第179話 売り時

 

 ──午後。私は【感覚共有】を使って、テツ丸の視界を覗き見してみた。

 あの子の現在地は流水海域の第三階層で、今はルークスたちに見守られながら、スノウベアーと一対一で戦っているよ。

 十基の子機が、炎のような赤色に染まっているので、火属性の追加ダメージが発生する状態だね。


「テツ丸っ、そこ!! そこで目玉を抉るのよ!! それとっ、お尻に突き刺しても構わないわ!!」


 フィオナちゃんが凶悪な指示を飛ばして、トールが盛大に顔を顰めた。


「オイ、フィオナ……。汚れた子機は、テメェが掃除しろ」


「スラ丸がいるから大丈夫でしょ!」


 幾らスラ丸の【浄化】があるとは言え、子機をスノウベアーのお尻に突き刺すのは、かなり嫌かも……。

 そうしないと勝てないなら、仕方ないと思えるけど、テツ丸には余裕があるんだ。

 刃の子機は蝶のように舞い、蜂のように刺して、スノウベアーにどんどんダメージを与えていく。


 そして、僅か一分ほどで、呆気なく倒してしまった。 

 スノウベアーは必死になって、子機を叩き落そうとしていたけど、手数の差が大きかったよ。


「て、テツ丸がボクの手を離れて、ボクよりも強く……」


 シュヴァインくんが哀愁を漂わせながら、テツ丸に寂しげな眼差しを向けている。

 彼はテツ丸の代わりに、普通の鉄の盾を装備しているけど、この階層で盾を使う機会は、もうなさそうだね。

 戦闘が終わったところで、ニュートが静かに溜息を吐いて、ルークスに話し掛ける。


「ルークス、どうする? テツ丸が進化したことで、この階層が余計に容易くなったが……」


「んー、どうしようかなぁ……。ニュートの武器も強くなったし、第四階層に挑んでみる?」


「ワタシは一向に構わない。まだレベル30には届いていないが、今なら負ける気がしないからな」


 ニュートは現在、二つのマジックアイテムを装備している。

 一刺しの凍土と、倍音の氷杖。後者は氷属性の同じ魔法を三連続で使うと、その魔法が一回だけオマケで発動するという代物だよ。


 一刺しの凍土のおかげで、威力が三倍になっている【氷乱針】──これを連発するだけで、マンモスの群れの足止めが出来ると思う。


「あたしも賛成っ!! もう雑魚狩りには、飽き飽きだわ!! スイミィに追い付かれたくないし、この辺で次のステージへ進むわよ!!」


「俺様も当然賛成だぜッ!! クソ眼鏡がマンモスの脚を奪っちまえば、楽勝でブッ殺せンだろ!!」


「ぼ、ボクは……まだ、あんまり、自信が……」


 フィオナちゃんとトールも賛成して、シュヴァインくんだけが消極的反対。

 こうして、みんなは賛成多数で、第四階層へと向かうことになった。

 私はすぐに、スラ丸一号と三号の間で【転移門】を繋ぎ、みんなを制止する。


「ちょっと待ったぁ!! みんなっ、第四階層へ行く前に、少しだけ時間を貰える!?」


 ルークスがきょとんとしながら、門から顔を覗かせた私と目を合わせた。


「アーシャ、どうしたの? 急ぐつもりはないから、時間なら幾らでもあげるけど……」


「マジックアイテムを買いに行こうよ! ほらっ、トールとフィオナちゃんが買う予定だったやつ!」


「あー、そうしたいのは山々だけど、まだ資金が貯まっていないんだ」


「私がプレゼントしてあげる! 大きな戦争が起こりそうだから、資金が貯まるまで待っていたら、物凄く高騰すると思うし」


 みんなが戦争に巻き込まれる可能性は、かなり高いと私は見ている。

 帝国軍が侵攻してきたら、王国は存亡の危機に陥るだろうし……銀級冒険者であれば、子供でも戦場に駆り出されるはずだよ。

 そんな訳で、みんなの生存確率が少しでも上がるように、私の提案を受け入れて貰いたい。


 この話を聞いて、みんなは顔を見合わせながら困惑した。

 戦争って言われても、ピンとこないみたい。

 そういえば、私はスラ丸の視点で色々と見ていたけど、みんなにとっては遠方の出来事なんだよね。


「あたしは嬉しいけど、流石に申し訳ないわね……。というか、アーシャはお屋敷を買った直後でしょ? お金、大丈夫なの?」


「うん、全然大丈夫だよ。商売が繁盛しているし、まだ換金していないお宝もあるから」


 気遣ってくれたフィオナちゃんに、私は努めて自信満々な笑みを向ける。

 私の隠し財産、吹き荒れる効率の指輪×4と、吹き荒れる追撃の腕輪。

 これらをスラ丸の中から取り出して、じゃん!とみんなに見せると、全員が訝しげな表情を浮かべた。


「俺様たちに見せられても、分かンねェぞ。これ、どこで手に入れたンだ?」


「いや待て、トール。この装備、ワタシには見覚えが……駄目だ、思い出せない……」


 トールもニュートも、どこで手に入れたものか、忘れているみたい。

 ニュートなら、すぐに気が付くと思ったんだけどね。


