第178話 ブロ丸の進化

 

 ──朝食をとった後、ルークスたちは今日もダンジョンへと向かった。

 進化したテツ丸の初めての実戦だから、後で覗き見しよう。

 ローズとミケはお店に出勤したので、お屋敷には私、イーシャ、スイミィちゃん、リヒトくんが残っている。


「……姉さま、修行する?」


「うんっ、しよう! 目指せレベル10!」


 スイミィちゃんには、壁師匠に向かって【冷水連弾】を撃たせよう。命中精度を向上させないとね。

 彼女は魔剣士になる予定だから、身体能力も鍛えないといけない。動き回りながら、魔法を使って貰うのがいいかな。


 私は壁師匠を地面に敷いたり、あちこちに立てたりして、庭に簡素な練習場を用意した。動く的も欲しいので、【土壁】+【土塊兵】の複合技、人型壁師匠も何体か出しておく。


「……スイ、がんばる。見てて」


 スイミィちゃんは魔導書を片手に、スタスタと走り始めた。

 彼女が魔導書を開くと、その上に立体的な魔法陣が描かれて、そこから【冷水連弾】が放たれる。


 水の弾の大きさは、大人の握り拳より二回りも大きい。それが毎秒十発も発射されて、一発一発に人型壁師匠を吹き飛ばせるだけの威力がある。

 とてもじゃないけど、レベル1の魔法使いとは思えない。

 これが、伝説級のマジックアイテム、シャチの戦術指南書の力なんだ。


 人型壁師匠たちが、スイミィちゃんを翻弄するように、パルクールを駆使して動き回る。それでも、スイミィちゃんは恐ろしい精度で、次々に命中させているよ。

 やっぱり、天才なんだろうね。


 しかし、流石に魔力切れが早くて、彼女は三分もしない内に、スヤスヤと眠ってしまった。

 魔力が空っぽになると、生物は寝落ちしてしまうんだ。


「毎回寝落ちすると、修行の効率が悪いから、今度は途中で止めないと……」


 私は反省しながら【光球】を使って、スイミィちゃんを照らした。

 魔力を回復させている間は、走り込みをして貰いたいので、魔力切れは避けたい。


「ナハハハハハッ!! スイミィは四天王の中でも最弱!! 我はこんなに呆気なく、眠ったりしないのだ!! アーシャっ、我は何をすればいい!?」


「魔力切れにならないように、スイミィちゃんと同じことをして。残りの魔力が二割になったら、回復を待っている間に走り込みだよ」


「うぬっ、その程度は造作もない!!」


 リヒトくんも意気揚々と駆け出して、人型壁師匠に【雷撃】を当て始めた。

 この魔法はピカッと光ったら、次の瞬間には命中しているので、的が動いているとか止まっているとか、全然関係ないみたい。


 ただ、三発撃っただけで、リヒトくんは限界を迎えてしまった。

 最初の威勢はどこへ消えたのか、目をしょぼしょぼさせながら、普通の走り込みを始めたよ。

 彼にも【光球】をプレゼントして、体力と魔力の回復を促す。


「リヒトくんは、レベル上げが大変だね……」


 最初から強力なスキルを持っていることは、必ずしも喜べることではない。

 弱い魔物を倒すときも、燃費が悪い大技を使っていたら、まともに冒険なんて出来ないよ。

 小技が欲しいところだけど、レベル10になったら取得出来るかな……?


 リヒトくんが苦労する反面、スイミィちゃんのレベルアップは速いと思う。

 シャチの戦術指南書で、経験値が二倍だからね。

 スイミィちゃんの休憩中に、あの魔導書を貸して貰いたいけど……あれは、ライトン侯爵の愛情を形にした代物なので、汚したりしたら申し訳ない。


 私は私で、地道に頑張ろう。そう決めて、イーシャと一緒に黙々と修行する。

 お互いにモタモタ走り回って、地味な攻防を繰り広げてみるも、一人ジャンケンみたいな虚しさがあるよ。


 この後、目を覚まして修行を再開したスイミィちゃんが、誤ってイーシャに流れ弾を飛ばしたり、リヒトくんが誤って魔力を空っぽにしたり、ちょっとした事件が幾つか起こった。


