第185話 新しい従魔

 

 ──熟考の末、私はリリィをテイムすることにした。

 今現在、私のお店に並べているポーションは、スキル【土塊兵】を使って、土の人形に作らせている。

 この人形だと、ポーションの品質を向上させたり、改良することは出来ない。

 その辺りをリリィに任せれば、大きな利益になると思うんだ。


 それと、スライム騒動の発端は私なので、リリィが処刑されてしまったことに、少しだけ罪悪感が湧いた。

 九割九分九厘、悪いのは暗躍していた大商人だけどね……。

 私自身の僅かな罪悪感を払拭するために、リリィの面倒を見よう。


 彼女の心に、目に見えない繋がりを伸ばすと、過去最速で受け入れられた。

 なんだか、ねっとりと繋がっている感じで、背中がゾワゾワする。


「うへぇ……。なにこの感覚……」


「ふひっ、ふひひひひっ、美少女にテイムされてしまいましたわ……ッ!! あぁっ、めくるめく官能の従魔生活が、今日から始まりますのね……!!」


 顔を顰めている私の周りで、リリィは上機嫌に円舞曲のステップを踏んでいる。

 かなり様になっているのに、だらしない表情のせいで台無しだ。


「アーシャ、本当によかったの? こいつ、どう考えてもヤバイ奴よ?」


 フィオナちゃんが私を見遣って、心配そうに声を掛けてくれた。


「うーん……。早くも後悔しそうだけど……一度決めたことだし、きちんと面倒を見るよ。リリィ、私のことはアーシャって呼んでね」


「了解ですわぁ!! アーシャさんっ、末永く可愛がってくださいまし!!」


 リリィは花が咲くような笑顔を浮かべて、綺麗なカーテシーを披露してくれた。

 衣服が襤褸じゃなくてドレスだったら、見惚れていたかもしれない。


「それじゃあ、早速だけどポーション作りを任せるね」


「はいっ!! それで、わたくしはどなた様に、【憑依】すれば宜しいんですの?」


「えっ、あ、そっか……。誰かに憑りつかないと、物に触れないんだ……。これ、使える?」


 私がスキル【土塊兵】を使って、土の人形を用意すると、リリィはこれに飛び込んで【憑依】した。

 人形の頭に金髪縦ロールが生えたので、成功だと一目で分かる。

 リリィはその身体を軽く動かしてから、すぐに【憑依】を解除したよ。


「この身体は……指先が硬すぎて、繊細な作業が出来そうにありませんわね……。味覚や嗅覚もないので、ポーション作りには致命的かと……」


「えぇぇ……。つまり、人の身体に【憑依】したいってこと……?」


「はい、可能であれば……」


 私はリリィの要求を聞いて、難しい顔をしながら腕を組む。

 自分の身体を快く貸してくれる人なんて、簡単に見つかるとは思えない。

 奴隷を買って無理やり借りるというのは、絶対に嫌だし……困ったね。

 ここで、スイミィちゃんが両腕を広げて、リリィに身体を貸し出す構えを取る。


「……スイ、ちょっとだけ、興味ある。……リリィ、ばっちこーい」


「び、美少女とわたくしが、合体……っ!? いいんですの!? いえっ、今更ダメと言われてもイキますわよッ!!」


「ちょっ、待っ──」


 私が制止する前に、リリィはスイミィちゃんの身体に、頭から突っ込んで──呆気なく弾かれた。

 霊体なのに、リリィの頭にはたんこぶが出来ている。

 彼女は自分より強い相手に、乗り移れないんだ。


「い、痛いですわぁ……!! ど、どうしてっ!? どうして美少女と合体出来ませんの!? わ、わたくしが女だから!? おち〇ちんが生えていないから!? 嗚呼っ、憎い!! わたくしに生やしてくれなかった神様が憎いですわっ!!」


 地団駄を踏むリリィから、私たちは一歩だけ距離を取った。

 この一歩は、物理的に大した距離じゃなくても、心理的には長大な距離だと思って貰いたい。


「ねぇ、アーシャの分身を貸してあげたら?」


「えぇっ!? 分身とは言え、リリィに私の身体を貸すのは……」


 フィオナちゃんの提案を聞いて、私は頬を引き攣らせた。

 スキル【遍在】で生み出した分身は、職業選択をしていない状態の私だから、リリィでも問題なく乗り移れると思う。

 彼女が動かしてくれるなら、私の並列思考を割く必要もないし、実益だけを考えたら最適解だよ。


 いやでも、でもなぁ……。リリィは私の分身を使って、エッチなことをするかもしれない。

 その危惧をみんなに伝えると、リリィが私にしがみ付いてきた。


「しませんわ!! エッチなことは絶対にしないと、心のおち〇ちんに誓いますのでっ、美少女の身体と合体させてくださいましっ!! それだけでっ、それだけでわたくしは!! 馬車馬の如く働くと誓いますの!!」


