してくださいまし……!! わたくし、まだ死にたくありませんわ……!!」


「まだっていうか、もう死んでいるわよね」


 フィオナちゃんがそう指摘すると、ゴーストはポロポロと涙を零し始めた。


「それはそうですが……っ、生前は志半ばで処刑されてしまったので、このままでは死んでも死に切れませんの……」


 このゴースト、何やら訳ありらしい。

 私がフィオナちゃんとスイミィちゃんを見遣ると、二人とも判断に困っているみたいで、『任せる』とアイコンタクトを送ってきた。


「にゃあ、ご主人……。少しくらい、事情を聴いてあげたら、どうかにゃあ……?」


「うーん……。まぁ、そうだね。少しくらいなら……」


 ミケの提案に頷いて、私はゴーストの言葉に耳を傾ける。


「うぅっ、感謝致しますわ……!! まずは、自己紹介から……わたくし、名前はリリィと申しますの。元々は普通の人間で、このお屋敷で暮らしていた大商人の娘……の、影武者でしてよ。お仕事を全うした後に、気が付けばゴーストになっておりましたわ……」


 リリィの出自は、寂れた農村だったらしい。

 お嬢様の影武者だから、似非お嬢様ってことだね。

 このお屋敷で暮らしていた大商人は、何十年も前からスキル【収納】を使って、荒稼ぎしていた人物だ。


 そして、コレクタースライムの普及によって、一気に儲けが減ったので、魔物使いたちを殺すために暗躍していた。当然、既に処刑されている。

 連座で家族も処刑されたらしく、その際にリリィは影武者として、お嬢様の代わりに死んだとか……。


「つまり、リリィは悪いことをした訳じゃないけど、殺されちゃったってことね?」


「そうですわ!! その通りですわ!! わたくしは可哀そうなっ、似非お嬢様ですの!!」


 フィオナちゃんが確認を取ると、リリィは力強く肯定した。

 私は事の真偽を確かめるために、リリィの目を見て【過去視】を使う。

 これによって、彼女が本当のことを言っているのだと、理解出来たよ。


 リリィが生まれた農村は、件の大商人に多額の借金をしており、彼女は返済のために身売りしたんだ。

 そんな境遇でも腐らず、リリィは真面目に働いていた。

 影武者としての仕事がないときは、ポーション作りをしていたみたい。

 生前にも、お嬢様の下着を盗むという、言い逃れ出来ない悪事を働いていたけど……まぁ、総合的に見て、悪い子ではないのかな。


「リリィ、貴方はポーション作りが得意なの?」


「よくぞ聞いてくれましたわ!! 得意というよりも、わたくしの生き甲斐ですの!! 生前の心残りは、そこに関係しておりましてよ!!」


「ふぅん……。どんな心残りか、教えて貰える?」


 私が尋ねると、リリィは生き生きとした表情で、胸を張って夢を語る。


「わたくしっ、生やすポーションを作りたいんですの!!」


「生やす……? 生やすって、髪の毛とか?」


「違いますわよっ!! わたくしはっ、自分の股間に!! おちん〇んを生やしたいんですのッ!!」


「スラ丸、【浄化】して」


 私の命令に従って、スラ丸がリリィに【浄化】を浴びせる。

 彼女は再び『あばばばばばば!!』と、電気でも流されたかのような悲鳴を上げた。 


「……姉さま、落ち着く。……性別、ふくざつ」


 スイミィちゃんに諭され、私はハッとしてスラ丸を止めた。

 性別の問題は慎重に取り扱わないと、世間様が煩いからね。

 私が自分を戒めていると、フィオナちゃんが率直な疑問を口に出す。


「要するに、リリィは男になりたいの? 心身の性別が不一致ってやつ?」


「ち、違いますわ……。わたくし、心身共に女ですの……。でもっ、おちん〇んを生やして、可愛い女の子とイチャイチャしたいのですわぁ……」


 瀕死のリリィが胸の内を吐露すると、ミケが宇宙という概念を知った直後の、猫みたいな表情を浮かべた。


「ご主人……。このメスは一体、何語を使っているのかにゃあ……?」


「普通に人語だよ。多様性って、凄いよね」


 私、フィオナちゃん、スイミィちゃん、ミケ。四人で真顔を突き合わせて、これからどうしようかと話し合う。

 追い出すか、成仏させるか、その二択が真っ先に思い浮かんだけど……リリィは魔物だから、テイムという選択肢もある。

 ポーション作りに精通していて、情熱も凄まじいので、悪くない働き手になりそうだよ。


 でもなぁ、ド変態の下着泥棒だし、どうしたものか……。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る