 それでも、修行は概ね順調に進んでいく。

 途中で疲れ果てた私は、グレープに寄り掛かりながら、お昼寝の時間を挟む。

 寝入る前に、ブロ丸を呼び出して、魔石を食べさせることも忘れない。


「ブロ丸、待たせてごめんね。これから進化させるよ」


 私が一撫ですると、ブロ丸は軽く上下に動いて、喜びを露わにした。

 銀の球体の魔物、シルバーボールのブロ丸。

 この子を進化させる条件は、私の従魔たちの中で、最も難易度が高かった。

 何せ、とんでもない量の金塊を食べさせる必要があったからね。


 スレイプニル辺境伯家の隠し財産を盗むという、人様には吹聴出来ない悪事に手を染めなければ、今でも難航していたはず……。

 ちなみに、あのときは戦時下だったので、帝国軍の力を削ぐという、立派な大義名分があった。

 そんな訳で、怪盗アーシャは一概に悪だとは言い切れないって、心の中で弁解しておくよ。



 ──意識が微睡みに沈んで、暗闇の中に浮かぶ道が見えてきた。

 今回は一本道で、『ゴールデンボール』という進化先しかない。

 以前に図書館で調べた情報によると、この魔物は魔法防御力が非常に高くて、途轍もなく希少なスキルを取得出来るらしい。


 テツ丸と同じく、子機を操る魔物にも進化出来ると思ったけど、戦闘経験が不足していたのかな。

 他にどんな選択肢があっても、ブロ丸はゴールデンボールに進化させようと思っていたので、別に問題はない。


「ブロ丸、行っておいで」


 私が真っ直ぐ道を指し示すと、隣に現れたブロ丸が、浮かびながらスイーっと進んでいく。

 その背中を見送っていると、意識が徐々に浮上して──起床。


 眠っていたのは一時間程度で、まだ日が高い時間帯だ。

 スイミィちゃんとリヒトくんは、私の左右でグレープに寄り掛かりながら、のんびりと休憩を取っていた。

 二人の手には、グレープがスキル【果実生成】で実らせた葡萄がある。

 スイミィちゃんは口元をベタベタにして、頬がパンパンになるほど葡萄を詰め込んでいるよ。


「……姉さま、おはよ。……これ、美味」


「スイミィちゃんって、意外と食いしん坊さんだね……」


「……スイ、丸くなる。……シュヴァインと、いっしょ」


 彼女の隣には、粒がなくなった果梗が沢山積み重なっていた。

 グレープが心なしか、痩せ細ったように見えるので、私のスキル【耕起】を使っておく。

 本来であれば、これは土を耕すだけのスキルだけど、【他力本願】の影響によって、地味を肥やすという特殊効果が追加されている。


 グレープに美味しい葡萄が実る理由は、元々が高級な果樹だったこともあるけど、【耕起】による恩恵が大きいんだ。

 このスキルは地味が肥えすぎて、普通の植物が魔物化するので、使用には注意が必要だよ。


「こんなに美味な葡萄っ、宮廷でも食べたことがないのだ……!! 食べても食べても、次々と実るし、この不思議な木は一体なんなのだ!?」


 リヒトくんは一粒一粒、丁寧に味わいながら、グレープに驚愕の目を向けている。


「その果樹は、私の従魔のグレープだよ。葡萄を食べたら、きちんとお礼を言ってあげてね」


「魔物!? う、うぬっ、ありがとうなのだ!!」


 私もグレープから葡萄を貰って、小腹を満たしながら、進化したブロ丸の様子を確認する。

 この子は大きさが四メートルもある、黄金の球体になっていた。もうね、これぞ成金の魔物って感じだよ。


 街中で連れ歩くときは、【従魔縮小】を使って、二メートルくらいのサイズにしよう。

 ステホで撮影してみると、持っているスキルは【浮遊】【変形】【魔法耐性】の三つだと判明した。


 新スキルの【魔法耐性】とは、魔法によるダメージが半減するという、強力な常時発動型のスキルだよ。

 このスキルは人間だと、取得出来る職業が存在しないのだとか……。

 そして、魔物でもゴールデンボール以外に、取得している種族は発見されていないって、図書館の本に書いてあった。


 色々と考えたけど、こういう耐性系のスキルを重視するべきだって、私は気が付いたんだ。

 世の中には、防御力を無視するスキルが存在しているので、耐性系のスキルでダメージを軽減させるのが、賢い対策だと思う。


「……丸ちゃん、大きくなった。……ピカピカで、喜んでる」


 スイミィちゃんは果汁でベタベタになっている手で、ブロ丸を撫で回した。

 そういえば、彼女はブロ丸が話し上手だと、以前に言っていた気がするけど……その不思議ちゃん設定は、まだ生きているのかな?


「ブロ丸、最後の仕上げにスキルオーブを使うよ」


 私はスラ丸の中から、【巨大化】のスキルオーブを取り出した。

 これは、身体の大きさを五倍にする常時発動型のスキルで、金塊と同じくスレイプニル辺境伯家から盗み出したものだ。

 このままだと、ブロ丸の大きさが二十メートルになるから、予め【従魔縮小】を使っておく。

 

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