第177話 レベル上げ

 

 ──翌朝。私は寝惚け眼を擦りながら起床して、テツ丸の姿を確かめてみた。

 形状は進化前より一回り大きい球体で、全身が鋼になっており、上半分に電子回路みたいなものが張り巡らされている。


 それから、テツ丸の周囲には、十基の子機が浮かんでいるよ。

 一つ一つの大きさは五十センチ程度で、今のテツ丸と同じ鋼製。

 形状は厚みのある刃であり、これらが宙を自由自在に飛び回って、敵を斬ったり刺したりするらしい。


 庭に出て試してみたところ、刃の子機はテツ丸から百メートル以上離れると、制御出来なくなって地面に落ちると判明した。

 子機が壊れても、テツ丸の内部で修理したり、作り直したり出来るみたい。その場合は、鋼を食べさせる必要がある。


「なるほど……。かなり攻撃的な魔物になったね……」


 私はテツ丸を撫でながら、ステホで撮影してみた。

 すると、【浮遊】【変形】【魔刃機構】という、三つのスキルを持っていることが分かったよ。


 新スキルの【魔刃機構】──これは刃の子機に、『魔石をセットすると属性ダメージを追加する』という、面白い仕組みを付け足すスキルだった。

 私は試しに、刃の子機に水の魔石をセットしてから、【土壁】を使って壁師匠をお呼びする。


「テツ丸っ、スキルを使って壁師匠に攻撃!」


 私の命令に従って、テツ丸は刃の子機を操り、それらを壁師匠に殺到させた。

 全ての刃が青い光輝を帯びて、なんだか強そうに見えるよ。

 そして、壁師匠を斬っては突き、斬っては突き──テツ丸は五分もの間、一方的な猛攻を続けた。


 その結果、壁師匠には掠り傷一つ付いておらず、子機が刃こぼれするという事態に陥ってしまう。

 テツ丸に顔はないけど、とても落ち込んでいるのが雰囲気で分かった。


「ご、ごめんねテツ丸っ、これは相手が悪かったね!」


 私はいそいそとテツ丸を布で磨き、謝りながらご機嫌を取る。

 まぁ、子機の動きは機敏だったし、攻撃の勢いも中々のものだった。

 敵の弱点に合わせて魔石をセットすれば、スノウベアーと同格の魔物までなら、一対一で倒せると思う。


 この子機が人の武器として使えたら、売り物になるんだけど……残念ながら、制御を失うと自壊して、ボロボロになったよ。

 属性ダメージを追加する機構。それが解析出来れば、模倣してマジックアイテムを作れそう。いつか、マジックアイテムの専門家が仲間になってくれたら、商品開発でもして貰いたい。


「進化したテツ丸の確認は、これでよし」


 みんな、まだ寝ているので、私は一足先に修行を始めることにした。

 自分に【光輪】を使い、イーシャを動かして、お屋敷の庭に移動させる。

 ちなみに、お店の庭にあったものは、こっちに全て移したよ。


 メイジトレントのグレープ、家庭菜園、ミスリルの大釜、スラ丸を召喚するための魔法陣。それと新しく、ユラちゃんを召喚するための魔法陣も、用意しておいた。

 


 ──私とイーシャの修行で使うものは、『脆い水の杖』と『脆い障壁の指輪』。

 前者は振ると水の弾を撃ち出せて、後者は目の前に障壁を張れるんだ。

 どちらも何回か使うと、壊れてしまう代物なので、幾つも買っておいた。


 ちなみに、指輪は一個につき、金貨十枚もしたよ。非戦闘職の裕福な人たちが、護身用として持っておく代物だから、高くても売れるんだって。

 そのお値段故に、庶民が手を出そうと思える代物ではないので、在庫は沢山あった。


「イーシャ、いくよー」


「ばっちこーい」


 完全に一人芝居だけど、私はイーシャに声を掛けてから、水の杖を振った。

 先天性スキル【他力本願】のデメリットで、私は他者に攻撃出来ない。

 でも、イーシャは私の分身だから、問題ないんだ。言ってしまえば、これは自傷行為だからね。


 指輪を装備しているイーシャが、右手を正面に突き出すと、縦横が一メートル程度の障壁が展開された。

 全方位を守れる結界とは違って、正面しか守れないものだけど……一応、結界師の職業スキル【定点障壁】と、全く同じものらしい。


 私の杖から放たれた【冷水弾】が、障壁にぶつかって弾けた。

 障壁は微動だにしていないので、私は連続で杖を振りまくる。

 ……なんというか、この修行は地味だ。欠伸が出てしまう。



 こうして、だらだらと修行を続けていると、シュヴァインくんがゾンビみたいな足取りで、私のもとへやって来た。

 彼の目は点になっており、見たことがない不思議な表情を浮かべている。

 驚愕、呆然、落胆、高揚、歓喜。それらを下地にして、虚無顔を貼り付けたら、こんな表情になるのかもしれない。


「し、師匠……。たいへん、たいへんなんだ……」


 シュヴァインくんは私の目の前まで歩み寄り、ヘナヘナと膝から崩れ落ちた。


「ど、どうしたの……? 何かあった……?」


「ぼ、ボク……っ、見ちゃった……っ!! み、見ちゃったんだよぅ……!!」

 

 彼の声は震えている。なんだろう、お化けでも出たとか?