「スラ丸がセバスから盗んだものだよ。お金に困ったら、換金しようと思っていたんだけど、その機会がずっとなかったの」


 セバス。彼は侯爵家に執事として潜入していた悪党で、【生命の息吹】のスキルオーブを狙って、大きな騒動を起こした奴だよ。

 私が正解を教えてあげると、みんなは口を揃えて、『ああ、あれか』と納得した。


 まだ一年くらい前の出来事だけど、何もかも懐かしい。

 あのときは大変だったね……。と、みんなで思い出話に花を咲かせてから、私は話を戻す。


「このマジックアイテムは、私だけの戦果じゃないし、これを売ったお金で、トールとフィオナちゃんの装備を買うよ」


 この先、私がお金に困ることって、早々ないと思う。

 このままだと、死蔵してしまう気がするので、思い立った今が売り時なんだ。


「甘えさせて貰いたいけど、何も返せないのは嫌だから……そうだ! マンモスのレアドロップが出たら、アーシャにあげるよ!」


 ルークスはそう言って、みんなに同意を求めた。

 すると、全員が揃って首を縦に振り、私はマンモスのレアドロップを貰えることになったよ。



 この後、ルークスたちは一旦冒険を中断して、マジックアイテムの販売店へと向かうことになった。

 私は同行するけど、イーシャは引き続き修行をさせておく。


 イーシャを動かしている間は、【光輪】を使っている必要があるので、街中だと目立ってしまう。

 でも、護衛のブロ丸も金ピカで目立つようになったし、今更気にしない。

 飛び抜けて目立っていると、それはそれで悪人から狙われ難くなるはず……。


 ちなみに、今のブロ丸はスキル【変形】を使って、黄金の盾になっている。

 薔薇の意匠が施されているので、とっても華やかだよ。


「──いらっしゃいませ! 本日のご用件をお伺いしても、宜しいでしょうか?」


 私たちが店内に入ると、にこやかな笑顔を張り付けている男性店員さんが、すぐに駆け寄ってきた。

 私は彼に、セバスから奪った指輪と腕輪を差し出す。


「とりあえず、これを買い取ってください」


 ただの孤児だった頃なら、侮られて買い叩かれていたと思うけど、今の私はゴージャスな孤児なんだ。

 背後にいるブロ丸の姿を見たら、誰も侮れないでしょ。

 私が何を言わずとも、ブロ丸が自己主張するように、店員さんへと迫った。


「──ッ、か、畏まりました! 少々お待ちくださいませっ、お嬢様……!!」


 店員さんは私の成金オーラを浴びて、すっかりと畏縮したらしい。

 待っている最中、フィオナちゃんがコソコソと、私に耳打ちしてくる。


「ねぇ、アーシャ。今のブロ丸って、売ったら幾らくらいになるの?」


「売らないよ!? 絶対に売らないけど……多分、白金貨百枚以上かな……」


「ひゃ、ひゃく……。進化費用が、それくらい掛かったってことよね……?」


「まぁ、うん。そうなるね」


 フィオナちゃんは頭痛を堪えるように、自分のこめかみを指で押さえた。

 金塊は盗んだものだから、進化費用は実質タダなんだけど、そのことは内緒だよ。


 本当に頭が痛くなるのは、この先のことだ。ブロ丸を更に進化させようと思ったら、白金貨百枚という金額が霞むほどの、莫大な費用が掛かってしまう。

 何せ、今度は大量のプラチナか、ミスリルが必要だろうからね。


 魔物の進化条件は、図書館だと二段階目までしか調べられなかったので、あくまでも予想だけど……間違ってはいないと思う。

 ブロンズ→シルバー→ゴールドという流れだから、次はプラチナかミスリルだと、容易に想像が付くんだ。


 生産系の従魔を増やして、お店の従業員も増やして、販路を拡大して──そんな感じで、大規模な商売をやらないとダメかも。

 無機物遺跡の第五階層にいるボスが、変形合体するプラチナゴーレム+プラチナボールらしいので、将来的にそいつを討伐するという手も……。


 つらつらと、そんなことを考えている間に、指輪と腕輪の査定が終わった。


「こちら、合計で白金貨三十一枚となります」


 【突風】の魔力の消耗量が半減する指輪、白金貨二枚。

 【竜巻】の魔力の消耗量が半減する指輪、白金貨六枚。

 【竜巻】の数を一つ追加する腕輪、白金貨十五枚。


 指輪がそれぞれ、二個ずつあったので、この合計金額になっていた。

 ルークスが指輪と腕輪の値段を見比べて、ふと疑問を浮かべる。


「あれ? 魔力の消耗量が半減するのと、竜巻の数が一つ増えるのって、同じことじゃないの?」


「甘いな、ルークス。魔法を使うためには、集中する時間が必要になる。その時間を短縮出来るか否か、その違いがあるだろう」


 ニュートがそう説明して、ルークスの疑問を解消したところで、私たちは楽しいショッピングを始めた。

 

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