第183話 進化したローズ

 

 ──翌朝。私は起床と同時に、進化したローズの様子を見に行くべく、走り出そうとした。

 ふと、そのタイミングで、枕元に置いてあったステホが目に留まり、通知があることに気付いたよ。

 確認してみると、『政府からの重要なお知らせ』って書いてある。


「うわぁ……。嫌な予感がする……」


 見なかったことにしたいけど、一介の国民として、読まない訳にはいかない。

 私は顔を顰めながらも、その内容を目で追った。

 格式ばった文言を噛み砕いて、簡単に纏めると──お知らせの内容は、大きく分けて三つ。


 一つ目、国王様が病没して、第一王子のアインスが新国王になった。

 二つ目、新たに様々な税金制度が導入された。

 三つ目、ダークガルド帝国の大軍勢が、アクアヘイム王国に攻め込んできて、北部で戦端が開かれた。


「これ、一気にきちゃったんだ……」


 私は溜息を吐いてから、心を落ち着かせるために、ゴマちゃんを抱き締めた。

 桜色のフワフワな身体に頬擦りすると、暗い話題なんてどうでもよくなってくる。

 ぐだーっとしていると、ゴマちゃんが『キュー』と一鳴きして、窘めるように私の頭をペチペチした。


「……どうでもいいはず、ないよね。シャキッとしないと!」


 とりあえず、一番注意しないといけないのは、戦争に関することかな。

 両軍は今現在、王国北部の中心地、ノースモニカの街で戦っているみたい。

 そこで王国軍が敗れて、戦場が王都に移ったら、いよいよ亡国の一歩手前だよ。


 帝国軍を率いている人物は、ルチア=ダークガルド。

 帝国の第三皇女で、美姫として名高い女性だ。

 彼女は帝国で内乱を起こして、帝位簒奪を目論んでいたけど、アインスの始末を優先することにしたらしい。


「新しい税金制度は──うわっ、沢山ある!」


 消費税、所得税、相続税、この辺りは前世で見覚えがあるけど、今世では初めて見た。

 今後、アクアヘイム王国では、どんなものでも定価の二割の消費税が取られる。

 所得税は国民全員が一律で、稼ぎの五割を取られる。相続税も、全財産の五割を取られる。


 ちなみに、今までは関税と人頭税、それから各ギルドの収益の一部が、国庫を潤す主な手段だった。

 コレクタースライムの普及で、関税はまともに取れなくなったらしいけど……その話は、今は置いておくよ。


 個人的には、全ての税金が社会保障に回されるなら、増税も悪くはないと思うんだ。

 でも、あのアインスが王様だし、望み薄かも……。

 追加されている他の税金制度にも、一つずつ目を通していくと、見慣れないものが多かった。


「冒険税、転職税、生誕税、初夜税──えっ、初夜税!? なにそれ!?」


 詳しく確認してみると、アインスが『国中の処女は吾のものだ!』って、宣言したんだとか……。

 信じられないほど気持ち悪い。未だ嘗て、こんなに嫌悪感を抱いたことは、なかったかもしれない。

 初夜税は金貨三十枚で、これを支払わずに初夜を迎えると、犯罪奴隷に落とされるらしい。

 金貨三十枚を支払えない人は、アインスと一夜を共にする必要がある。


「それはもう、死んだ方がマシなのでは……?」


 そう呟いた私は、スキル【感覚共有】を使って、スラ丸八号の視点から王都の様子を確認してみる。

 国王のお膝元なので、新しい制度の影響を真っ先に受ける場所なんだ。