 この世界には、シスターゴーストなんて魔物も存在するので、お化けの一匹や二匹、何食わぬ顔で彷徨っていても不思議じゃない。

 私は恐る恐る、『何を見たの……?』と尋ねてみた。

 すると、シュヴァインくんはクワッと目を見開いて、頭を抱えながら天を仰ぐ。


「ぼ、ぼっ、ボクっ、おち〇ちんを見ちゃったんだよおおおおおおおおッ!!」


「私にセクハラしに来たの? だとしたら、普通に怒るけど」


「ちがっ、違うんだ……!! あ、朝っ、み、水浴びしようと思って、ボクっ、お風呂に行ったら……!! み、み、みぃ──ッ」


「みぃ……? ちょっと落ち着いて、深呼吸を挟んでから、話してみて」


 シュヴァインくんが過呼吸に陥ったので、私は彼の背中を撫でて落ち着かせる。

 しばらくして、呼吸を整えたシュヴァインくんが、ワッと泣きながら慟哭した。


「み、ミケちゃんがっ、ミケくんだったんだよおおおおおおおおおおおッ!!」


 どうやら、先にお風呂に入っていたミケと、バッタリ出くわして──遂に、彼の性別を把握してしまったらしい。

 いつか、こんな日がくるって、覚悟していたけど……思ったより早かったね。


「シュヴァインくん、人を見掛けで判断したら駄目だよ。男性なのか、女性なのか、あるいはどちらでもないのか……。性別って、奥が深いんだから」


「そ、そうなんだ……。でも師匠、落ち着いて考えてみたら、ミケくんの性別は『ミケきゅん』なのかもしれない。あの子には、おち〇ちんがついているのに、ボクの胸はずっとキュンキュンしているんだ。ボクね、ついているミケきゅんでも、全然イケる気がしてきたよ。男女なんて些細な問題で、『可愛い』という概念は全てを超越するのが、世界の真理なんじゃないかなって」


「いきなり饒舌になるの、やめてね」


 突然、シュヴァインくんが顔をキリッとさせて、哲学を語り始めた。

 彼は今、この瞬間に、新しい扉を開けてしまったんだ。


「ボク、もう一度お風呂に行ってくるよ。ミケきゅんは女の子じゃないから、一緒に入っても問題ないよね」


「えぇぇ……。ま、まぁ、双方の合意があれば、いいのかなぁ……?」


 私は煮え切らない答えを返したけど、シュヴァインくんはこれを了承と捉えて、肩で風を切りながらお風呂場へと向かった。

 数分後、『くたばれにゃああああああああああああッ!!』という、ミケの怒声が聞こえてきたけど、私は無視したよ。

 その怒声によって、みんなが続々と目を覚ましたので、私はイーシャの身体を使って、朝食の用意をする。


 イーシャのもう一つの職業、異世界人。

 これのレベル上げは、どうすればいいのか、私なりに色々と考えてみた。

 その結果、導き出した仮説は、『異世界で得た知識を使う』というもの。


 つまり、前世の私が日本で得た知識のことだね。

 知識チートなんて出来るほど、私は博識な人間じゃない。それでも、簡単な料理のレシピや、学校で習う程度のことなら、憶えているんだ。


「ヤキトリ、火が欲しいから手伝って」


 私はカラーヒヨコのヤキトリを呼び出して、スキル【火達磨】を使って貰った。

 この子は太っちょなヒヨコの魔物で、自分自身を燃え上がらせることが出来る。

 ヤキトリの上にフライパンを置けば、薪要らずだから助かるよ。


 今朝はフレンチトーストを作ろう。パン、卵、牛乳、お砂糖があれば、簡単に作れる。

 トッピングにアイスクリームも乗せて、サクッと出来上がり。

 早速、みんなを食堂に呼んで、振る舞ってみた。


「──な、なにこれ!? 美味しいっ!! アーシャっ、あたしにも料理を教えなさいよ!! このままだと、あんたにシュヴァインの胃袋が掴まれちゃうわ!!」


「……美味。スイ、おかわりしたい」


 フィオナちゃんとスイミィちゃんには、大好評だった。

 そうだよね、甘いものは美味しいよね。おかわりもあるよ。


「みんな、食べながら私の話を聞いて。アイスクリームを作るときに、氷に塩を混ぜたボウルを用意するんだけど、これは融解熱を利用して──」


 私は前世の知識を思い返しながら、氷に熱が吸収される仕組みを説明した。

 何人かが理解を示したところで、ステホをチラッと確認すると、異世界人のレベルが上がっていたよ。どうやら、このやり方で正解らしい。


「オレは酒場の料理より、アーシャの手料理の方が好きだよ! ただ、朝から甘いものは……」


「見事な料理だ。アーシャは宮廷料理人としても、十分やっていけるだろう。ただ、ワタシも朝から甘いものは……」


 ルークスとニュートは、美味しそうに食べているけど、朝食に甘いものはしっくりこないタイプだった。

 シュヴァインくんは、なんでも美味しく食べられるタイプなので、何も言うことはない。幸せそうに、沢山おかわりしているよ。

 ずっと無言だったトールは、じっくりと味わいながら完食して、『……うめェ』と一言だけ。


 リヒトくんは朝が苦手なのか、まだ寝惚けている状態で、モソモソと食べている。

 ミケは──あれっ? ミケがいない。

 お屋敷の中を捜してみると、まだお風呂場にいた。


「にゃっほおおおおおいっ!! メスたちの出し汁っ!! これは全部っ、みゃーのものだにゃあ!!」


 ふざけた独り言が聞こえてきたから、私はそっとその場を後にした。

 湯舟なら、女子が入った後に張り替えたので、その出し汁には男子たちの成分しか入っていないよ。


 ……そういえば、春って猫が盛る季節だよね。発情期というやつだ。

 猫獣人のミケも、ムラムラしているのかもしれない。

 去勢の費用って、幾ら掛かるんだろう?

 

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