「う、うわぁ……」


 リリィの懇願には、さっきの命乞いよりも、鬼気迫るものが籠められていた。


「にゃあ……? フィオナ、心のおち〇ちんって、どういう意味にゃ?」


「馬鹿ミケ、あたしに聞くんじゃないわよ」


 リリィの言動に翻弄されているミケが、ぐるぐると目を回しながら、フィオナちゃんに質問した。

 フィオナちゃんはそんなミケの頭を小突いて、小さく溜息を吐く。

 これ以上、リリィに構っていると、みんなの正気度が下がりそうだね。


「分身、分身かぁ……。どうしようかなぁ……」


 リリィに私の分身を貸したとしても、スラ丸に見張らせれば、エッチなことは防止出来るかもしれない。

 私は暫し逡巡してから、監視があっても構わないかと、リリィに尋ねてみた。

 すると、彼女は首が千切れそうな勢いで、頻りに頷く。


「監視でもなんでもっ、受け入れますわよ!! だからっ、アーシャさんの身体を貸してくださいましぃ!!」


「うーーーん……。まぁ、うん。分かった、貸してあげる。でも、変なことをしたら、即成仏させるからね?」


「うっひょおおおおおおおおおおっ!! ですわ!! 合体!! 合体!! 美少女と合体!!」


「……リリィ、ばいばい早そう」


 スイミィちゃんが、みんなの気持ちを代弁したところで、私は一旦自室に移動する。

 それから、新しく生み出した分身に衣服を着させて、お屋敷に常駐しているスラ丸五号を呼び出し、スイミィちゃんの部屋へと戻った。

 ちなみに、この分身の名前はウーシャだよ。


「はいこれ、大切に使ってね」


「──ッ!!」


 リリィは返事をする時間も惜しいと言わんばかりに、ウーシャの身体に突っ込んだ。

 今度はスッと中に入って、無事に憑依出来たみたい。

 ウーシャは金髪縦ロールになって、顔立ちがリリィに寄った気がする。


「こ、これが、アーシャさんの温もり……っ!! ふひっ、ふひひひひっ、ぬ、温もりがしゅごいですわぁ……!! 嗚呼っ、合体したことで、わたくしの心のおち〇ちんが、アーシャさんの心の──」


 リリィがうっとりしながら、自分で自分を抱き締めて、看過出来ないことを言おうとした。

 私が命じるまでもなく、スラ丸五号が【浄化】を使って、彼女の言葉を遮る。

 リリィは再び『あばばばばばば!!』と、大きな悲鳴を上げて、ウーシャの身体から剥がれ落ちた。


「スラ丸、その調子でお願いね」


「!!」


 五号は大きく縦に伸縮して、私の尊厳を守る決意を示してくれたよ。

 今日からこの子が、リリィの監視役だ。



 ──さて、リリィの一件は、これでヨシ。

 私たちは厨房に移動して、朝食の準備を始める。フィオナちゃんには料理を教えて、スイミィちゃんには味見を任せるんだ。

 その最中、私は次のテイムに関して、二人に相談を持ち掛けてみた。


「新しい魔物をテイムして、二軍のメンバーに入れたいんだけど、どんな魔物がいいかな?」


 フィオナちゃんが真っ先に挙手をして、自分の意見を私にぶつけてくる。


「そんなのペンギン一択よ!! 前は家のスペースの問題で却下されたけど、今ならいいわよね!?」


「……フィオナ、いいこと言う。たまに」


 スイミィちゃんはペチペチと拍手して、フィオナちゃんの意見を支持した。


「あんたね、『たまに』は余計なのよ! あたしの言葉は一言一句、値千金なんだからっ!」


 二人とも、どうしても私に、ペンギンをテイムして欲しいみたい。

 出来るだけ希望に沿ってあげたいけど、ペンギンは弱いから悩ましい。


「本当にペンギンでいいの? 戦力にならないと思うよ?」


「進化させればいいじゃない! どんな魔物でも、進化させれば強くなるはずだわ!」


「それは、そうなんだけど……何事にも、限度があるから……」


 愛玩用にペンギンを一匹くらいテイムするのは、全然構わないんだ。

 でも、二軍メンバーに同行させるのは、ちょっと躊躇われる。

 進化するまでは足手纏いだし、一段階、二段階と進化させた程度で、ペンギンが役に立つのかどうか……。

 私がそんなことを考えていると、スイミィちゃんが服の裾をギュッと握り、上目遣いで見つめてきた。


「……姉さま、おねがい。……スイ、ペンギンがいい」


「うっ、その目は……!?」


 ウルウルしているジト目に、思いっきり心が揺さぶられてしまう。

 これは、末っ子根性が染みついている眼差しだよ。

 私の首は自ずと縦に動いて、スイミィちゃんのお願いを受け入れた。


「スイミィっ、よくやったわ!! アーシャが心変わりしない内にっ、流水海域へ行くわよ!!」


「……フィオナ、待つ。……これで、ペンギン呼べる」


 今すぐ駆け出そうとしたフィオナちゃんを制止して、スイミィちゃんが自分の髪飾りと首飾りを差し出した。

 それは、ペンギンを模した青い石が嵌められている代物、気儘なペンギンの装飾品だよ。

 戦闘時に装備していると、仲間ペンギンが低確率で召喚されるという、微妙なマジックアイテムなんだ。


 フィオナちゃんの耳飾りも、気儘なペンギンの装飾品なので、この場には三種類が揃っている。

 彼女はきょとんとしながら、小首を傾げて私を見遣った。


「ねぇ、これで呼び出したペンギンって、テイム出来るの?」


「さぁ、どうだろう……? 仲間ペンギンは一定時間で消えるから、普通の魔物とは違うんだよね……」


 私は戸惑いながらも、面白い試みだと思った。純粋に、どうなるのか気になる。

 ちなみに、気儘なペンギンの装飾品は、髪飾り、首飾り、耳飾りの三つが揃うと、セット効果が発動するよ。

 これによって、仲間ペンギンを任意のタイミングで、召喚出来るようになるんだ。

 

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