 そのため、王都は物凄く憂鬱な雰囲気に包まれていた。


「──ああもうっ、やめやめ! ローズを見に行こう!」


 私はゴマちゃんを手放して、スラ丸と一緒にお屋敷の庭へと向かう。

 そこでは、ローズが朝日を浴びながら、『のじゃ~♪』と調子外れな歌声を出していた。


 進化した彼女は、人型の上半身が一メートル、薔薇の下半身が二メートルで、上下を合わせたら体長が三メートルもある。 

 上半身は外見年齢が十五歳くらいになっており、胸部にはそれなりの成長が見られた。なんだか、置き去りにされた気分だよ。

 下半身の薔薇は一部が竪琴のままで、大きさ以外に変化はない。


「さぁっ、もう一曲いくのじゃ! 妾のふぁんたちよ! 最後まで精一杯っ、盛り上げてたもーーーっ!!」


「にゃあっ!? ま、まだ歌うのかにゃ……!? みゃーはもう、疲れたのにゃあ……」


「ミケは黙って笛を吹くのじゃ! 妾のすてーじを全力で盛り上げよ!!」


 ローズの下手っぴなライブに、寝起きのミケが付き合わされて、ピロピロと笛を吹いている。

 彼の伴奏は天才的で、調子外れなローズの歌声にも、バッチリと合わせているよ。

 このライブの観客は、グレープとヤキトリ、それからファングトマトたち。みんな、ノリノリで揺れ動いている。


 ファングトマトとは、私の家庭菜園で実るトマトの魔物で、鋭い牙が生えており、普通に人を襲うんだ。

 普段なら、実った傍からグレープが刺殺して、収穫するんだけど……何故か、今は仲良しっぽい。


「うーん……。まぁ、細かいことは後でいいよね。楽しそうだし、私も交ぜて!」


 私はスラ丸の中から、ドラゴンローズの竪琴を取り出して、適当にポロンポロンと掻き鳴らした。

 歌っているローズが私を蔦で持ち上げて、大きな花弁の上に座らせてくれる。


「歌を歌うのは~♪ 楽しいのじゃ~♪」


 進化する前のローズは、歌と言われても釈然としない様子だったけど、随分と気に入ったらしい。

 一頻りライブを楽しんだ後、私はステホでローズを撮影する。

 種族名は『アルラウネプリマ』で、持っているスキルは四つ。


 【竜の因子】【草花生成】【癒しの音】【植物扇動】


 新スキルの【植物扇動】は、声によって下位の植物系の魔物を扇動するというもの。

 似たようなスキルに、同族かつ下位の個体を従える【統率個体】がある。

 ローズの新スキルは、植物系の魔物であれば、同族じゃなくても操れるので、上位互換かと思った。


 でも、実際は違う。【植物扇動】は支配下に置く訳ではなく、一つの目的意識を持たせるだけなんだ。

 イメージとしては、【統率個体】が狭く深く。【植物扇動】が広く浅くって感じかな。


「や、やっと終わったのにゃ……!! ご主人っ、おはようだにゃあ……!!」


「うん、おはよう。お疲れ様だね」


 ミケは日の出前から、ローズに付き合わされていたそうで、ヘロヘロになりながら私にしがみ付いてきた。

 ここで、ローズが興奮気味に私を抱き上げて、ぶんぶんと身体を上下に揺らす。


「アーシャよっ、妾のすてーじはどうであったかの!?」


「楽しかったよ! ちょっと音痴だったけど!」


「多少の音痴は、この美声で補うのじゃ!! プリマ最高っ!! ……ただ一つ、困ったことがあっての? 妾、身体が大きくなったから、店番をするのが難しくなったかもしれん」


「ああ、そこはほら、このスキルがあるから」


 私は【従魔縮小】を使って、ローズの身体を以前までのサイズに縮めた。

 すると、どういう訳か、上半身の年齢まで巻き戻って、再び元の童女になってしまう。


「の、のじゃぁ!? 妾のぼいんぼいんが、萎んだ……!?」


「その擬音が当て嵌まるほど、大きくはなかったと思うよ」


「まさかっ、アーシャ!! 妾のぼいんぼいんに嫉妬して、退化させたのではあるまいな!?」


「特殊効果は使ってないよ。縮めただけだから、安心して」


 私が誤解を解いた後、ローズはスカスカになった自分の胸を撫でて、しょんぼりと肩を落とした。

 いつでも元通りになれるんだから、別に落ち込まなくてもいいのに……。


 こうして、私たちが駄弁っていると、扇動されていたファングトマトたちが、正気を取り戻したよ。

 グレープが透かさず、スキル【土杭】を使って始末する。これは、地面から土の杭を生やして、敵を貫く魔法だね。

 つい先ほどまで、一緒にローズのライブを楽しんでいたのに、呆気ないお別れだった。


「お昼寝するときに、グレープも進化させてあげるからね」


 そう伝えて、私がグレープの幹を撫でると、この子は喜びを表現するように、ワサワサと枝葉を揺らした。

 この後、私は【耕起】を使って庭の地味を肥やし、ローズとグレープに水遣りをしてから、ミケを連れてお屋敷へと戻ったよ。



「──アーシャっ、大変!! 大変よ!! 大事件が発生したわ!!」


 厨房にて、朝食の準備を始めようとしたところで、フィオナちゃんが血相を変えて駆け込んできた。


「大事件って、もしかして戦争のこと? それとも増税のこと?」


「違うわっ、泥棒よ!! 下着泥棒が出たの!!」


 フィオナちゃんの話を聞いて、私の肩から力が抜けてしまう。

 巷では戦争やら増税やらで、みんなが頭を抱えているのに、私たちの家では下着泥棒……。問題のスケールが小さくて、なんとも言えない気持ちになるよ。


「ええっと、誰の下着が盗まれたの?」


「あたしとスイミィのやつよ! 二人で朝から取っ組み合いの喧嘩をして、汗を掻いたから一緒にお風呂に入ったの! その隙にやられたわ!!」


「魔法使い二人が、取っ組み合いの喧嘩って……魔法、使ってないよね?」


 どうせまた、シュヴァインくん絡みの色恋沙汰が、原因なんだろうね。

 ヒートアップして魔法を使ったりしたら、お尻ペンペンは覚悟して貰いたい。

 私が出来るだけ怖い顔を作って、フィオナちゃんに詰め寄ると、彼女は小さく苦笑した。


「その辺は弁えているわよ。お互いに、本気で嫌いな訳じゃないし、心配しないで」


「う、うん……。まぁ、一緒にお風呂に入る仲だし、大丈夫なのかな……?」


「それよりもっ、今は下着泥棒よ!! 見つけてドカンと殺らないと!!」


 フィオナちゃんのドカンは、本当に相手を殺すんだ。

 ダンジョン内で悪党を殺した経験もあるし、彼女は『殺る』って言ったら、冗談抜きで殺るタイプだよ。

 私は隣にいるミケをジッと見据えながら、早く自首するように促す。


「ミケ、フィオナちゃんに謝って。誠心誠意謝れば、ドカンだけは許してくれるかもしれないよ」


「にゃっ、にゃんでぇ!? ま、待ってほしいにゃ!! ご主人っ、みゃーは盗んでにゃいよぅ!!」


「いやでも、ミケ以外に誰がいるの?」


 この時間帯に外部から泥棒が入るのって、相当難しいよ。

 私の従魔たちの監視の目があるし、ティラの【気配感知】だってあるんだ。

 つまり、犯人は内部にいる可能性が高い。であれば、エッチなミケが一番怪しいよ。


 シュヴァインくんもエッチだけど、彼はそういうことをやるタイプじゃない。

 というか、フィオナちゃんの下着も、スイミィちゃんの下着も、彼なら頼めば貰えると思う。


「み、みゃーにはアリバイがあるのにゃ……!! 日の出前に、ローズに叩き起こされて、ずぅっとライブに付き合っていたのにゃあ……!!」


「あっ、そっか……。それじゃあ、一体誰が……?」


 なんてこった、ミケは無実だった。

 このままだと、事件が迷宮入りしてしまう──とは、ならないよね。

 私の身近で、ミステリー小説みたいな展開は起こり得ない。

 現場を確認して、パパッと犯人を割り出そう。

 

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